ゲロリアス
ママは、結婚したら専業主婦になりたかった。
子どもとずっと一緒にいたかったから。
ところが、子どもが生まれる前に
「暇すぎて、すぐ正社員で働き始めた(笑)」
となった。人間、実際にやってみないと分らない。
まず、悠斗が産まれた。
予定日の約一か月前の朝、家で寝ていたら、なんとなく何かが漏れた気がした。
「もしかして漏らした?」
トイレへ行ってみたものの、どうもおしっこっぽくない。
妊娠初期からずっとお腹が張りやすく、自宅安静の指示も出ていたので、念のため病院へ電話した。
「これで『ただの尿漏れです』って言われたらウケるなと思っ
てた(笑)」
病院で検査をすると、尿漏れではなく高位破水だった。そのまま午前中のうちに入院した。
お腹は定期的に張っていたけれど、陣痛は来ない。
夕飯も食べたし、お菓子も食べた。
ところが、その日の 23 時頃。
バシャッ、と本格的に破水した。そこから陣痛が一気に強くなった。
「子どものために頑張るよ! 産むよ!」って、その時のママはまだ気持ちだけは前向きだった。
だから、痛みもひたすら我慢していた。
ところが、その痛みが今度は胃にきた。夕飯も、お菓子も、全部ゲロリっぱ……。
吐いたからって陣痛が楽になるわけじゃない。むしろ上からも下からも状態で、もうゲロりっぱよ。
ゲロりっぱ。
「骨盤と足の骨を、手羽先を食べる時みたいにグリッて関節からむしり取られてる感じ。マジで」
痛みは朝まで続いたのに、子宮口はなかなか開かなかった。
「朝になってもこのままなら帝王切開に切り替える」という同意書まで書いた。
だから朝 8 時頃、医師が来た時、ママは「これでやっと痛みが終わる」と思った。
ところが、診察した医師は言った。
「まだ産めないね。またあとで来るから」
そこでママ、ブチ切れる。
「はぁー!? 朝になったら切るって言ったよね!?
嘘つきじゃんー!!
男だからこの痛みが分からなくて、そんな流暢なこと言えんだよー!! ふざけんなー!!」
その後は、痛すぎて三時間くらい記憶が曖昧(笑)。
ふとトイレへ行きたくなって、助産師さんに「……トイレ……」
と伝えた。
ドアを開けたまま便座に座っていると、見ていた助産師さんの顔が変わった。
「!? ダメ!! そこで産んじゃ!!」
確認すると、もう赤ちゃんの頭に触れられるところまで来ていた。股を押さえられながら分娩台へ移動して、そこからは一気だった。
悠斗は、普通分娩で生まれた。予定日より約一か月早く、体重は 2,500g 前後。早産で小さめだったため、そのまま NICU へ運ばれた。
陣痛は痛かったし、お股も切れて痛かった。それでも、早く生まれてきた悠斗を見た時は、本当に愛おしかった。
入院中、一緒に寝ることはできなかった。
最初は母乳もほんの少ししか出ないので、シリンジに少しずつ搾乳した。
抱っこして好きなだけ飲ませてあげることができない。
だからせめて、たくさん搾乳してお腹いっぱいになってほしかった。
少しでもママの匂いを覚えてほしかった。
ママが先に退院してからも、三時間おきに搾乳してパックへ入
れ、冷凍した。翌日の面会時間にそれを持って行き、保育器の中にいる悠斗に少しだけ触れさせてもらう。
そうやって、悠斗との最初の一か月を過ごした。
そして、紗良が産まれた。
予定日の二か月くらい前まで仕事をしていたけれど、やっぱりお腹が張りやすかったので、少し早めに産休へ入った。
その二日後くらい。悠斗を保育園へ送る途中で、「今日、お腹張ってばっかりだな」と思った。念のため病院へ電話すると、「来てください」と言われた。
悠斗を保育園へ預けてから病院へ行き、お腹の張りを見る機械をつけて、いつものように横になった。
すると、「陣痛が来ています」と言われ、そのまま車椅子へ乗せられて強制入院になった。
「だって子どもを保育園に預けたままなんです! せめてちゃんと話をしてから、また病院来ますから!」
「ダメ! こんな状態で運転して、途中で産まれちゃったらどうするの!」
「でも子どもはいつも私と寝ないと寝れなくて、旦那は普段家にいなくて……」
