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穴熊を決め込む

 集合大学園。


 多くの年齢層の学生が集まるマンモス学園であり、多くの才人や富裕層の子、教師たちが集まっていた。


 相応に多くの護衛、守衛が立ちはだかっていたのだが、軍隊規模の攻撃は想定していなかった。


 多くの人々は避難することができたが、それでも一部の……百人以上の生徒や教師は拘束されてしまっていた。


 すぐにマスターメイジが来てくれる。


 そう信じていた彼らの元には、本当に序列二位のマスターメイジ、クリテイツカが来てくれた。


 一時期はグランドマスターメイジを務めたこともある彼が来てくれたことで、開放が遠くないと彼らは安心していたが……。


 彼が倒されてしまったと聞いたときには、心底から絶望していた。


 無理もないだろう。


 自分たちを拘束した男は、見るからに金目当てではなく、自分たちを嗜虐する趣味しかなかったのだから。


 タイガー。虎を名乗る彼は、らしからぬことにふくよかであった。

 腹だけが膨らんでいるとかではない。手も足も指すらも肥えていた。


 年季の入った大男は、脂ぎった手で、拘束している生徒や教師たちの学生証、社員証を並べて観ていた。


 もう片方の手では、なぜか姓名占いや星座占いの本を手にしている。


「ふうん、へえ……ほうほう」


 彼はその本に『いい運勢』と書かれた者を選び、皆の前で殺していた。


 魔法を用いない一般火薬による爆発である。


「君はいい名前を持っているねえ。『勇敢で曲がったことを嫌い、正しいと信じたことは全力で通そうとする』って書いてあるよ。それじゃあ君は、この状況でボクに対して正しいことを主張してくれるかな? 命を懸けて」


「あ、あう……しにたくない、死にたくないです……」


「ダメ。死んで」


 彼が手元のスイッチを押すと、占いの本に勇敢であると書かれている男子生徒が爆破された。


 それを見ても、周囲の人々はもはや驚かない。


 もうすでに何十人と殺されているからだ。


 順番待ちをしている人たちは、様々な体液を漏らしながら、完全に絶望しきっている。


「次……君、人相占いの結果が出たよ。長く生きられるらしいし、豊かで恵まれた、健康な人生を送れるらしいね。死ね」


 爆音が鳴る。


「次はまとめて殺そうか。君たちは今日、一番運勢がいい星座らしいね。死ね。いい血液型の人も集まってね、全員死ね」


 タイガーは占いの本を確認して、いい運勢が出た者を殺している。


 無作為ではなく、作為的に。無差別ではなく基準をもって。


 しかし無意味に殺していた。


 生徒も教師たちも、この狂気に呑まれて、希望を抱けずにいた。


「う~~ん……やっぱり占いなんて、嘘っぱちだよねえ? ボクたちのボスは占いが大好きなところだけが欠点なんだ。その占いのことを聞けば聞くほど、逆張りしたくなっちゃうんだよねえ」


 タイガーはのそのそとした動きで死体の元へ向かう。


 いい運勢の者たちが爆死し、地面に転がっている。


 運がいいので死なずに済んだ、という事は一切なかった。


 物理法則に則って作られた爆弾は、化学式通りに爆発し、人々は必然的に死んでいた。


 ここに占いがさしはさまる余地はないと、彼は確認して満足していた。


「人の運命はあらかじめ決まっているとかなんとか……ウソだよねえ。彼らは生まれたときから、ボクに殺されることが決まっていたなんて、あまりにも哀れすぎるよねえ。ねえ?」


 タイガーは、雑務をこなしている部下たちへ同意を求めた。


 彼の部下たちは、苦笑いをした。


 小バカにしているのではなく、あくまでもボスのことを思い出しての苦笑であった。


 この殺戮に、快楽すら見出していない。


 ただの反骨精神の表れでしかなかった。


「逆に言えば、ボクが君たちを殺すことは運命じゃなかった。ボクの責任だねえ。ボクが捕まったら、ボクは死刑になるだろうねえ。君たちもそう思うだろう? だからボクは、責任をもってこれからも殺していくよ」


