痛みはなく、ただうっとうしい
マスターメイジ序列五位、末席たるサムソンは、時折一般兵士の相手をすることがある。
能力が防御向けで、万が一にも自分が大けがをすることがなく、訓令相手側からすれば攻撃力が高いわけではないので安心して戦えるのだ。
格下相手に指導をしてやるというのは、サムソンからしてもさほど楽しいことではない……わけではない。結構楽しんでいる。
あえて力を封じて末席に甘んじているとはいえ、舐められていることが好きなわけではない。
まして格下から『ワンチャンあるんじゃないか?』と思われるのは嫌いだ。
手抜きをした絶対防御であっても、一般兵士相手には達成不可能な難易度の防御力である。
イケると思って攻撃してくる相手を相手に無傷で快勝するのはむしろ好ましかった。
そのようなことがあるため、一般兵士からサムソンへの評価は高い。
なにせ自分たちが一方的に総攻撃を仕掛け続けても、まったくダメージを負わない。むしろ自分たちの魔力が尽きてしまう。
絶対に勝てない相手なのだから、評価が高くなるのは必然だ。
その一方で、序列四位であるバラニについては勝ち目があるのではないかという話になる。
彼は魔力抜きでも身体能力が高く、高い剣の技量を持っている。
生まれも良く、家宝である最強ランクの魔剣を持つことも許されている。
扱う魔法は速一つだが最高ランクの出力を持つため、弱点と言えるものではない。
彼の弱点は、魔力が並程度しかないことだ。
自分の最高出力を出せるのは一回か二回であり、使い切れば行動すら不能になる。
なんなら、高い魔力による身体能力だけの戦いも長時間維持できない。
一番分かりやすい弱点があり、かつ自分たちでも理論上は勝てそうな相手だ。
彼なら勝てる、と思っても不思議ではない。
一方でサムソンからバラニへの評価は高い。
彼の攻撃力は、現役の中でも最高峰だからだ。
魔剣を用いるため、サムソンの本気の防御にも有効である。
なんだかんだ言って、サムソンは自分の防御力には自信がある。
だからこそバラニが本気で攻撃してきたなら、自分はそれを防ぎきれるのか。
正直に言って興味があった。
最強の攻撃力と最高の防御力が実際に衝突すればどうなるか。
子供の空想のような実験に、彼自身こそ興味があった。
その気になれば誰にでも勝てるという自負を持つ彼にとって、貴重な仮想競争相手であった。
『サムソン殿。貴方は時折、私のことを野心的な目で見ておいでだが……もしや拙者と戦いたいのですか?』
『え? あれ? バレバレだった?』
『ええ。他の方にも時折野心的な視線を向けておりました、皆、気づいていても無視してますよ。ただ、拙者は小心者故、止めていただきたいと願っている所存』
『……地位が上のバラニ殿からの要請とあらば、そのように。とはいえ、意外ではありますね。現二位様同様に、睨むからには受けて立つとおっしゃるかと』
『貴殿は拙者をどういうモノだと思っていたのですか』
『そりゃまあ……武の一族に生まれた者として、ふさわしい獲物を欲する求道者とか?』
『それのどこが求道者なのですか。はぁ……拙者がマスターメイジを志したのは、貴殿と同じ理由に他なりません』
マスターメイジになった者というのは、最高格の素質を持ったうえで、とんでもない修練を積んでいる。
サムソンですら、『先生』からみっちりと仕込まれて、今の地位に就いている。
バラニに関しても、相応の理由があるはずだった。
『普段こそそれらしいことを言ってごまかしておりますが、拙者は功名心……つまりは立身出世し、周囲から羨望のまなざしを受けるために頑張っているのです』
『え、ええ!? お前さん、そんな俗っぽい動機だったの!?』
『貴殿と違うのは、己が実力に自信があるかどうか。その一点にござる』
