色
ティタ神殿の別館には、上位聖職者の執務室や応接室、会議場、書庫、神殿騎士団の詰所の他、財務部や管理部などがある。
ルトは上階にあるアスィール主教の執務室へ向かう途中、先に所用を済ませようと1階の備品管理室へと向かっていた。途中、同じ階にある神殿騎士団の詰所から出たきた若い騎士と鉢合わせた。
日に焼け赤くなった茶髪と、ルトよりも幾段明るい新緑の瞳。ひょろりとした体躯だが、土トカゲのエリザベスを使役し、槍術を得意とするティタ最年少騎士であり、一番の問題児でもあるニコだ。
「よう、ルー。どしたぁ?」
見かけ通りの軽い調子で呼び止めると、後ろからルトの首に腕を巻きつけてくる。ルトが目の前の扉を指差すと「あ、じゃあ俺も」と備品管理室の扉を開けた。
「よぉーディディ」
「……なんだニコか。帰れ、そして仕事しろ」
部屋の奥で書類事務をしていた青年は、視線を上げることなく返事を返す。
その右耳には、侍従職の証である黄色い色紐で作られた耳飾が揺れていた。
ここ備品管理室は、神殿従事者専用の購買部のような部署である。髪を結わえる色紐や神官の祭服、文具や生活雑貨などを揃えることができた。
「あのー、こんにちはディディエさん」
「―――ルトちゃんっ。やあやあ、よく来たね♪」
「何それ?……俺と対応違くね?」
ササッと立ち上がりルトを出迎えるディディエ青年と、その扱いの差に嘆くニコ。
「だまれニコ……お前は仕事しろ」
「いやいやいや、ちゃんとしてるし。ディディ俺に冷たくね?」
「当たり前だっ。何故だ?何故、お前みたいなチャランポランが神聖な神殿騎士になれて俺には無理なんだ」
「いやだって、ディディ俺より弱いじゃんwww」
「黙れっ!!ニコの分際で」
突如として口論を始めた2人だが、そこに疚しい感情は見えない。まるで仲の良い兄弟げんかを見ているようだった。
「ニコとディディエさんは仲が良いの?悪いの?」
「わるい!!「いいよぉ♪」」
同時に返された逆の返答に、果たしてどっちなのだろうと首を傾げるが、ルトは後者であろうと予測した。
「ディディと俺は、騎士科の同期だよー」
ニコが言っているのは学園の騎士科の事であろう。
ということは、学科は違えど2人ともルトの先輩である。
神殿騎士への道は狭い。魔術、体術、剣技や槍術に加え、その人の気質や性格などの人間性までもが判断される。だが反対に、それさえ申し分なければ、身分の貴賎は問われず、その高潔さから憧れを抱く少年は多かった。
「こんなヤツに負けたかと思うと悔しいやら恥ずかしいやら…」
「まあまあ、こうして侍従になれたんだからいいじゃん。あ、まだ侍従見習いかwww」
「貴様が言うなぁー」
ディディエも優秀ではあったが、剣技の成績で「優」を取得できず、神殿騎士の受験資格がなかったらしい。その為、侍従職として必要な単位を取り直し、侍従見習いとして登用されるほど優秀な成績を収めたというから、その執念と根性はさすがである。
侍従職も騎士職と同様に、その職に就くのが難しいのだ。騎士ほどではなくとも護衛としての能力が必要になり、また文官職としての単位も必須なので、文武両道に優れた人物が選ばれる。
そのことをルトが賞賛すると、満更でもない様子でディディエの機嫌が良くなった。
「そういやルトちゃん今日はどうしたのかな?祭服が小さくなった?それとも御紐を結わえる気になった?」
「………えっと……うん」
「ぎゃははーそんな事になったら槍が降る…なって……………っえ??」
恥ずかしそうに色紐が欲しいと乞うルトに、しばし2人は仲良く言葉を失った。
回廊にまで響き渡る耳障りな叫び声。
神殿内は厳粛であるべきだ。と、常から静黙を好む真面目な気質の上位神官リドは、その声の主に心当たりが合った。
発生源であろう部屋へ向かう途中、ちょうど通りかかったジルベールと会遇する。
互いに視線を合わせて小さく溜め息を落とし、青筋を立てながら部屋のドアを開けると、顔を赤くして瞳を潤ませたルトの周りで、賑やかしい神殿騎士と見習い侍従が「ウォォォォォ」「ヨッシャァァァ」などと騒ぎ立てていた。
「なーにーをーしーてーいーるー」
ルトが怯えているのだ誤解したジルベールが2人に怒気を向ける。その隣ではリドが笑顔で「どういうことですか?説明を」と問うが、その笑顔には温かさの欠片もなかった。
青くなって弁解するニコとディディエに、ルトから「誤解である」「いじめではない」と助けが出されて漸く2人の首が繋がった。
「ルトが御紐をっ?」
「ほら、リドさんだって驚くじゃないっすかー」
「ジルベールさんは驚きませんね?」
ニコがリドに拳骨を落とされ、ディディエは平然としているジルベールに疑問を投げかけた。
「ああ、さっきボリスから聞いた」
「何すか、それ?俺聞いてないっすよー」
「その事は後で詳しく聞くとして……ルト、どの色にしますか?」
ルトの決心が変わらない内に。と、リドが勝手したる様子で保管棚から色取り取りの色紐を取り出すと、ディディエが慌ててそれをトレイにのせた。
「ルトの瞳なら緑だろう」
「っすよねー」
「別に決まりはありません。ルトの好きな色で良いのですよ」
ジルベールの言葉に同意するニコだが、リドは好きな色をルトに選ばせる。
「っえ?決まってないの?」
「ああ、瞳と同色にする神官様が多いというだけで、侍従や騎士職の様な決まりはない」
神殿騎士が右耳に飾る御紐で作られた耳飾は青、侍従の耳飾は黄色である。だが、神官が髪に結わえる色紐に規定はない。一般的には自身の瞳の色や、家族の瞳の色を好む者が多く、結わえる本数も1-2本である。
「神官の中には、家族の色でなく、想いを寄せる相手の色を使う者もいますよ」
「えっ?ルルドの神官って結婚できないんじゃないんっすか?」
「ええ、ですから色だけ纏うのですよ……とはいえ、事実婚として夫婦関係を築く神官もいますがね」
リドの話に「ええーズルイ」と反論するのは、下町の娼館を贔屓にしているニコだ。神殿騎士は妻帯が禁止されているとはいえ、行為が禁止されているわけではないので、若い騎士達はよくその手の店に出入りしていた。
「聖座や主教クラスの方々は別ですよ」
さすがに上位の聖職者達が内縁の妻を持つという事はないが、一部下位の神官の間では、暗黙の了解として認められているということだった。
「一時、加護持ちの数が減って婚姻が認められた時代があったそうですが、調査の結果〈加護に血縁は関係ない〉と結論がでたのだそうです。ただ、その頃になると既に夫婦関係にある者や、子を儲けた者が多くいた為、事実婚という形で残っているのですよ。実際にはホンの一部の者だけですがね」
ちなみに侍従職にあるものは婚姻が自由であり、聖座(※教皇)領には神殿内に居住せず自宅からの通いで勤める者も多く存在する。
「話がそれましたが……今はルトの色紐です。さあ、ルト。好きな色を選んでください」
ズイっとトレイにのった御紐をルトの眼前へと差し出す。
トレイには、黄、青、緑、赤と濃淡様々な色紐が並べられた。
「どうしました?ルト」
迷っているのかと問うリドに、ルトが訊ねる。
「あの―――――」