 本当に、ただイライラしているだけの理由での殺しだった。


 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというが、その亜種のような、タダの八つ当たりだった。


「ま~~、君たちもわかっていると思うけどさ。とにかく全員殺すからさ。コレはもうただの順番だから。まだ待っている人たちも、希望なんか抱かないでくれ。運がいい奴から殺していくだけだから。あ、でも一つだけ安心してほしいんだよ。コレを国中でやるとかそういうのないから。面倒だろ? 君たち全員を殺したら満足するから安心して」


 このくだらない選別で家族や友人、この場にいないものが殺されることは無い。


 そんな淡いとも言えない希望だけは確約していた。


 その約束も本当ではあるだろう。


 なにせもうだいぶ飽きている顔をしている。


 一度決めて殺し始めたから最後までやろうとは思っているが、もう二度とやりたくないという顔でもあった。


 本当に、今の自分たちは、その程度の理由で殺される程度の存在でしかない。


 彼らは、ある種の共感に至っていた。運なんて当てにならない。少なくとも、それを生年月日や血液型、名前で判別できはしない。


 今この場にいる時点で、どの血液型でも名前でも人相でも手相でも、等しく不幸に他ならない。


「大変です、タイガーさん! ボスのとこにいる仲間から連絡がありました! スティンガーさんが負けて、サムソンが生き残っていたって! そのサムソンがモスキートさんとアントさんをぶち殺したって! 次はここに来るかもって!」


 テロリスト、タイガーの部下であろう魔法使いが慌てた様子で報告をしてきた。


 今まで倦怠感すら出していたテロリストたちは、ここで大いに慌てた。


 特にタイガーは、きわめて具体的に慌てている理由を説明した。


「不味いなあ。ボクの戦法だと、サムソンを倒せないぞお」


 序列二位クリテイツカを討ったタイガーではあるが、序列五位であるサムソンには勝てる気がしなかった。


 クリテイツカを倒した戦法が、サムソンに通じないと知っているのである。


「どうするんですか? ボスのところに逃げます!?」


「んんん……走って逃げ込めるところじゃないからねえ。ここはひとつ、ボスに習って人質を使うしかないねえ」


 タイガーはまだ殺していない人々を見た。


 人々は息を呑みながらも希望を抱く。


 人質として使われるという事は、生き残る目があるということだ。


 その可能性がどの程度なのかわからないが、ゼロではないのなら希望になる。


「アイツ等だと少なすぎるね」


「そうっすねえ。アイツ等を返してやるから俺たちを見逃せって言っても、うるせえ死ねって殺されるでしょうね」


「俺たちめちゃくちゃ殺してますしねえ。皇帝陛下も人質を巻き込んでもいいから確実に殺せって命令するでしょうし、サムソンってマスターメイジも従うでしょうねえ」


「こいつらもいいとこの生まれでしょうけど、マスターメイジを危険にさらすほどじゃないでしょうね」


 その希望を、テロリストたちは抱かなかった。


 残った人々を人質に取ったぐらいで戦局に影響はないと判断したのである。


 憎らしいことに、その判断は正しかった。生徒たちも先生たちも、あるいは関係者たちも全面的に同意する。


 マスターメイジを四人殺すテロ集団を相手に、生き残ったマスターメイジを投入せざるを得ないのなら、大抵の犠牲は呑むだろう。


 自分たちはその大抵の範疇に当てはまる。


「じゃあ、アイツ等はサクッと殺しておこうか。その間に次の作戦を考えよう」


「そうですねえ。コレで俺たちが死んだあとに生き残られたら癪ですもんねえ」


「俺が同じ立場なら、死体を踏んづけてざまあみろとか言っちゃいますよ。それは嫌だなあ」


 極めて事務的に、あるいは義務的に。


 軽薄なテロリストたちは、見た目通りの人間性しかなかった。

 彼らは彼ら自身の行動規範に則って生き残りを殺しつくすことにしたのだった。


※


 集合大学園に入ったサムソンは、物思いにふけっていた。


 序列二位であるクリテイツカは年上で、元々はグランドマスターに就任していた。


 サムソンの先生のその次の代のグランドマスターであり、ヴァパールやバラニと違って『普通のマスターメイジ』であり『普通のグランドマスターメイジ』であった。


 伝説の魔法の一つ破邪の聖銀(ミスリルシルバー)を持つ大魔法使いであり、魔力量も出力もサムソンと同等。


 彼が現在のグランドマスターメイジに負けた(・・・)ときは、サムソンもとても驚いたものだった。


『いやあ、新入りの彼も強かったねえ。まさか本気のグランドマスターメイジ様と戦って勝っちゃうなんて。それで、まさか、本当に代替わりするの? 新入りのマスターメイジがグランドマスターメイジに勝つのも前代未聞だけど、そのまま譲るのってどうかと思うぜ』