『そういってくれるのはありがたいけどよ。俺様は油断しすぎだって、先生からいつも叱られているんだぜ。バラニを見習えってな』
『確かに拙者は警戒を怠ったことはござらん。しかしそれは、楽しいことではない。戦場で神経をとがらせているのは、一度の不覚がそのまま敗北につながる余裕のなさ故』
序列四位は、序列五位を羨んでいた。
本音ではあるが、からっとしたものであった。
『貴殿のように強者として、慢心を見せつけつつ威圧したい。そう思うこともしばしばで……』
普段あまり語らぬ男は、照れつつも話を切り上げようとする。
『そういう小心者故、殺気を向けられるのは辛いのです。引退まで勤め上げることが目標の弱者相手にむきにならず、グランドマスターメイジ殿だけに野心を向けるべきかと』
『ははは! そういうことなら殺気を向けるのは辞めておくさ。それにしてもけっこうおもしろい奴だったんだな! 同類だってんなら、もっと早く仲よくなっておくべきだったぜ』
『それは、ほら。貴殿と親密にしていると、拙者に風評被害が及びますゆえ。今後も距離を取っていただきたく』
『おお?! 言ったな、てめえ!』
※
時は現在に巻き戻る。
ガラギャラのワープによって、サムソンは白金大鉱山に移動していた。
鉱山……横穴があるわけではなく、真っ二つに、谷間ができるように切り開かれたあとで、側面の希少鉱物を採掘する形式の鉱山であった。
大きく見れば広大な森の中であり、鉱山への道はかなり手を入れて舗装されていて、鉱山近くには工房や倉庫などの建物も建っている。
だがその多くが破壊されており、序列四位バラニが討たれる前後での大きな戦闘を臭わせていた。
「お前は下がってろ、邪魔だ」
「……承知、しました」
ガラギャラは内心で葛藤していた。
命令違反であっても、サムソンの護衛に着くべきではないかと。
万が一にも彼を失うわけにはいかないからだ。
もしもサムソンが負ければ、いよいよこの国は終わってしまう。
だがどうしても足がすくみ、勇気が出なかった。
序列四位バラニ。
彼を討った者がここにいる。
つまりバラニ以上の強者か、あるいは彼を打ち倒すだけの罠が待っている。
だからこそ、命令に従うという形で、臆病風の吹くままに下がるのだった。
これはガラギャラが臆病者なのではない。
すでに打ち倒されたバラニが圧倒的強者だったからこそ、彼を殺した者への畏怖が大きくなっているのだ。
それはサムソンも同様である。
すでに黄金のバリア、強欲なる者への祝福の完全発動真絶対防御を展開しながら歩いていた。
油断はない。最初から全力の防御を展開しつつ歩いている。
一方で、その歩みは勇壮であった。
おそらく敵が町か会えているであろう場所、すでにバリケードが建築されている場所へ正面から向かっていった。
「おっと、そこまで。そこで立ち止まっていただきたい」
廃材を集めて作ったバリケードから、一人の男が顔を出した。
平凡な雰囲気の男だった。顔には不敵な自信と、緊張からくる笑みがある。
それだけと言えばそれだけだ。調子に乗っている若造そのままである。
だがすでにマスターメイジ殺しを成し遂げたという実績が、彼の笑みに力と意味を与えている。
「マスターメイジ序列五位、サムソン殿……どうやら我等の仲間であるスティンガーを倒し、ここにいらしたようで」
「ああ」
「他のマスターメイジが、我らによって打ち倒されたあと、という事もご存じですね」
「ああ」
「……そのうえで恐縮なのですが、少し話をしていただけませんか」
話しかけているテロリストのリーダーも、無理を言っていると自覚はあった。
なにせサムソンの顔は、憤慨そのもの。
憎悪に満ちていた。
だが返事は意外なものだった。
「いいぞ」
「お、お……よろしいので?」
