高慢な支配者
良薬大森林。
元々肥沃な土地であったが、人間の手によって整備された人工の森である。
森の中は整然と木が並んでおり、その中には豊かな生態系が構築されている。
この人工森は林業のための森ではなく、森の中にしか生息できない苔やキノコ、草などを採集するための森である。
それらは加工され、薬品として国内へ流通していく。
この地をテロリストたちに占拠されてしまったため、国内の薬品流通の根源が断たれることになってしまう。
そのため、皇帝はこの地へマスターメイジの序列第三位、ヴァパールを送り込んだ。
彼女は現マスターメイジの中で唯一の女性であり……それ以上に特異なメイジであった。
なにせ彼女は序列四位たるバラニよりも弱かった。
魔力量は☆四つ程度であり、出力に関しては☆三つ。
習得している魔法も回復と強化という凡庸なものが二つだけ。
本来ならマスターメイジの候補にも挙がらない、凡庸なメイジのはずだった。
だが彼女には一般のメイジの能力値では測れない、特殊な能力がある。
本来人間に馴致しない……飼いならせないはずの狂暴な獣、ゴウフェンリルの群れを飼いならしていた。
高い知性と戦闘能力を持つゴウフェンリルが戦い、彼女はその強化と回復を行う。
その布陣によってマスターメイジとして長く戦ってきたのである。
当時最年少であった10歳でマスターメイジとなり、その後30年間前線に出続けている。
その彼女の死体は、首から上だけであった。
巨大な獣に食われて、首から上だけを残していたのだった。
何があったのか。
そして何が狙いなのか。
雄弁に死体は語らされていた。
ダイイングメッセージというよりは、殺人犯からの犯行予告であったが。
※
良薬大森林。
湿度を保つように設計された薄暗い森の中に、サムソンは入っていった。
その表情はとても堅い。
何があったのか、どんな相手が待ち受けているのか。
それがわかったうえで、彼は進んでいた。
黄金のオーラで守られたまま進む彼の頭の中では、ヴァパールとの思い出が巡っていた。
年齢は40歳であった彼女だが、回復と強化を宿しているためか、あるいはその両方を極めているからか。
まるで少女のような容姿を保っていた。その姿に惑わされる者も多い。
容姿はそのようであったが、彼女の人柄はどのようなものであったか。
彼女は飼っているゴウフェンリルの群れを愛する女であった。
人間など丸のみにする巨大な狼たちを、まるで犬のように愛でていた。
丁寧にブラッシングをしているときは、それこそ一般の愛犬家と変わらなかったという。
(それで食われてりゃ世話ねえぜ……こうなる可能性はあった。だってのにアンタは……)
『確かに、この子たちを戦わせるのは嫌よ。いろいろと悪い想像もできるし、どうしても傷ついてしまうしね。だけど、ほら……この子たちのエサ代を稼ぐには、マスターメイジぐらいじゃないとダメなのよ~~。この間も、新しい子が生まれたしね。もっともっと稼がないと~~』
(本末転倒じゃねえか、まったくよお……)
湿り気のある森の奥で、異臭が漂っていた。
大量の人間の死骸であった。
動物の糞も大量に山盛りになっている。
森の中でもなお、おぞましいと言い切れる、不道徳の果ての不衛生。
悪意で築かれた巣窟に立つのは、やはりゴウフェンリルの群れであった。
ヴァパールに飼われていた時は丁寧にブラッシングされ、毛並みもふわふわであった群れが、一頭残らず死肉と脂でべたべたに汚れていた。
何より、頭部の深くへおぞましい呪いの杭が埋め込まれていた。
それが彼らを直接的に操作していることは明白である。
「やっぱりだな。ヴァパール姐さんは出力こそ低いが回復の練度は高かった。仮にゴウフェンリルが呪いの類で操られたとしても、さっさと解除できただろうさ。それでも姐さんはゴウフェンリルに食われた。そうなりゃ、物理的に呪いを埋め込まれてなきゃ説明できねえよなあ」
「その通り。だがわかっていても一人でここに来るとはな……バカなのか? せめて魔剣を取り返して、手に持ってここに来ればよかったものを」
汚物の山から、人間が現れた。
痩せた男であり、細い目をしていた。
猫背であった。