『やかましい! 負けは負けだ! グランドマスターメイジはその時代最強の魔法使いが名乗るもの! 負けた私にその資格はない! それに奴にはグランドマスターメイジになるだけの素養がある! 今譲っても問題はない!』


『納得している割に悔しそうだなあ』


『あの戦いでは勝つつもりだったんだ! 私は奴にとって越えられない壁として立ちふさがり……この私が、老い衰えて、奴が一人前の年齢になった時に譲るつもりだったんだ!』


『全盛期の今、全力で戦って負けたくせに……』


『やかましい!』


 気難しい男であったが、誇り高く、筋を通す男だった。


 嫌いではなかった。


 彼の死にも、思うところがあった。


「……クリテイツカが本当に死んだとはな」


 集合大学園の敷地内、大通りともいうべき広い道を歩いていたサムソンの先に、大きなクレーターが刻まれていた。


 黄金のオーラ越しでもわかるほど、焦げた臭いが残留している。


 周囲の損壊具合や『破片』などを見て、サムソンはやはりと頷く。


「やっぱり普通の爆薬で攻撃したな。しかしどうやって当てたんだ……?」


 クリテイツカの操る破邪の聖銀(ミスリルシルバー)は、メタ魔法であった。


 相手の魔法を反射する、中和する、打ち消す。魔力を封印する、二度と使えないようにする、制限する……などなど。

 魔力や魔法に関しては、ほぼ万能、なんでもありという魔法である。


 一方で通常の物理攻撃、魔法を用いない攻撃に対しては防御力がない。


 本人の素の耐久力で受けるしかない。


 だからこそ、彼を倒すのなら、爆薬……それも兵器として焼夷弾や炸裂弾などが有効である。

 だが最高位魔法使いである彼を殺すだけの爆薬ともなれば、相当の量を至近距離で点火する必要がある。


 自分の弱点を理解しているクリテイツカが、なぜそんな机上の空論で殺されたのか?


 疑問は尽きないが、その点において危機感はなかった。


 今も黄金のオーラを纏うサムソンは、視界の開けた場で周囲を見渡す。


 その彼の、目の前に。

 計ったタイミングで、爆弾が出現した。人間の頭ほどの、かなり大きな爆弾であった。


「……?」


 サムソンが反応するより先に、出現した爆弾が爆発したのである。


 その爆弾は、引火した燃料をぶちまける焼夷弾であり、破片をばらまく炸裂弾でもあった。

 周囲は燃え上がり、尖った破片が周囲に突き刺さる。


 だが爆心地の至近距離にいたサムソンはまったく無傷であった。


 最強の防御魔法である強欲なる者への祝福(ゴールドローブ)の完全発動真絶対防御(インポッシブル)の防御力をぶち抜くには、この程度の火薬では不足だった。


 否。仮にクリテイツカを殺した爆弾の量の、更に十倍持ってきても不足だろう。

 物理攻撃相手でも、サムソンは鉄壁であった。


「……なるほど。空間系魔法で爆弾を瞬間移動させてきた、と。思ったより王道だな。いくらクリテイツカでも、いきなり目の前に大量の爆弾が転移してきたらモロに食らっちまうか。あ、いや待てよ? この使い方なら、違法改造とかなしか? 純粋な高位魔法使いの仕業って可能性もあるか?」