「バラニを討ち取ったお前たちだ、話ぐらいは聞いてやる。その後にぶち殺す……!」
「光栄です……」
この時テロリストたちは、憎悪という感情には敬意が必要だと知った。
今までの自分たちは、マスターメイジからこんな気持ちを向けられることがなかった。
ここまでの強者に憎い敵だと思われることすら、ある種の快感があった。
「私は以前に、貴方にあったことがあります。つまらない犯罪組織に参加し、盗みを働いていたところ、そこにたまたま貴方がいらっしゃった。本当に大したことのない犯罪だったので、貴方のようなマスターメイジが来るはずがなかったのですが、たまたま居合わせたことで貴方は我々を捕らえた」
「そのことを根に持ってると?」
「いいえ。私は初犯でしたし、主犯でもなかった。下っ端でしたので、すぐに釈放されましたから。ですが……貴方の、あの時の顔が忘れられない」
あの時のサムソンは、憎悪も義憤もなかった。
精一杯抵抗した自分たちを、雑草や不快害虫程度としか認識していなかった。
惨めだった。
この世には本当に強者がいて、その強者から自分は認識すらされていない。
この現実を、何としても変えたい。
強く思うようになっていた。
「あの時の私は、貴方から相手にもされていなかった。今は違います。貴方は、私たちを敵だと思ってくれている……それだけで喜ばしいんですよ」
「その通り、お前たちは敵だ」
すでにテロリストたちはマスターメイジの多くを下している。
下剋上を成し遂げた今、もはや彼らは王者に挑む挑戦者ではない。
「バラニは魔力が少ないっていう欠点があった。本当に簡単な穴だ。だがだからこそ、奴は常に警戒を怠っていなかった。そんなバラニを倒したお前たちだ、本当に大したもんだよ。だからこそ、油断なく、確実に、全力でぶち殺す」
黄金を身にまとうサムソンは、あえて動かなかった。
その彼の姿を見て、テロリストたちは興奮しながらも攻撃を開始する。
「この弾一発で家一軒分だとよ! それをぶち込めるなんて人生わからないもんだな!」
「デカい花火を上げようとしたら、本当に花火を上げることになるとは、おどろきだぜ!」
「一国分のマジックアイテムの乱れ撃ちだ! 大盤振る舞いしてやろうぜ!」
「どうせ盗品だしな! ははははは!」
様々な攻撃用マジックアイテムが、バリケード越しに殺到してくる。
この地で生産されていたすべての兵器が、たった一人に向かっていく。
それを受け止めながら、サムソンは思考を巡らせていた。
「絶対防御ならともかく、真絶対防御なら問題なく受け止められる。だからここは待つ……奴らの本命は別にあるはずだ」
現在彼らが使用している物で、バラニを倒せたとは思えない。
何か別の一手があり、それはおそらく自分にも通用する類のものだ。
そうでなければ、こうも自信満々に迎撃することは無いだろう。
だからこそ、自信をもってサムソンは受けに回っていた。
この手が読まれていることはわかっている。
だが一番勝率が高い戦法だと思っていた。
これはいうなれば横綱相撲。
戦法を知られたうえであっても、絶対強者が最高の運用をすれば必勝法となる。
そう信じており、実際上手く行っていた。
前が見えなくなるほどの弾幕。雨あられと続く猛攻の中で、黄金の輝きは陰ることを知らなかった。
そのさなかで、サムソンの背筋が凍る感覚があった。
圧倒的殺傷能力を持つ斬撃が、弾幕の向こう側から急接近してきたのである。
「魔剣を使ってきたか! だが!」
魔剣に魔力を帯びさせたまま、直接攻撃してくるのならともかく。
魔力を斬撃として放出してくるのなら、真絶対防御で受けきれる。
確信をもって、サムソンはそれを受け止めようとしていた。
一発、二発、三発。
何度も放たれる斬撃を、サムソンは受け続けていた。
