思惑2
白い鷲頭と翼のある天馬の姿をした鷲天馬が、暖かい日差しの下、バッサバッサと羽を嬉しそうに羽ばたかせて主にジャレついていた。
神殿騎士ジルベールが使役獣のリッターだ。
鷲天馬は、頭部が鷲、身体が天馬の姿をした使役獣で、鷲獅子と雌馬の間に生まれ、鷲獅子ほど気性が荒くなく騎乗しやすいが、希少な使役獣である事に変わりはない。
神官騎士であるジルベールがこの鷲天馬を手にした経緯は、幸運以外の何物でもなかった。神殿関係者が所有していた鷲獅子が雌馬との間に子を儲け、新人騎士である数人が世話を命じられていた。その内の一頭に何故か気に入られたのが、ジルベールだったのだ。周りからしてみれば、人誑しであるジルベールが、使役獣を誑し込んだだけであり、当たり前の結果と云えた。
「リッター……重い」
白鷲頭のリッターは、ジルベールの栗頭にスリスリと甘えるが、大きな身体故、ジルベールは覆いかぶさるような使役獣の重みに耐える格好になる。
撫でろ、毛繕いしろ、ということらしいが、その姿からは誇り高いと云われる鷲獅子の血脈を受け継いでいるとは想像できなかった。どちらかといえば、神殿に多くいる猫達に近い感じだろう。
ぐるるーと喉を鳴らしてジルベールに甘えるリッターだが、肉食の癖に神殿の猫達と仲が良い。猫を捕食することもなく、猫達に混じって毛繕いをし、一緒に日向ぼっこしながら寛ぐのがリッターの日常だ。
「だからお前は猫みたいなのか?」
「くるるぅー」
山村の一件から岐路に着いたジルベールに竜禍の影響は見られなかったが、大事をとっての休暇が言い渡されていた。たった2日の休みではあるが、初日は治癒棟での療養という名目で竜禍を警戒し監禁状態。漸く今朝になって、危険なしの判断を受けて晴れて自由の身となった。
「ジルー」
リンリーンと鈴石の音を響かせ、小さな白猫が駆け寄って来た。
「アルカか、どうした?」
「治癒棟に会いに行ったらベッドが空いてたんで、とうとう死んだかと思ったにゃ」
酷い云われようだが、一応は見舞いに来てくれたのだろう。
「竜禍の残滓が見られないんで、今朝に退棟した」
とはいえ、折角の休みが丸一日治癒棟に監禁状態だった事を白猫に愚痴る。
「まあ、浄化したルトちゃんは、まだお尻に殻を付けた雛鳥だから。仕方ないにゃー」
「……ルトの様子は?」
使役獣をブラッシングしている手に力が入り、リッターが喉を鳴らして抗議する。
「今朝、元気に学園へ行ったにゃー」
「そうか……そういや、あの村の件は感染症の類で処理されたらしいな」
「報告書を読んだにゃ?」
「ああ……魔素溜りに偶然にも近くの湧き水が流れ込んでいた件もな」
本来ならば水の流れる場所にできない筈の魔素溜りに湧き出た水。それ故、夜宵花の種を蒔くだけで良かった作業に支障がでた。何よりその水溜りに手を突っ込んで、まんまと竜禍に侵されたお馬鹿な騎士の失態で、今後の対策法について周知徹底されることになったのだ。
一応は新たな事例の発見として、身体を張ったジルベールの評価となるのだが、喜んでいいのか複雑である。
「アスィールはルトちゃんに経験積ませる為って言ってたにゃ」
「ああ、それは派遣前に聞いていた」
「……胡散臭いにゃ」
不機嫌そうな面持ちでそう言い放つ白猫。
素直に主教の言葉を信じて護衛の任に就いたジルベールとは違い、はなっからその言葉を信じてはいなかった。
「そうか?主教様は聖座(※教皇)からの覚えもめでたい。何れはルルド神殿への異動もあるだろう。ましてやベルンテイトのご出身でもないからな、あれだけ加護の強い御方だ、自国の神殿から戻って来いと言われないほうが可笑しいだろう。ご自身の目が届く間に、ルトに経験を積ませようとの親心ではないか?」
ジルベールの言葉に呆れたように嘆息する白猫。
アスィールはその所作や容姿から、中央大陸西北部の高位貴族の子息だと噂されている。
強い加護を持つ神官は自国の神殿だけでなく、聖座(※教皇)領からも引く手あまたであるが、噂に名高い〈ティタの至宝〉であってもそれは同様で、更には次代の聖座(※教皇)へと望む声が多い人物でもあった。
「あのアスィールが簡単にルトちゃんを手放す訳ないにゃ」
それを言うなら、加護の強いルトをティタ神殿が手放す事もないであろうし、アスィールがルルド神殿へ籍を移す事になるならば、何をおいてもルトを連れて行きそうだという事も想像に容易い。
「まあ、アスィールがルルド神殿へ異動するかは別として、ルトちゃんなら早い段階で位階が上がるはずにゃ」
「まあ……そうだろうな」
「ルトちゃんが主教クラスになる頃、教会の上位は誰にゃ?」
ティタ神殿と公国本教会の繋がりは深い。
同じ敷地内にあれば、様々な面で協力を仰ぐ事も多々あるし、5年前に猛威を振るった流感の時の様に治癒師の派遣について横槍が入ることもある。
「若手でこれから台頭していくのはだれにゃ?」
ルルト聖教と違い、正ベルンディータ公国教の上層階は、貴族社会の縮図である。
伯爵家出身である者が大きな権威を持つことになる事は、ある意味決定事項なのだ。
「……ダドリー伯爵家……ロバート・ダドリーの一派か」
「そっ………教皇や枢機卿は無理でも、司祭長や司教クラスの地位には就いてるはずにゃ」
彼の実力次第では、家格からいって枢機卿になっても不思議ではない。最も、それ相応の年齢になってからの話であるが…。
「それは……やり難いな」
「だからにゃ、アスィールは早い段階でルトちゃんの位階をあげるつもりにゃ」
「ティタ神殿内だけとはいえ、今回の件はルトの実績になるな。大主教様からの評価も上がるか…」
「さっさと実績積ませて、位階を上げて、ティタ神殿での地位を確立するにゃよ。ダドリーより先に」
ティタでの評価が上がれば、聖座(※教皇)からも注目されるであろう。
何より、ここティタ神殿はルルド聖座(※教皇)直轄の神殿なのだ。いくらルトを疎ましく思ったとしても、ルルド聖座(※教皇)からの寵を受ける者をおいそれと蔑ろにはし難くなる。
ここティタ神殿と本教会内でのルトの扱いについての温度差。
アンサス難民というだけで、向けられる視線の冷たさ。
それを払拭させようと、規律を破ってまで見習いを浄化へ派遣した親馬鹿。
分からなくもないが、なんとも遠まわしの愛情であった。
だが、この方法ならばルトは実力でその地位を手にするのだ。それが、気弱で自身を卑下するルトの自信になればいい。そこに、親馬鹿の根回しがあったとしても……。
―――まあ、注意するのはダドリーだけじゃないにゃぁ
麗しき主教の思惑を量るように思考をめぐらす白猫は、そう遠くない将来に主を取り巻くであろう人間関係を推しはかり、少年の行く末を案じるのだった。