 猶予、余裕があったからだろう。


 サムソンは今回の敵が違法改造を受けていない可能性を考慮し始めた。


 そうなるといろいろと考えることが増える。


 純粋な高位の空間系魔法使いであれば、ガラギャラのように長距離を一瞬で移動できる。

 今こうしている間にも、遠くに逃げてお茶でも飲んでいるかもしれない。


『んん、いや、違う。ボクもまた違法改造された魔法使いってやつさ』


 サムソンの脳へ、直接声が届いていた。


 念話(テレパシー)によるものであることは明白。


 サムソンはその言葉を素直に聞き入れ、会話を開始した。


「鳥観図(ホークアイ)で俺様を観ているってわけか。気に入らねえな」


『ははは。状況理解が早いのはいいけど、話をしようよ。どうも初めまして、タイガーです』


「マスターメイジ序列五位、サムソンだ。お前たちを殺しに来た。それで、お前とその仲間はこの学園にいるのか?」


『うんうん。遠くから観る魔法で監視しつつ遠くから話しかける魔法で通話しているけど、そこは信じてほしいね。というよりも……君が思うような純粋に高位な魔法使いが、こんなことをすると思うかい? それこそ普通に仕事するでしょ』


「違いないな」


 サムソンは同意した。


 彼の価値観にもそぐう論理であったからだ。


『そうそう、その通り。念話(テレパシー)で別の街にいる遠くの相手と話をするのも、鳥観図(ホークアイ)で別の街にいる遠くの相手を監視するのも……めっちゃ修行しないといけない。そんなの犯罪者がやってるわけないじゃんねえ。あ、ちなみに今言った二つの魔法ばボクの部下が使ってるよ?』


 タイガーは身の上話を始めた。

 自虐的だが、筋は通っている。

 客観視できている様子であった。


『ボクの魔法は空間構築(パーソナルスペース)。空間を自由に扱う、応用性の高い魔法でね。ボクの魔力量と出力が高いから、周囲は結構期待してくれていたんだよ。あ、ボクのいるところはこの先まっすぐだよ』


 間違いなく罠がある。

 それでもひとまず乗ることにしたサムソンは、タイガーの誘導に乗ることにした。


 眉をひそめて歩く彼に、タイガーは魔法で話しかけ続けている。


『確かにボクは天才ではあった。素質はあったよ。努力すればかなりいいステージに上がれたと思う。いや、努力できれば、かな? ボクは人間的に劣っていてねえ。努力できない男だったんだよ。それに魔法の応用性が高いのも悪い風に働いた。修行しても修行しても全然上達しないから、イヤになって放り出しちゃったんだよねえ』


「……応用性の高い魔法を本当に活用できるのは、とんでもない努力家だけだからな」


『そうそう。ボクはそうじゃないってわけ。それは頭では分かってる。だけど幼少期から天才だって言われてきただけに、自分でもどうにもならないほど自尊心が高くてねえ……本当に、苦労したし、苦労させたよ。違法改造で得た力も、普通に習得すれば得られたはずの使い方だし、つまりは下位互換さ。そんなにうまい話は無いんだよねえ』


「それでもクリテイツカを殺せたんだから、大したもんだ」


『おおっ!? 褒めてくれるのかい? 意外だねえ、卑怯な手で殺しやがって、とか言うのかと』


「日常でいきなり不意打ちされたんならともかく、任務中に返り討ちにしたんならそうでもないだろ。まあもっとも、俺様がお前たちを殺すことに変わりはねえけどな」


『ふふふ。怖いねえ……ところで、君はスティンガーさんやモスキート、アントを倒したってことでいい?』


「ああ。どいつもこいつもなかなかの実力者だったよ。悔しいが、俺様の仲間が殺されたのも納得だ」


『ふうん。ところでさあ、君はアントを見てどう思った? ボクは彼が嫌いでねえ……正直見下していたよ。魔法使ってやることが、他人を支配することなんてねえ。そんなの魔法を使わなくてもできるだろうに』