問題なく耐えられる。相手の方が先に力尽きる。
そう思っていた時であった。
「……あ!?」
黄金の空間が切り裂かれ、サムソンの体に深い傷が刻まれた。
そのことに驚く暇もない。
絶え間なく続いていた弾幕が、追撃となってサムソンに襲い掛かる。
「がっ……ごっ!?」
マジックアイテムの弾幕により、サムソンは何度も何度も致命傷を負い続けた。
ダムの決壊がごとく、真の絶対防御は打ち砕かれ、そのままサムソンは激流に呑まれたのである。
「がほ……く……これは……」
サムソンの体の中で、多くの身代わりの羊が消えていった。
まだまだ残機に余裕はあるが、それでも精神的にダメージを負っていた。
この程度の攻撃で自分の真絶対防御が抜かれるはずがない。
氷や土の魔法で無理やり防御しているのとは違う。純粋な防御魔法を全開で、それも自分一人を守る範囲で使って、それで抜かれるなどありえなかった。
精神的な動揺が隠せない。
だがその回答は、残酷な形で現れる。
「……魔力が尽きてる、な」
転がっていたところから立ち上がろうとすると、体が倦怠感に襲われた。
常人をはるかに超える魔力を持つはずのサムソンだが、その魔力が尽き切っている。
「真絶対防御は維持しているだけで魔力をバカ食いするが、だとしてもこんなに早くガス欠するなんてありえねえ。まして俺様がそれに気づかないなんてな……つまり、それがお前の芸か」
弾幕が止まったとき、視界は開かれた。
テロリストたちはまたサムソンが生きていることに気付き驚いているが、サムソンも驚いてはいた。
リーダーの頭上に、輝く星が浮かんでいたのである。
光を発しつつ、自分から魔力を吸いあげていた。
「その通り。私の魔法は魔吸収。対象から魔力を吸いあげる魔法です。私は改造によって、これに麻酔効果を持たせてあります」
魔力を吸う魔法、魔吸収。
文字通り魔力を吸う事しかできない、応用性の乏しい魔法である。
一瞬で発動して降下が切れる攻撃魔法に対してはさほど役に立たないが、持続的に発動する魔法に対しては有効である。
強欲なる者への祝福の耐性をもってしても、完全に防ぐことはできない。
構築されている防御壁をじわじわと削られてしまう。
つまり魔力消費を重くすることができるのだ。
「貴方の本気の防御魔法は確かに堅い。ですがその分魔力消費は重いはず。ただ維持しているだけでも大変でしょうが、数に任せた猛攻を受けつつ私から魔力を吸われていたところで、魔剣の連続攻撃を受ければ、さすがに持たないでしょう」
「なるほどなるほど。考えてみれば、殺気の魔剣の連続攻撃は、結構な出力だった。その分の魔力は、俺様から奪った分だってことか」
「……!」
ここでテロリストのリーダーは心からの笑顔を見せた。
「ええ、ええ! 私はこれがしたかった! 相手から奪った魔力で逆に攻撃し、打ち倒すことを! 魔吸収しか生まれ持たなかった私がそれをするには、この魔剣のような強力なマジックアイテムが必要だった……! 魔力を吸いあげる時間を稼ぐために仲間も必要だった! ですが……くくく。いざ揃えてみれば、もう戦う相手はいませんでしたよ、大体の相手は先ほどの攻めに耐えられず、魔力を吸う暇もなく死ぬのですから。本当に、意味がない……くくく」
彼は幼少期から『お前は戦いに向いてない』とか『普通に働け』とか言われてきた。
敵から奪った魔力を強力なマジックアイテムに注ぎ込んで戦う、など非効率で無駄なことだと言われてきた。
実際に成しとけたからこそ、非効率だとわかった。
だがその非効率こそが、今、最後の一人となったマスターメイジを追い詰めている。
これに勝てば今度こそ、もう二度とこの戦法は使えない。
むなしさと喜びの中で、リーダーは笑っていた。