「旦那さんなんだから、こんな時くらいちゃんと育児するように言いなさい!」
怒られて、泣きながら夫へ電話した。そのまま悠斗とは会えないまま、一か月入院することになった。
でも、こういう時でも夫はどこか他人事だった。入院セットを持ってきてもらう時も不機嫌で、来てもほとんど話さない。
「病院で買ったら?」
「病院のは高いから、家に Amazon でポチッた安いやつ届いてるでしょ? それ持ってきてよ!」
「俺だって暇じゃないし、毎日面会来る必要ある?」
「必要なもの持ってきてくれたら、いらない。だから必要なもの持ってきて」
そんなやり取りをして、面会は三分くらいで終わった。
「出産イベントをこんなやる気ないヤツおる?(笑)」
その一か月、悠斗は夫の実家に預けられていた。ハムやウインナー、パン、チョコスティックパンみたいなものをよく食べていたらしく、一か月後に再会した悠斗は、見事にちょっと太っていた(笑)。
毎日点滴をして、夜になると悠斗と電話した。
「まだ紗良は産まれてなかったから、やっぱりその時は悠斗が1番でしかなくて。本当に悲しかった。毎日、悠斗に会いたくて電話のあと泣いてたよ」
なんとか一か月、お腹の中で持たせた。
紗良はずっと逆子で、
「産まれるまでにクルッとしてくれればいいねぇ」と助産師さんとも話していた。
やがて退院の日が決まり、退院へ向けて点滴の量を減らし始めた。
その日の夜。お腹の張る回数を数えていたら、間隔がものすごく短い。夜中のうちに点滴を増やしても、朝になっても間隔は広がらなかった。陣痛が来ていて、紗良は逆子のまま。
そこで急遽、帝王切開になった。
手術中、痛みはない。でも、お腹の中から何かを引っ張られている感覚はあった。
だから、紗良が出てきた瞬間は分かった。
でも、すぐには泣かなかった。
先生たちが何かをしている。ママは待つしかない。
しばらくして、紗良がやっと小さく泣いた。
「よかった……よかった……やっと泣いた…」
そう思った、その瞬間。
麻酔の影響で気持ち悪くなった。
ゲロリアス
大事なことは 2 度言う(笑)。
ゲロリアス
帝王切開のあとの傷は、悠斗を産んだ時よりずっと痛かった。
それでも、早く紗良の顔を見たかった。
歩けるようになったらNICU へ行っていい、と言われたから、手術の翌日から歩行練習を始めた。
「まだ早いよ、傷開いちゃうから!」
看護師さんに止められても、就寝時間になるまで歩いた(笑)。
痛いより、会いたい方が勝った。
悠斗も紗良も、生まれて一週間くらいした頃、看護師さんが着る割烹着みたいなガウンとマスクをつけて、管につながったまま初めて抱っこさせてもらった。
その小さな体を抱いた時、二人に同じことを思った。
「こんな小さいのに痛い思いさせてごめんね。大きく産んであげられなくてごめんね」
悠斗は 2,500g 前後、紗良は 2,700g 前後。二人とも NICU には一か月ちょっといた。
病院では看護師さんの目があり、抱っこできる時間にも制限があった。
だから退院して、家へ連れて帰って、誰にも時間を区切られず一緒にいられるようになった時、やっと
「自分の子どもが産まれた」
と実感した。
ただ、嬉しいだけでもなかった。
眠っている間に呼吸が止まったらどうしよう、死んじゃったらどうしよう、と二人とも心配だった。
少しでも動くとすぐ目が覚めた。
もうその頃から腕枕をして、ぎゅーっとしながら寝ていた。
ママは言った。
「お腹の中でも宝物だったけど、産まれてからはもっと大切な宝物になった」
僕が、「産まれたら、こうしたいって考えてたことはあった?」と聞いた時は、こんな答えが返ってきた。
「産まれたらこうしたいって、親の願望じゃん? 子どもは人形じゃないんだから、こうしたいじゃなくて、子どもがやりたいこと、やってることに対応するだけが当たり前だと思ってたよ」
この本も、たぶん同じだ。ママの人生を渡すけれど、同じように生きろとは言わない。
悠斗と紗良が何をしたいかは、二人が決めればいい。