「その意見には同感だ」


『その点スティンガーさんは、好きだったなあ。彼の射撃、狙いを定めるのは本人の技量でしょ。あんな小さい弾をよく当てられるもんだよねえ』


「その意見にも同感だ。アレには俺様も舌を巻いたよ」


『ボクもねえ、なんでもかんでも魔法で解決しようっていうのは嫌いなんだ。魔法以外でどうにかできることは魔法を使わない方がいい。君もそう思わないかい?』


「ま、否定はできねえな」


 タイガーの声はだんだん調子が上がっていく。


 サムソンとの話が楽しいのではない。


 平静に自分と話をしているサムソンの顔が、異様なほど殺気立っていたからだ。


 マスターメイジという最高の実力者が、自分たちごときに殺気を抑えて、平静であろうと努めている。


 その事実が、卑屈さとプライドの高さが両立しているタイガー一味にとって愉快だった。


『うん、そうそう。この建物の奥に入って行ってね』


「ああ」


 道中。

 道端には爆弾の餌食となったであろう死体が転がっている。


 半焼した家屋や倉庫、店舗なども見える。


 それらを見ても、サムソンの心は動かない。


 そんな彼ですら、同僚の死に憤り、敵の誘いにあえて乗っていた。


「……なるほどな。銀行に入れと言われた時からおかしいとは思っていたが、金庫に入ったってわけだ」


『御明察』


 誘導されて入った建物は、学園内にある銀行であった。

 学園の敷地内で働く人々のための銀行であるためそこまで大きくないが、それでも金庫室は厳重であった。


 その金庫の中に敵が逃げ込んでいると、他でもない犯人自らが申告してきた。


 彼らにとって都合がいいのだろう。


 だが、ここまで来て思う。

 相手の思惑に乗らなければ、そうそう見つけられなかったとも。


 その上で、ここから何が起きるのか、想像もできなかった。


「大方、この金庫を内側からロックしていて、外からは開けられないようにしてるんだろうさ。俺様は防御魔法の専門家だから、そうそう壊せないと踏んでるんだろうさ。で? 籠城を決め込んだお前らはどうするんだよ。助けでも待つのか?」


『こうするのさあ』


 銀行という建物は堅牢である。

 だがその建物の最奥である金庫室の前でも聞こえるほどの轟音が、振動となって足元に伝わってきた。


 遠くで、大量の爆弾が爆発したのである。


「……なにをした?」


『化学の知識って楽しいよねえ。どこにでもあるものを適切な比率で混ぜるだけで爆弾を作れるし……猛毒だって作れる』


「……そういうことか!」


 サムソンは大慌てで床に手を当てた。

 銀行の床を介して、この学園の広大な敷地内全体に魔力を通す。


 先のワラ村の戦いで村一つをバリアで覆った時と同様である。


 あの時よりもはるかに広範囲であったが、それでもしっかりとドーム状のバリアを展開し、しっかりと密閉していた。


『おお、凄い! 流石はマスターメイジ様! これだけ広い街を瞬時に覆うなんて、なかなかできることじゃない! でもそれが正解だね。そうしていなかったら、この学園の周辺の都市に甚大な被害が出ていたよ』


 けらけらという声が聞こえてくる。


 彼は、自分のやったことを理解しているのか、それとも理解していないのかわからない声で詳しく説明を始めた。


『分かっていると思うけど、一応説明するね。ボクらはこの学園の敷地内に、これでもかと爆薬と『汚染物質』を準備した。それを今遠隔爆破したのさ。それはもう盛大に燃え上がって、大量の猛毒をまき散らしているだろうねえ』


