幕間4:帝国大学特別講義――「逆転する数字、あるいは絶望の計算式」
帝都の帝国大学、その円形大講堂。
ルナ・フォン・グラウスは、黒板に大きく二つの数字を書いた。
**『価格』**と**『利回り』**。
「……さて。先日の市場暴落を見て、『価格が下がったのに、なぜ金利が上がったと言うのか?』と混乱している方が多いようですわね」
ルナは、手元の一枚の「約束手形」を模した紙を掲げた。
「国債とは、国が発行した『固定の約束』です」
「例えば、額面百**アレクマルク**に対して、年五%の利息を約束した国債があるとしましょう。……この紙を持っているだけで、毎年必ず五**アレクマルク**が手に入ります」
彼女は、チョークで数式を書き込んだ。
利回り(%) = (固定利息 ÷ 国債の価格) × 100
「市場がこの国を信頼している時は、皆が百**アレクマルク**でこの紙を買います。……ですから、利回りは五%。至って正常ですわね」
ルナの唇が、意地悪そうに歪む。
「ですが、国が傾き、皆がこの紙を気味悪がって投げ売り始めたらどうなるでしょう?」
「百**アレクマルク**だった価格が、市場で半分の『五十**アレクマルク**』まで暴落したとします」
ルナは、黒板の「百」を消し、「五十」と書き換えた。
「価格は五十に落ちましたが……紙に書かれた『毎年五**アレクマルク**払う』という約束は変わりません。……では、五十でこの紙を買った人の利回りはどうなりますか?」
「五 ÷ 五十 = 十%。……そう、価格が半分になったことで、利回りは『倍』に跳ね上がるのです」
講堂の学生たちが、ハッとしたように顔を上げた。
「あの日、サンクチュアリ王国の利回りが七〇%に達したのは、殿下が太っ腹だったからではありません」
「国債の価格が、額面のわずか数分の一まで叩き売られた結果……計算上の数字が、異常な高みに押し上げられただけ。……それは『収益のチャンス』ではなく、『倒産直前の断末魔』なのですわ」
ルナは、冷ややかにチョークを置いた。
「そして……価格がゼロになれば、利回りは無限大になります。……ですが、ゼロに何を掛けても、手元に返ってくる金貨は一枚もありません」
「価格の下落は、国家への死刑宣告。……数字の逆転に惑わされないことですわね」
優雅に一礼し、ルナが会場を去る。
そこには、漆黒の外套を纏ったアレクサンドルが、満足げに微笑んで立っていた。
「……三%の約束が、七〇%の絶望に変わるか。……数字というのは、剣よりも残酷な凶器だな、ルナ」
「陛下。……数学は嘘をつきませんわ。……嘘をつくのは、返せない借金を『救済』と呼ぶ、愚かな人間だけです」
アレクサンドルは、彼女の腰を引き寄せ、耳元で低く囁いた。
「さて。価格がゼロになる前に、あの国から『物理的な資産』を根こそぎ剥ぎ取りに行こうか」
「ええ。……これからは、紙のやり取りではなく、実力行使の時間ですわ」




