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老婦人

南街寄りにある貴族街の一角、大通りに面したタウンハウスは、貴族街に豪壮な構えの屋敷をもつダドリー伯爵家の別邸である。

4階立ての縦長な屋敷を何軒も建て連ねたそれは、貴族院議員である1代貴族や富裕層だけでなく、都市部の別邸として社交シーズンだけ利用している貴族も住んでいた。

ロバート・ダドリーの祖母であるマルガレータも、領地にある本邸やベルンテイト貴族街の屋敷ではなく、数人の使用人とこのタウンハウスに居を構えている1人だ。


ティタ神殿から非公式な使者として前伯爵夫人を訪ねる事となったルトは、機嫌の悪さを隠そうとしないロバート・ダドリーの案内でこのタウンハウスへと赴いた。

2人に同行するのは、平民出身の神殿騎士ボリスだ。本来ならば、子爵家出身であるジルベールが任されそうな役回りだが、平民のしかも外郭出身者であるボリスを任命するあたりは、ロバート・ダドリーに対する嫌がらせなのかもしれない。それでも、年若く、落ち着きのないニコではなく、寡黙なボリスを選んだあたりは、前伯爵夫人への心遣いであろう。


無精ひげがデフォであり、肉体労働者かと見紛うほど日に焼けて鍛え上げた体躯は、神殿騎士というより山賊と間違えられないのが不思議なボリスではあったが、さすがに貴族宅を訪問するということで身奇麗にしてきたようだ。

無精ひげを剃り、濃い茶の髪は綺麗に後ろに結わえられ、隊服を着た姿は威圧感が3割減(※当社比)で山賊には見えない。更に、右耳に揺れる青い飾り紐が、彼の身分をを証明していた。



前伯爵夫人が居を構えるタウンハウスに到着すると、マルガレータ夫人同様に年老いた白髪の執事が一行を出迎えた。

ルトが震える手でアスィール主教から預かった手紙を渡すと、老執事は恭しくそれを受け取り、一行は応接室へと通される。

慣れた様子で寛いでいるダドリー家の三男とは違い、緊張で死にそうな顔のルトは終始下を向いて自身の膝と睨めっこし、元々寡黙なボリスは無言で扉の横に立っていた。


「あらあらあら……お待たせして御免なさいね」


そう言って現れた白髪の老婦人に、孫のロバートは「お祖母さま、お加減は?」と気遣いを見せるが、夫人は存外元気そうな様子で席に着いた。立ち上がり挨拶をするルトに、にっこりと微笑んで席を促す様子は、選民思考の塊であるロバート・ダドリーの祖母とは思えない。


「孫がお友達を連れて来ると言うから、どんなお客様かと思って楽しみにしていたら…まあまあ、なんて可愛らしい」

「とっ…違います!!御祖母さま」


茶を噴き出す勢いで否定するロバートを、窘めるように一瞥するマルガレータ老婦人は、未だ緊張した面持ちのルトに微笑みかけながら謝罪した。


「可愛らしい神官様。この度は不肖の孫が失礼を致しました」

「い……いえ……」

「御祖母さま。こいつ……こ…の者は神官ではありません」


孫の言葉に、殊更大仰そうに驚いて見せたマルガレータは、頬に手を置いて嘆息する。


ロバート(ロブ)……お前がそれほどお馬鹿さんだったなんて」

「なっ……酷いです。御祖母さま」

「何が酷いモノですかっ。このルトちゃんは……あら、そう呼んでも構わないわよね?」


急に問いかけられコクコクと首を縦にするルト。


「このルトちゃんはね、貴方の御祖父様が亡くなった流行病をたった9歳で治癒した子なのよ。外郭街で沢山の命をお救いになった尊い方なの。将来、このベルンテイトのティタ神殿で大主教様に……いいえ、それこそルルドの教皇様に成られるかもしれないわ。貴方にこんな素敵なお友達ができたのかと喜んだというのに、お友達を使って風邪の治癒をさせようだなんて。お前の気持ちは嬉しいけれど、私は大公様ではないのですよ。こんな事が他所様に知られたら、恥ずかしさで(わたくし)寝込むかもしれないわ」


言い募ったマルガレータが紅茶で喉を潤すと、終わったかに思えた説教が再び始まった。


「だいたい貴方がお付き合いしてる方々って、子爵家や男爵家といった寄子のご子息ばかりでしょう?」


どうやらダドリー伯爵家が寄親。その寄子関係にある格下貴族ばかりと付き合いがあるらしい。


「それは……」

「貴方が上の兄弟に引け目を感じていることは知ってますよ。だから伯爵家に逆らえない家柄の方ばかりとお付き合いしているのも。漸く、身分・家柄に関係なく、友人関係を築けたのかと思ったら、そのお友達を利用しようだなんて……」

「ですからっ!!私はこの者とは友人でも何でもありませんっ!!」


どんっ!!とテーブルにこぶしを叩きつけてロバートが否定すると、ビクッと身を震わせるルト。だが、マルガレータはさして驚いた様子も見せず、優雅な所作で紅茶に口をつけている。