 サムソンの想像通りの最悪の事態だった。

 現在この学園は猛毒の火元となっている。


 サムソンがバリアを解除すれば、周辺一帯、数千から数万の人々が被害を受ける。


 数十人程度なら見捨てるつもりのサムソンであったが、そこまでの規模ともなれば見捨てるわけにはいかない。


 この学園の敷地を隔離せざるを得なかった。


 そしてこれだけ広範囲に及んでバリアを展開すれば、自分を守るバリアは大幅に薄くなってしまう。


 このバリアが解除されれば、彼自身もまた猛毒に倒れてしまうだろう。


 そう思わせる、異臭の煙がこの銀行にも入ってきた。


『一応言っておくと、この金庫の中は密閉されているから安全だよ。酸素ボンベや防護服も準備しているから脱出の時も安心だね。だから満を持して、君へ再度攻撃するわけだ』


 サムソンの眼前に、先ほどと同様に爆弾が出現する。


 その爆弾の威力はさほど変わっていないだろうが、その脅威度は跳ねあがっていた。


「……くそが!」


 今死ねばバリアが解除されてしまい、周辺一帯が汚染されてしまう。

 サムソンは短く罵声を吐くが、その顔に余裕はない。


 人生で初めて、祈る思いで攻撃を受け止める。

 彼を守る薄いバリアは、ひびが入りつつもなんとか受けきっていた。


「ぐ……!」


 受けることに成功したが、状況は好転していない。

 おそらく相手の手元にはまだまだ爆弾があるだろう。

 このまま受け続ければさすがに持たない。


 かといって、この銀行の金庫は堅牢だ。早々破ることはできない。


 神像の大いなる拳(ブロンズフィスト)の全手開放衆生誅殺三十八掌(ルナティック)で斉射しても、短時間で壊すことはできないだろう。


『あれ? もしかしてもう限界? もっとあがいて楽しませてほしいな。あのクリテイツカだって、血まみれになってももがいて楽しませてくれたんだよ?』


「てめえ……!」


『まだまだ五体満足なんだし、マスターメイジなんだから、もっと余裕を見せてほしいなあ』


 周囲の毒煙がより一層濃度を増していく。


 サムソンはより一層追い込まれていった。


『ああ、そうそう。確認したいんだけど、もしかして、君の今日の運勢は大凶だったりした? だったら困るなあ、大吉だといいなあ。その方がうれしいなあ』


「……それが、辞世の句でいいんだな?」


 冷や汗をぬぐいながら、サムソンは起き上がった。


 今もバリアの維持で負担が大きいが、息は整ってきた。


 毒ガスの充満具合も十分である。


「褒めてやる……お前のこの戦法は、俺様を大いに煩わせた。七つある魔法のうち五つを攻略したと言っていい。だが、俺様にはまだ……最強の攻撃魔法があるんだよ!」


 サムソンの手に、赤い魔法が構築され始める。


 だがそれを見ているタイガーは大いに嘲っていた。


『へーすごいね。でもそんなに強い魔法なら、制御が大変なんじゃないの? この学園を封鎖しながら使えるの? ボクの爆弾に耐えながら使えるの?』


 サムソンの周囲に大量の爆弾が出現する。

 これで決着をつけるつもりなのか、大盤振る舞いであった。


 先ほどの爆弾でもギリギリだったのだ、今の物量には耐えられない。


 爆弾で死ななかったとしてもバリアに穴が開き、そのままサムソンは猛毒で死ぬだろう。

 そのまま周辺も汚染される……。

 そうなるはずだった。


 だが爆炎が晴れたとき、そこには巨大な銅の手があった。


 サムソンを潰さぬように握りしめて、爆弾から守っていたのである。


「象徴魔法の一つ、神像の大いなる拳(ブロンズフィスト)だ。象徴魔法は一度発動させれば自律的に動く分、制御に神経を割かなくていい。そして単なる爆発相手なら、この手一つで身を守るのはたやすい」


