幕間3:帝国大学特別講義――「暴落の正体、あるいは需要なき供給」
帝都の帝国大学、その円形大講堂。
ルナ・フォン・グラウスは、黒板に描いた「折れた一本のチョーク」を指差した。
「……さて。先日の『市場崩壊』の報を受け、一人の学生から面白い質問がありました」
彼女の声は、冷たい静寂を切り裂く。
「『金利が七〇%もあったのに、なぜ誰も買わなかったのか?』……と」
ルナは、壇上のテーブルに置かれた一個のリンゴを手に取った。
「皆さんは、物がどうやって『値段』を決めるか知っていますわね? ……そう、**需要**と**供給**です」
彼女は、リンゴを高く掲げる。
「もし、この世にリンゴが一つしかなくて、百人がそれを欲しがれば……値段は跳ね上がります」
「では……。目の前に、腐りかけのリンゴが山積みになっていて、誰も欲しがらなければ?」
ルナは、リンゴを無造作に机へ置いた。
「値段は、タダ同然になりますわね。……あの日、サンクチュアリ王国の国債に起きたのは、これと同じことです」
彼女は黒板に、急上昇する『供給』の矢印を描いた。
「フェルディナント殿下は、利息を払うために、大量の国債を刷り上げました。……市場に『紙屑』を溢れさせたのです」
「一方で、**需要**……つまり『買いたい人』はどうでしょう?」
ルナの唇が、氷のように冷たく弧を描く。
「七〇%もの利息を払うと言い出した国を、誰が信用しますか? 『明日には潰れるかもしれない店』の商品券を、皆さんは全財産を叩いて買いますか?」
「……買いませんわね。つまり、需要は『ゼロ』になったのです」
彼女は、黒板の「供給」の矢印をさらに太く書き足した。
「さらに、私が仕掛けた**空売り(ショート)**。……これは、持ってもいないリンゴを『後で返すから』と借りてきて、市場に投げ売る行為です」
「ただでさえ需要がないところに、私が偽物の供給を大量に注ぎ込んだ。……天秤は、一瞬で壊れましたわ」
講堂の学生たちは、息を呑んでそのロジックを噛みしめる。
「供給が無限に増え、需要が消滅すれば、価格はどこまでも落ちていく。……たとえ利息が七〇%だろうが、一〇〇%だろうが、関係ありません」
「『元本そのものが返ってこない紙切れ』に、価値など存在しないのですから」
ルナは、真っ白になった指先を優雅に拭った。
「市場は、残酷なほどに正直です。……あの日のチョークボーイが絶望したのは、数字が動いたからではありません。……王国の『信用』が、物理的に消滅する音を聞いたからですわ」
「……本日の講義はここまで。……市場の風向きも読めずにリンゴを買い込むような、愚かな投資家にはならないでくださいね」
優雅に一礼し、ルナが講壇を降りる。
舞台裏では、アレクサンドルが彼女の腰を引き寄せ、熱い視線を送っていた。
「……完璧な解説だ、ルナ。……『腐ったリンゴ』か。……あの男にぴったりの比喩だな」
「陛下。……リンゴはまだ、ジャムにすれば食べられますわ。……ですが、あの方たちが抱えているのは、ただの『汚れた紙の山』です」
アレクサンドルは、彼女の額に口づけをした。
「さて、その紙の山を、今度はどうやって『薪』にするつもりだ?」
「……ええ。……燃え盛る王宮の中で、最後のご挨拶に伺いましょうか」