単に姿勢が悪いと言うだけではなく、明らかにサムソンを侮っていた。
「魔剣ならもう奪い返したぜ。んでもって、バラニの実家に返してやった」
「ほう。それならスティンガーだけではなくモスキートも倒した後か。そうか、そうか……」
「なんか思うところでもあるか?」
「スティンガーはともかく、モスキートには思うところがあった。アイツも哀れだった、周囲から理解をされていなかったからな。正直に言えばシンパシーも感じていたさ」
彼は痩せている腕を見せた。
そこにはスティンガーとは比べ物にならない改造が施されていた。
腕一つを義手に置換したかのように、ごてごてとマジックアイテムが外科的に接続されている。
おそらく、その腕の改造部と、ゴウフェンリルの脳に刺さった杭が強固につながっているのだろう。
「……あの二人から聞いているかもしれないが、我らのボスは占いが大好きでな。それはもう、我らが逆に大嫌いになるほど占いを信望している」
「そりゃ可哀そうだ」
「ああ、まったくな。恩義は感じているが、人間としては全く好きになれんし、尊敬もできん。まったく、占いなどくだらない」
彼の腕が鈍く光った。
ゴウフェンリルたちの頭部の杭も同様に光った。
ゴウフェンリルたちは操り人形のように動き、サムソンを包囲していく。
「人相だの星の並びだの名前だの画数だの物忌みだのなんだの……まったくバカバカしい。そんなこじつけを信じて何になるやら。人間の運命を決定づけるものがあるとすれば、それは『魔法』だろうに」
「うげ。お前まさか、魔法論者か? 生まれ持った魔法こそが人間の運命を決めているとか? 俺様はそういうのが逆にダメなんだ。ガキの頃、その手のことを吹聴していたバカどもに囲われていたもんで、大嫌いになったんだよ」
「それは……あいにくだな。その黄金に輝くオーラを見るに、さぞ持ち上げられただろう。だがそれでも、私は私の持論を貫かせてもらう」
割と素で謝った彼は、それでも持論を続けた。
「魔法を生まれ持った者は、その魔法を使うことを運命づけられている。火の魔法を持った者は火の魔法を使わねばならないし、水の魔法を持つ者は水の魔法を使わねばならない。それは魔法使い自身の義務であり、同時に社会はそのようにデザインされるべきだ」
彼の持つ魔法は尊厳剝奪。
希少性が☆四つという、伝説ほどではないがかなり珍しい魔法であった。
相手を意のままに操れるだけ、という応用性のかけらもないが、それでも非常に恐ろしい魔法だろう。
「私は他者を支配する魔法を持って生まれた。だからこそ、私は他者を支配しなければならないし、周囲も私にそのような役目を与えるべきだった。だが世間は私の魔法を禁呪だと宣い、封じた。それも、裏も表もない。正真正銘の禁止だった」
表向きには禁止されていても、裏の仕事が与えられていれば、彼の自尊心は満足できただろう。
だが世間はそんなことをしなかった。
彼は本当に魔法を使うことを禁じられていたのだ。
希少な魔法を得ていたのに、彼はそれを使うことが許されなかったのだ。
「私の魔法は、素晴らしく有用だ。魔法によって他者を支配するなど許されないという『先進的』なお考えによって禁じられているが、それは本当に正しいと思うか? この魔法を使うべきケースや相手がいるとは思わないか?」
「俺様も似たようなことはしているから、ナイとは言えねえな。だが、お前がその魔法を使わない方がいいってのは賛成だぜ」
「それは人間の論理だろう? 天は私に支配する力を与えてくれたのだ、それは神の意志、天の意思に他ならん」
魔法は誰にでも平等である。
どの階級であっても、強い魔法使いが生まれることがある。
それは天が人々に機会を与えているともいう。
それを極端にしたのが彼の論理であった。
「人間の論理や秩序は時や場所と共に移り変わる。そんなものを信じる方がどうかしている。魔法使いにとっては、魔法こそが運命だ。私には私の魔法を使って社会を良くする義務がある」
「どうしようもない社会不適合者を無理に働かせたり、犯罪者の口を割らせたり、か?」
「そうだ! それが私に与えられえた天命であり役職だ! まさに天職だ! それを禁ずる社会は是正されねばならない! いや、私が是正する! しなければならない!」