「勝ち誇ってるな。この状況を俺様がひっくり返せないとでも?」
「強がりますねえ。確かに、体に魔力が残っていなかったとしても、魔法によっては使うことができます。かくいう私自身の魔吸収もそのひとつ……」
ーーー世の物語には、相手から魔力を奪う魔法、というものがしばしば現れる。
その共通点として、その魔法自体で魔力は消費しないというものがある。
矛盾であろう。相手から魔力を奪う魔法を発動出せるのに魔力が必要ないのはおかしい一方で、自分の魔力が完全にない状態で魔力を吸えないのは無意味だ。
魔吸収は魔力を吸う、そして魔力消費をしない魔法である。
リーダーの頭上で輝く星は、術者自身の魔力が尽きていたとしても発動し機能するのだ。
これは特殊でこそあるが、例外ではない。同じように魔法はいくつもある。
現に、サムソンの蓄積魔法である無垢なる供物の群れの身代わりの羊は今も機能していた。
「私自身こそが証明しているのですよ。魔力が尽きたからと言って、何もできなくなるわけではない。マジックアイテムを持っているかもしれないし、象徴魔法や蓄積魔法を持っているかもしれない。ですが、だから何だと言うのですか? 貴方自身の魔力が尽きている以上、身体能力が大幅に下がっている! もはや常人! それで私たちに勝てるのですか?」
サムソンはその勝算を否定しない。
確かにサムソンを含めた高位の魔法使いが強いのは、魔力による高い身体能力によるところが大きい。
低位魔法使いが身体強化魔法を使ったとしても及ばないほど、サムソンは圧倒的な身体能力を持っている。
だからこそ、今まで防御魔法だけで圧倒することができたのだ。
だが今は、防御魔法も体の強さもない。それでこれだけの数を相手に勝てるとは思えない。
「勝つさ、俺様はマスターメイジだからな」
重い体を奮い立たせながら、サムソンは立ち上がった。
「最後に聞かせろ。お前の名前は?」
「おっと、コレは失礼。私はモスキート……相手に気付かれぬよう魔力を吸う、卑しい蚊でございます」
ーーー蚊は血を吸い上げる際に獲物に気付かれぬよう、麻酔をかける。
それになぞらえたコードネームであった。
「では、みな。やろうか」
モスキートは名残惜しく思いながらも、仲間へ合図を出した。
このまま待っていれば増援が来るかもしれない。
そうなれば逃げられるかもしれない。
もう一度戦うことになれば、今度は絶対に勝てないだろう。
だからこそ、ここで、確実に、死ぬまで攻撃し続ける。
全員の目的意識はしっかりしていた。
彼らは一丸となって攻撃し続ける。
死体の確認ができなくなるとわかったうえで、徹底して弾幕を張り続けた。
彼ら側からサムソンが見えなくなるほどの猛攻を継続していたのである。
「大したもんだ。お前たちは真絶対防御と身代わりの羊を攻略した。まさか三つ目を使うことになるとはな……!」
その弾幕が止んだ時、黄金のオーラを纏い直したサムソンが、敬意を込めて見下していた。
周囲のテロリストたちの健闘を心の底から評価していたのである。
その顔に、先ほどまでの倦怠感はない。明らかに魔力が回復している。
なんで? と、テロリストたちは呆然とする。
だが質問をするよりも先に、サムソンの背後に立つ『象徴』が答えを示していた。
彫刻めいた、人間の死体が山のように積み重なっている。
サムソン自身よりもはるかに大きい屍の山から、大量の赤い魔力が生産されていた。
それがなんなのか、テロリストたちは知っている。
「ご存じのようだな。コレは俺様の魔法の一つ……魔力を生み出し続ける象徴魔法血河の湧き踊る屍の山。その最大出力海溝を満たすほどに。この魔法を維持している限り、俺の魔力が尽きることはねえ」
魔吸収と同じ、単品では意味のない象徴魔法。
術者に無尽の魔力を供給するだけの魔法である。