「あら、主教様から頂いた文には、貴方が私の病を心配してお友達のルトちゃんに治癒をお願いしたとあったわ。2人の友情に(いた)く感動された主教様が、まだ見習いのルトちゃんが個人的に友人の家へ訪れるのは問題ないから、気にせず治癒を受けて下さいとね。それとも、なあに?何か別の理由があって我が家へ訪ねて来たのかしら?」


自己の箔付けの為に、アスィール主教を招く筈だったとは口が裂けても言えないロバートと、祖母であるマルガレータが無言で睨み合いを続ける中、その沈黙を破ったのは居た堪れなくなったルトだった。


「……あ…あの……」


孫と祖母、2人の視線がルトに向けられ「ひぃっ」と怯えながらも「ち、治癒を」と小声で伝える。


「あらあら、御免なさいね。でも、本当に軽い風邪だったの。もうほとんど良くなっているのよ。わざわざ来て頂いたのに悪いわね」

「ぼ、ぼくは大丈夫です…でも……風邪は治りかけが肝心なので、僕でよかったら治癒させてください」

「でもねぇ」


マルガレータが遠慮する様子を見せると「こい……この者は見習いです。御祖母さまが遠慮する事はありません」とロバートが言い放ち、またしても祖母に叱責される事態となった。


「マ、マルガレータ様」

「なあに?ルトちゃん」

「では、お風邪以外にお辛いことはありませんか?」


ルトの気遣いを受けて、そういえば最近は膝が痛むのだったと不調をもらしたマルガレータは、ルトの説得で治りかけの風邪と膝の痛みを治癒してもらう事となった。

マルガレータの前に膝をついたルトは、グレーのキャソックの上に飾られた細い鎖のそれを左手で包み込む。小さな宝珠が連なり、片羽を模した飾りのついたそれは、ルルドの神官達が持つ念珠だ。

深く息を吐き、右手を膝に掲げると「告げる――我、終天を憂い癒す者なり」と祈祷歌を紡いだ。淡い光の粒が2人の周囲に明滅し、マルガレータの身体を包み込むように消えた。


「あらあらあらあら………何てこと!!」


勢いよく立ち上がったマルガレータが、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねれば、彼女の後ろに控えていた老執事が腰をぐんぐんと左右に回す。


「あれほど辛かった膝の痛みが……驚いたわ!!」

「奥様、(わたくし)の腰痛まで癒されております」

「一緒に風邪も良くなったみたいよ。喉の痛みがないもの」

「十は若返りましたな」


白髪のご老人2人がきゃっきゃと年甲斐もなくはしゃいでいる。


「こんなに身体が軽く感じたのは久しぶりよ。小さな神官様、なんとお礼を言ってよいか」

「使用人の私にまで温情を頂き、ルト様ありがとうございます」


執事に両手をがっしりと握られ感謝されると、執事の手の上からマルガレータまでもが手を握る。


「こんな良い子が孫の友達だなんて」

「友人などではありません。御祖母さま!!」

「あらまあ、ロブはまだそんな事を言っているの?」

「坊ちゃん、大切なお友達をそのようにおっしゃってはいけません」


何故かロバートを嗜める人間が増えた。


「こいつは忌地人ですっ」


ルトを指差し、アンサス人の蔑称を叫ぶロバート。

部屋の出入り口では、壁を背にして立つ神殿騎士がわずかな怒気を漂わせると「ロバートっ!!」「ぼっちゃんっ!!」と年長者2人が同時に叱責した。


「貴方の言っているその言葉が、アンサス民の方々を指す言葉なら(わたくし)はお前を孫とする事を恥じねばならないわ」

「しかし」

「しかしも案山子(かかし)もありません!!彼らは戦争の被害者であって、私達が卑しめてよい方々ではありませんっ」


思わず庇われたらしいルト本人が一番驚愕し、自身の信じていた概念を否定されたロバートは顔を赤くして憤っている。


「やつらは汚染された人間です。穢れた魔素をばら撒いて、周囲を汚す人間ですよっ」

「ああ、何と馬鹿なことを」

「こいつの髪は魔素汚染された証ではありませんかっ。その内、異形に変貌して狂い死ぬに違いありません!!」


――――パンッ


乾いた音と共に、頬を打たれたロバートが驚いた表情で祖母を見つめ返す。

貴族として生を受け、人前で頬を打たれた事などなかったロバートにとって、優しい祖母が厳しい表情で自身を打つなど考えられないことだった。


「なんと馬鹿なことを……自分の大切な友人を貶めるなど」


この場において、まだルトとロバートが友であると言い切るマルガレータに、事態を見守る神殿騎士から生ぬるい目が向けられる。


「だからこいつは友人などでは………って…お、おい……何をしている」

「えっ??」


不可解そうに訪ねるロバートの傍らでは、赤くなった頬に触れてせっせと治癒に励むルトがキョトンっと首を傾いだ。

見る見る間に赤みを帯びた頬の痛みが引くと「ご……ごめん…なさい」と狼狽えるルトが慌ててロバートの頬から手を離した。





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