ただでさえゴウフェンリルに包囲されていたのに、更に人が現れた。
およそ百人ほどだろう。頭に杭を埋め込まれた低位の魔法使いらしき者たちが、うつろな顔のままサムソンへ掌を向けている。
「支配の魔法を受け入れれば、世界や社会は最適化される! 徴税官も警察官も、その維持にかかるリソースも不要になる。強制し強要することは悪いことではない。あるべき共同体の姿、真正の社会が形成できるのだ!」
包囲網を見て、サムソンは覚悟する。
これは、強欲なる者への祝福だけでは勝てない。
「私の名前はアント! 下等なる人民を、高等なる蟻へと押し上げる者だ!」
周囲に配備されたゴウフェンリルのうち一体が襲い掛かってくる。
悪臭を纏いながら、汚れた爪で押しつぶそうとしてくる。
サムソンは飛びのいて回避しようとするが、速度で負けていたため押しつぶされてしまう。
巨大な牙、間に布切れなどが見える口が迫った。
一息に咬まれる。
だが牙が通ることは無い。
物理攻撃は有効ではあるが、ゴウフェンリルの咬筋力をもってしても真絶対防御は貫けない。
それでもゴウフェンリルは咬み続けている。
命令に従う哀れな獣は、己の牙が砕けようとも噛み続けるだろう。
「……姐さんが食われちまったのは、まあ、自業自得だとして。お前らがこうなるのは、本当に哀れだな」
黄金のオーラを肥大化させ、ゴウフェンリルを押しのける。
オーラの中で立ち上がろうとすれば、周囲から攻撃が殺到してきていた。
拡大したことで薄くなったオーラを打ち破るべく、ゴウフェンリルと魔法使いたちが猛攻を仕掛けていたのだ。
「素晴らしい防御力だな。とてもではないが、うち破れそうにない。だが私は一人ではないのだよ。このままじっくりのんびり、時間をかけて君を料理する」
アントは満面の笑みを浮かべながら勝ち誇っていた。
「その魔法を維持できるのはあと何分だ? 理論上は永遠に維持できたとしても、君自身は寝ずにいられるのか? 私の部下たち全員を相手に、その防御魔法だけで勝てるのか? やはり魔剣を持ってきておくべきだったな。まあもっとも、それでも消耗させるだけが限度で、殲滅することはできなかっただろうがね」
「なんだ、減るのも織り込み済みか……てっきり、ゴウフェンリルの群れは削れないように考えているかと思ったんだけどな」
「私はヴァパールとは違う。あんな馬鹿とは違う。あの女がどうやって死んだか教えてやろうか? 私に支配されている者をなんとか救えないか試行錯誤していくうちに、一体一体ゴウフェンリルを奪われていき、最後には食われて死んだのだ。さっさと損切できれば、こんなにも犠牲が出ることがなかっただろうに。……減ったなら、増やせばいいのにな。今まではそうしていただろうに、愚かなことだ」
ーーーできるだけ平静を保とうとしていたサムソンの顔が怒りでゆがんだ。
それを見たアントは満面の笑みを浮かべて、彼に背を向ける。
「私は暇じゃないんだ。君がじわじわ弱っていく様を眺めることは無いよ。現場を尊重して、下がらせてもらう」
「姐さんは確かに間抜けなことをした。俺様でさえ、こいつらを救うことは諦めている。もうぶっ殺すしかないって割り切ってるさ。だが……姐さんの失態をあげつらっているだけのお前が有能ムーブをかましているのは、不愉快極まりないな!」
サムソンの周囲から、銅色の魔力が展開されていく。
その大きさたるや、サムソン一人よりも大きいほどだ。
それが二つ。今も攻撃を受け続けているサムソンの周囲に展開される。
「出ろ! 神像の大いなる拳!」
左右対称の手だった。
指が六本あり、親指に相当する部位が左右どちらにも備わっていた。
手の甲が地面の側に向いている状態で空中に静止していた。
巨大な銅の拳は、出現するや否や周囲の尖兵を吹き飛ばしていく。
操られた低位の魔法使いたちは反応することもなく、攻撃を続けながら薙ぎ払われて倒れた。そのまま動かなくなる。
ゴウフェンリルたちは吹き飛び、よろめきながらも立ち上がった。
「ひ、ひぅい!? な……あ、神像の大いなる拳、だと!? 伝説の魔法じゃないか! なんで、そんなものを、お前が使える!?」