だがこれをサムソンが発動させているという事は、モスキートたちにとって絶望的なことであった。
とはいえ絶望はしていなかった。必死になって打開しようとする。
「あの山を攻撃しろ! 象徴魔法は象徴が破壊されればしばらく再展開できなくなる! それからもう一回魔力を吸いあげれば、また倒せる!」
「俺がそれをさせるとでも?」
サムソンは黄金のオーラで屍の山を覆った。
無尽の魔力発生装置を、真の絶対防御が保護している。
もちろん術者自身であるサムソンの、鎧のようなオーラも健在であった。
絶望した。
さっきまで詰ませていたはずなのに、一手で逆転されてしまった。
「くそ、くそ、くそ、なんだよ、なんだよそれは~~!」
あまりにも残酷な真実に、モスキートは絶叫する。
魔力を吸いあげながら、魔剣を振るって屍の山へ攻撃を仕掛ける。
だが何度攻撃しても、黄金のオーラを突破できない。
「俺の描いていたコンボは成功したのに! それなのに、それなのに! ずる過ぎるだろ! こんなのおかしいだろ!」
ロマンコンボは達成できた。
一度型が決まれば、誰にも負けないはずだった。
それが……強者が、想像以上に強かったというだけで破られてしまった。
モスキートは癇癪を起しながら、バリケードを乗り越えて、魔剣で直接黄金のオーラを叩き、屍の山を破壊しようとする。
無駄というわけではなかった。
魔力を帯びているとはいえ、魔剣は実体のある武器。
それならば真絶対防御への解となりうる。
「手ごたえはある、手ごたえはある! それに自分だけじゃなくて、これだけ大きい物を守っているんだ、防御力は落ちている! バリアが薄くなっているんだからな! だから……だから!」
叩いているモスキートの背後に、サムソンが立っていた。
彼はある種の敬意か、それとも残酷さか。
モスキートの涙ぐましい努力を眺めていた。
その姿に、彼の仲間たちも心が折れる。
自分たちが倒そうとしていた相手は、本当に、想定以上に強大だった。
そして彼は、敬意をもって自分たちを全員殺すだろう。
もうどうあっても、死ぬという結果から逃げられない。
「はあ、はあ……くそ、所詮、俺は、ただの蚊か……」
同じ状況になった時、バラニならどうにかできただろう。
不断の努力によって強くなり続けていた彼なら、この守りを突破できただろう。
自分は理想に憧れていただけの、安易な道に逃げた犯罪者だ。
だからどうにもできない。
同じ武器を持っているからこそ、差は残酷に現れる。
「もう満足か?」
声をかけられたことで、モスキートは地面に膝をつきながら振り向いた。
複数の伝説級魔法を使いこなす、子供の考えたような最強の魔法使い。
その顔は……喜びはなく、後悔があった。
これだけ強かったとしても、彼は仲間を失ったのだ。
自分たちが彼の心に傷をつけたのだ。
それはこれから先、何があっても変わらないのだ。
少し、救われた。
ざまあみろ、と口から出かけた。
これだけ強くても、大事な仲間を守れなかったな。
そんな呪いを吐こうとして。
「ちくしょう……勝ちたかった……」
口から出た言葉は、素直な気持ちだった。
その直後、サムソンがモスキートの腕をちぎり、持っていた魔剣を奪い返した。
大量の出血と苦痛。
もだえるモスキートが叫ぶより早く、魔剣をもってモスキートを切り伏せる。
「お前たちも、よく頑張った。一息に殺してやる」
そのまま、屍の山からあふれ出る魔力を魔剣に注ぎ込み、雑多に振りぬいた。
膨大な魔力攻撃は、大嵐のように周囲を薙ぎ払い……。
禍が過ぎ去った後には、サムソンと屍の山だけが残っていた。
※
白金大鉱山の付近で待機していたガラギャラは、見た目に見合わぬことにとても落ち着きのない動きをしていた。
