決意
森閑とした森の中で3人(※2人と1匹)は、それらに遭遇した。
着の身着のままだったのだろう、衣服の所々が破れ、泥に汚れている。年若い方の青年は腰に剣とその反対側にホルスターに納められた魔銃を提げている。もう一人も肩から猟銃らしき魔銃を持っているのが確認できた。
魔銃は加工した魔石を弾丸とした銃器だ。屑石程度でもそれなりの威力があり、術式やpassを必要とせず使えるので便の良い武器だった。
「…竜禍に喰われてるな」
「……例のハンターの2人でしょう」
若いハンター達の身体を覆う様に、黒い靄が生き物のようにうねっていた。
「接近戦はやべぇな」
「近づいたら取り込まれかねないですね」
村人達とは違い、一見すると死人には見えない。
纏う黒い竜禍がなければ、判断が付かなかった。
「ジルベール、俺と猫で引き付る。その間に術式を構築しろ!」
「えっ!アルカも??」
何故か参戦する事になった猫だが、白猫とはいえアルカも聖猫の端くれだ。ぽーん、ぽーんと大きく跳躍し、ハンターの正面を横切る。ハンターの意識が逸れたところで、キファークが横から火球を放った。短縮passで打ち出された火球が、ハンター2人を直撃した。威力はないが、それでも火球だ。直撃すれば肌が焼ける。
くぎゃぁぁぁぁっと人らしさの欠片もない悲鳴を上げ、キファークへ魔銃を向けるハンター。
距離をとり、黒い大太刀を抜いてニヤリと笑むと、パーンという銃声が森に響いた。放たれた銃撃を大太刀を薙いで、魔人は意図も簡単に軌道を逸らす。半魔とはいえ魔人の動体視力と反射神経は桁外れだ。障壁を張って防ぐどころか、銃撃をよける事さえ簡単だが、キファークは敢えて大太刀で払いで相手を挑発した。
その様子を視界に捉えながら、ジルベールは右手に持った剣の腹を柄元の側から刃先の方へなぞる様に左手2本の指を滑らせる。指の描いた軌跡を追う様に光の紋様が現れると、ジルベールは騎士の剣を大上段に構えた。
「キファーク殿ーっ」
合図と共に振り下ろされた剣の剣圧に乗って、風の刃と爆音が熱風を撒き散らし、一直線に走る。
ハンターとの間にあった木々を道連れに、彼らの身体が2人纏めて吹き飛んだ。
とはいえ、焼け焦げ×真っ二つである。人の形は残っていない。
「とりあえず片付いたな」
「はい、あとは魔素溜りですね」
やれやれ、終わった終わったと、締めくくろうとする2人を、爆風に飛ばされた白猫がフガフガと戻ってくる。
「うなーっ!酷い、ジル。酷い!アルカめっちゃ飛ばされたよー!」
「ははは、悪かった悪かった。アルカは軽いからなー」
ジルベールの攻撃に備えて距離をとっていたアルカだったが、所詮は猫だ。魔術の衝撃で大きく飛ばされた。木々に身体を打ち付けられる前に、くるりと身体を反転させて着地した時は、流石のアルカも「猫で良かった」と胸をなでおろした。
その後は竜禍との遭遇もなく、魔素溜りの捜索を進める事ができた。ここで役に立ったのがアルカだ。「…あ、こっちの方が何かもやっとする」という嗅覚だか第6感だかわからない力で、いち早く魔素溜りが発見できたのだ。
ひと際大きな木の根にできた三角形のウロ。
その中に湧いた黒い水溜まりのような魔素溜り。
ジルベールはその存在を確認すると、抜き身の剣を前に掲げる。魔術式を構築しながら刃身の腹を指で滑らせると、切っ先を魔素溜りへと突き刺した。
ゴポゴポと沸騰するかのように泡だった黒い水面から煙が立ち上ると、後に残ったのは干からびた跡だけである。
「ジル、これで終わりにゃ?」
「いや、このままにしておけば、また魔素溜りができる」
そう言って巾着袋からパラパラと小さな種を取り出し、魔素が溢れていた跡へと蒔いた。
「……種?」
「夜宵花の種だ。魔素を養分として白い花が咲く」