「俺様が生まれ持った七つの伝説級魔法の一つだ。効果はご存じの通り、伝説通り。一つ一つが自立行動する拳型の象徴を生み出す魔法だ。その最大数は……?」
「三十八、だ」
「正解」
自分を包囲していたゴウフェンリルの群れへ、逆に見せつける全方位への攻撃準備。
サムソン自身よりも巨大な銅色の拳が、三十八も同時展開される。
「一応言っておこうか? 俺様が姐さんと戦っていたのなら、コレを出してもまだ負けじゃない。姐さんならゴウフェンリルを強化回復できるからな。さて、お前は? 違法改造されてなお、他人を支配することしかできないのか? 姐さんなら魔法を使わなくてもできたことをするのが精一杯か?」
「う、う……ああ……」
「解決策はないようだな」
銅色の拳が、ゆっくりと手を開いていく。
六本の指が地面に垂れるように開かれ、手のひらに埋め込まれた血を流す目が顕わとなった。
「神像の大いなる拳……全手開放衆生誅殺三十八掌」
三十八ある掌の眼、それらすべてから膨大な弾幕が発射される。
一発一発の威力はさほどでもないが、とにかく数が多く、絶え間なく、避ける隙間もない。
一撃必殺とは程遠い削り殺し。
それが続いたのはほんの数分であったが、永遠にも思える猛攻であった。
攻撃が止んだ時、全てのゴウフェンリルは息絶えていた。
周辺の森の木々もなぎ倒され、攻撃の余波は森全体に及んでいる。
「さすがに叱られるかもな……」
サムソンはどうでもよさそうに所感を口にする。
本当にどうでもよかったため、周囲への損害確認はそこまでにしていた。
森の中でうごめく影を見つけ、近づく。
「うう……ああ……」
「満身創痍ってところだな」
他者を支配する魔法を持って生まれ、その業を肯定していたアントは、まさに蟻のように這っていた。
さきほどまで手にしていた力のすべてを失った彼は、惨めにも命を乞う。
「助けてくれ……殺さないでくれ……」
「お前は理想の社会を作りたいって言ってたよな? 実は俺様もそうなんだ。俺様の社会に、お前みたいなのはいらねえ」
心底からイヤそうに、サムソンはアントを見下ろしていた。
自分の職務への忠実さからだろう。
見るのもイヤな相手が死ぬまでは見届けようと。
だがそれはそれとして、介錯をすることはなく……。
できるだけ長く苦しんで死ぬことを望んでいた。
「あ、ああ……あああ……」
人を蟻にしてやると豪語した魔法使いは、不快害虫のように死んでいくのだった。
その確認を終えた後、サムソンは周囲のゴウフェンリルの死体を、痛ましく見つめる。
決して、仲がいいとは言えない相手だった。
サムソンが時折見せる野心を感じ取って、威嚇することもしばしばであった。
特に好きというわけでもなかった。
だが、あらためて思う。
こんなふうに自我を奪われるほど、彼らに非はなかったと。
「……俺様にできることは、同じ墓に入れるよう頼むことぐらいだ。それで勘弁してくれ」
もう殺すしかないと割り切って、実際に殺した後。
それでも悼む気持ちは抑えられなかった。
神像の大いなる拳 全手開放衆生誅殺三十八掌
希少性 ☆☆☆☆☆
応用性 ☆☆☆
区分 象徴魔法
三十八の、目がある掌を生み出す。
それぞれの眼が敵を認識し攻撃する。
一個一個がシンボルであり、破壊されると一時使役可能数が減る。
三十八回連続全体攻撃。
アント
魔力量 ☆☆
出力 ☆☆
尊厳剝奪
希少性 ☆☆☆☆
応用性 ☆
区分 契約魔法
接触した契約対象者を操作する魔法。
強大な相手ほど操作に魔力を要する。
シンプルに強力で凶悪な魔法
自縄自縛の強要
区分 契約 違法改造魔法
術者の腕に強力なマジックアイテム『親機』を外科的に接合。
契約対象に子機であるマジックアイテム『楔』を刺すことで発動。
尊厳剝奪の維持に必要な魔力を、契約対象者自身に負わせることができる。
つまり契約対象者と術者にどれだけ実力差があっても、契約対象者が生きている限り契約が解かれることは無い。
たとえ術者が死んだとしても、契約対象者は思考しない怪物として暴れ続ける。
応用性を下げて特化させる改造ではなく、純粋に魔法の強化改造である。