彼自身、自分の強さには自信がある。
だがマスターメイジは別格の強さがあると知っている。
その内の四人が討ち取られ、末席一人で事態の収拾に向かう……。
正直に言って、不安で仕方なかった。
希望があるとすれば、彼の視点からしてもサムソンは足きり性能が高いという事だろう。
こと雑魚を狩る、罠を破るという点に関して言えば、防御に秀でた彼こそがもっとも得意としている。
現に、彼一人が敵の罠を食い破って生き残っているではないか。
だがそれでも、不安で不安で仕方なく……。
繰り返される轟音、粉砕音。
マスターメイジに相応しい戦闘を経て、サムソンは戻ってきた。
華美な服装は見るも無残に切り裂かれており、装飾品も壊れている。
成金が被災して逃げ延びてきた、と言われても納得するであろう風貌だ。
その姿の意味するところは、彼の防御魔法ばぶち抜かれ、それでも勝利して生還してきたという事だろう。
そして彼の手には、序列第四位たるバラニの武器、奪われていた魔剣があった。
「……ご無事で何よりです」
「ああ、かなりの強敵だったな。バラニを討ち取ったのも、偶然じゃなかった」
傲慢不遜を地で行くサムソンが素直にほめたことで、ガラギャラは生唾を呑む。
やはり敵は強大で狡猾だった。
自分が踏み込んでいれば、足手まといにしかならない。
それでも希望はあった。
現在サムソンの手には魔剣がある。
最強の防御力と膨大な魔力量を誇るサムソンが、攻撃力を持つ魔剣を手にしている。
これはこれで、サムソンの弱点を補えるだろう。
「魔剣の奪還に成功したのですね? これは僥倖です。きっとバラニ様も、この魔剣が治安維持に使われることに異論はないでしょう」
「……そうだな、バラニは文句を言わないだろうな」
ガラギャラの発言をサムソンは笑わなかった。
サムソンが今回の事件の間、魔剣を扱う。
おかしなことではないし、バラニも、その家族も許容してくれるだろう。
それでもサムソンはその選択をしなかった。
「だが、それはそれとしてだ。この魔剣はバラニの実家に返してくれ」
「……は?」
「お前の言っていることはもっともだが、俺様には不要だ。家宝で遺品なんだ、早く戻してやれ。次の拠点に連れていくのは、その後でいい」
サムソンは有無を言わさず、ガラギャラに魔剣を押し付けた。
ガラギャラはしばらくためらった。
倫理的には正しいかもしれないが、戦術的には間違っている。
だがそれでも、サムソンから命じられれば頷くしかない。
頷いて、彼は瞬間移動を行った。
残るサムソンはひとり呟く。
「あと三か所……こりゃ褌を締め直さないとな」
場合によっては、七つの伝説級魔法をすべて使うことになるかもしれない。
改めて敵の強さを思い知ったサムソンの表情は堅かった。
血河の湧き踊る屍の山 架空数値海溝を満たすほどに
希少性 ☆☆☆☆☆
応用性 ☆
区分 象徴魔法
象徴は大量の死体が積み重なった山。
発動させると魔力を大量に生産し、術者に供給してくれる。
モスキート
魔力量 ☆☆☆
出力 ☆
魔吸収
希少性 ☆☆☆
応用性 ☆
区分 象徴魔法
輝く球体を生み出し、その付近の魔力を吸いあげる。
人間相手からも、すでに発動している魔法からも魔力を吸いあげる。
人間の魔力が減れば魔法の使用回数が減り、あるいは使用不能になる。
発動している魔法であれば減衰し、消滅させることができる。
術者は魔力を失うどころか、魔力を回復することができる。
文章にすると強いが、吸収速度は術者の出力、吸収量は術者の魔力量がそれぞれ上限となる。
|強者から奪い弱者へ与える《タックスヘブン》
区分 象徴 違法改造魔法
魔力を吸収する魔法に、吸収した相手に気付かれなくする麻酔効果を付与し、相手が意識しなければ気づけないようにしている。