神殿でも栽培しているその花は、神殿の祭事や薬草としてよく使われる植物だった。
「何で花の種にゃ?」
「夜宵花が魔素を養分として成長する事で魔素溜りを防げる」
魔素を取り込んだのか、本来ならば考えられない速度で種が成長し、小さな芽が顔を出した。
「だがそれだけは界の綻びは修繕されない。界と界を繕うには、その場にしっかりと生命が根付く事が必要だ」
そう言って、この場に夜宵花が根付いた事を確認する。あとは花が成長するにつれ、界の綻びは自然と修復されるという事だった。
「ほえー、意外と簡単にゃ」
「まあ、魔素溜りさえどうにかすれば、あとは種を蒔くだけだから」
「んー、ジル?もしも水中に魔素溜りができたらどうするにゃ?」
素朴な疑問を投げかける猫。何故なら、小さな芽が芽吹いた地からコポコポと湧水が漏れ出ていたからだ。このままでは夜宵花の花が咲く前に根腐れしてしまうだろう。
「水が流れる所には界の綻びはできんはずだ。流れがあるということは、生命が巡ってるっつー事だからな」
異変に気付いたキファークが、ジルベールの後方に立つ。
「……なぜ水が?」
「…どうするにゃ?」
滾々と湧水が溢れた其処は、芽がどっぷりと浸かる水溜りとなっていた。
「い、いかん……とりあえず、芽吹いたモノをウロの周りに植え替えるか」
袖を捲りあげたジルベールが、どぷりっと両手を水の中へ沈める。
「おいっ!待て」
キファークの制止で振り返ったジルベールの手に、水中からシミ出た黒い水が絡みついた。
日暮れまで半刻に差し迫る頃、飛び込んできた白猫が持ってきたのは最悪の2文字だった。幸いといえるのは、まだ日没前だという1点のみ。明日を待って行動するよりも、日が沈む前に麓の村へ逃げるという選択肢がある。
まだ時折ふらつくものの、足取り確かに進むサナンを幼い少女が支えながら歩いている。少女よりも年若い兄妹は互いに手を繋ぎ、その後を進んでいた。
皆、一言も口にはしないが、意識は村の奥手に広がる深い森の方へ向けていた。
「大丈夫にゃ…今はツノのおにーさんが押さえてくれてるにゃ」
竜禍に取り込まれた神殿騎士を、半魔のハンターが押さえている間に逃げ、そして吊り橋を落とすこと。それが、課された役割だった。
吊り橋に到着すれば、さすがに地元っ子の兄妹は、危なげなく橋を渡った。
サナンは心配する少女を先に、その後にゆっくり慎重に吊り橋を進む。
「サナンさん、街道まで行けばトライクがあります。それで麓の村へ行ってください」
「……ルト君、君は?」
「僕はやっぱり残ります。神殿とギルドへの連絡をお願いします」
「………わかった。でも無理をしないで。下の村で待ってるから」
サナンが渡ったのを確認すると、吊り橋を支えていた縄を持ってきた鉈で落とした。
これでもう逃げる事はできない。
「…ほんとに良いの?」
「うん、ジルベールさんを置いて帰れない」
「ルトちゃんの加護で浄化するのは難しい状況なのわかってる筈だにゃ」
ルトが加護の奇跡を行使する間、ジルベールが大人しくしてくれる訳ではない。
竜禍に侵された人間を、キファークに取り押さえてもらう事も難しい。
「…でも、置いてはいけないよ」
ルトの力は決して万能ではない。まして騎士であるジルベールや上位ハンターのキファークの様に戦えるわけでもない。
それでも、その瞳はまっすぐ村の方へと向けられていた。
「うん…ルトちゃんはそーいうと思ったにゃ」
「足手まといになるだけかもね……」
ルトの足は村の方へ向かって歩きだす。
「まてまてまてまて、待つにゃよ、ルトちゃん。ただ突っ込むのはお馬鹿さんにゃ」
「………どうせ馬鹿だよ」
「捻くれルトちゃんも可愛い…げふんっ、まずは準備するにゃよ」
「…準備?」
白猫は不敵に笑うのだった。
ジルベールが意外とうっかりさんだった…