 大きいとはいえ手では密閉できない。そのため毒ガスは防げないだろう。だが爆弾の攻撃のほとんどは受け止められる。


 その内側で黄金のバリアは健在であった。


 そしてそのさらに内側では、サムソンが最強の攻撃魔法の準備を終えていた。



「これは俺様が持つ伝説の魔法の一つ、誰もが求める(マゼンタ)一振りの剣(ソード)だ」



 赤く、針のように細い刀身の剣だった。


 魔力で構築されたレイピアのような、刺突用にしか見えない剣を、サムソンは切断用の剣のように大きく振りかぶっている。


「この魔法の応用性は☆一つ。この剣の形にしか構築できないし、投げるとかの使い方もできない。だがその分制御も習得も制御も楽でね、こういう時にはありがたいもんさ」


『ま、まて、まて! 待ってくれ! そ、それ、それで、何を斬る気だ!?』


「おっと、余裕がなくなったか? そうだよなあ、伝説の魔法だから、その効果も有名だよなあ。説明の必要はなかったか!」


 スティンガーの火の違法改造魔法と同じである。

 多くの魔力を一点に集中させることは難しいが、実現すれば凄まじい攻撃力を生む。


 この誰もが求める(マゼンタ)一振りの剣(ソード)は、それ専用の魔法。

 大量の魔力を細い刀身に込め、ただ一度の斬撃で消費しきる。


 強欲なる者への祝福(ゴールドローブ)の完全発動真絶対防御(インポッシブル)さえ突破する、あらゆる攻撃魔法の中でも最強に位置する伝説の魔法だ。




「誰もが求める(マゼンタ)一振りの剣(ソード)、臨界刀身……奈落送り(ノーフューチャー)!」




 堅牢極まりない銀行の金庫、その扉に最強の攻撃魔法が振り下ろされる。


 その一振りで刀身ははかなく散った。


 堅牢な金庫の扉は、しばらくの間動かなかった。

 だがしばらくすると、自重に耐えかねたかのように、滑らかな切断面を顕わにしながら開いていく。


 本来の構造や強度を無視して、卑劣なテロリストたちを守っていた扉は切り開かれたのだ。


「ま、ま、ま……ああああああああ!」


 中のテロリストたちは慌てて防護服を着ようとしていたが、もう遅かった。


 金庫の内部に有毒なガスが流れ込んでいく。今更防護服を着ても間に合わない。


 周囲の人々に味わわせるはずだった猛毒の苦しみを、彼らは一身に受けることになる。


「おご、おご、あがああああああああああああああああ!」


 彼らの体は変色し、泡を吹き、目を回し、のたうち回っていく。


 だがまだ死なない。

 中々死なない。

 そう簡単に死なない。


 高濃度の猛毒の中でも、彼らは永遠に思える苦しみを数分間味わい続けた。


 果たして彼らの内心は如何に。


 あの時人質を全員殺しておいてよかった、マスターメイジを殺せたから悔いなしと、この苦しみを受け入れられるだろうか?


 死んで当然のことをしたのだから、死んでも仕方ないと割り切れるだろうか?


(こ、こ、こ……こんなに苦しいのなら、悪いことなんてしなきゃよかった……!)


 元グランドマスターメイジであるクリテイツカを討ち取り、多くの無辜の民を遊び半分で殺していった男たち。


 彼らは一般の罪人と同様に、自分の悪事を悔いながら死んでいくのだった。


※


 下手人たちは全員死んだが、それでもこの学園の汚染は消えない。


 しばらくして多くの救援として高位の魔法使いたちが急行し、サムソンが隔離した敷地内で浄化を行った。


 広大な敷地内の毒素を除くのは簡単ではなかったが、それでも半日で浄化が終了する。


 さすがのサムソンも休憩を必要とし、数日間しっかりと休むことにした。


 だがそのさなかでも彼の心から緊張は解けなかった。


 なにせテロリストたちのボスが残っており、彼の手元には現グランドマスターメイジの体が確実にあるのだから。


 彼がその体をどう使うつもりなのか?


 そんなことは、もうとっくにわかり切っていた。

誰もが求める(マゼンタ)一振りの剣(ソード) 臨界刀身奈落送り(ノーフューチャー)

希少性 ☆☆☆☆☆

応用性 ☆

区分 通常魔法

どれだけ魔力を込めても肥大化せず、一定の大きさを保つ剣。

際限なく攻撃力が高まり、一点突破の攻撃力になりうる。

剣が一度攻撃を行うと、充填された全魔力を消費する。

充填速度は術者の出力に依存する。

つまり連続攻撃には不向き。

カンスト単体攻撃


タイガー

魔力量 ☆☆☆

出力  ☆☆☆


空間構築(パーソナルスペース)

希少性 ☆☆☆☆

応用性 ☆☆☆☆☆

区分 通常魔法

空間を操る魔法。

隔離空間を構築し維持する、彼我の距離を調整する、瞬間移動する……。

など、空間、距離に関しては非常に自由度が高い魔法。

逆に言うと習得には多くの修練を要する。


塞がれた虎穴(タイガーポケット)

区分 通常 違法改造魔法

小さい隔離空間を生み出し、そこになにかを格納することができる。

予め設置することもできるが、マーキングしておけば手元からワープさせることもできる。

アントはそこに爆発物を格納。さらに安全装置も魔法で封印しており……。

任意で爆発させることもできるが、相手が魔法を無効化、中和した場合には……

爆発物を隔離、封印している魔法が消えることになるので、結果として相手に起爆スイッチを踏まさせることができる。

自由度が高すぎる魔法の効果を限定し、使い勝手を良くする改造である。


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こんなにも面倒くさそうな虐殺は初めて見ましたね…
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