第7話:不渡りの朝、あるいは王国の「価値」が消えた日
サンクチュアリ王国の国立証券取引所。
ホールの巨大な黒板には、もはや何も書かれていなかった。
チョークボーイが絶望の中で放り出したチョークは、踏みつぶされ、白い粉となって虚空に舞っている。
市場は「取引停止」。
つまり、サンクチュアリ王国の発行する紙切れを、買う人間も、売る人間も、この世界から一人もいなくなったということだ。
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「……バルト。なぜだ。なぜ取引が止まっている」
王宮の玉座で、フェルディナントは幽霊のような声で問いかけた。
目の前には、今日が期限の「利子の支払い通知」が山積みになっている。
だが、国庫にあるのは、誰も受け取らない自国の通貨**サンク**だけだ。
「殿下。……『不渡り(デフォルト)』でございます。我が国は、一**アレクマルク**の金利すら払えなくなりました」
財務官バルトの言葉は、冷たく、そしてどこか事務的だった。
「ふ、不渡り……? そんな馬鹿な! 国債を刷っただろう! あれを売れば金になるはずだ!」
「買い手がいなければ、ただのインクの汚れがついた紙です。……今や市場での評価額は『ゼロ』。……いえ、マイナス。処分するための手数料すら払えません」
フェルディナントが言葉を失ったその時。
王宮の外から、地鳴りのような怒号が響き渡った。
それは、昨日まで「慈愛の聖女」とコレットを崇めていた民衆の声。
「金を返せッ!」「パンを寄越せ!」「無能な王太子を引きずり出せ!」
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同時刻。ヴォルテール帝国の、最上階の執務室。
ルナは、アレクサンドルの腕の中で、静かに目を閉じていた。
「……終わりましたわ、陛下。サンクチュアリ王国の『信用』は、今この瞬間、完全に消滅いたしました」
「ご苦労様、ルナ。……さて。国が『ゼロ』になったのなら、次は物理的な回収の時間だな」
アレクサンドルが合図を送ると、帝国の精鋭部隊――「資産執行官」を伴う一団が、軍艦へと乗り込んだ。
そしてサンクチュアリ王国財務官バルトに向けた今回の一計を案じたことに対する報酬の小切手に関する連絡を伝書鳩と早馬に乗せて。
王国の財務官、バルト。
フェルディナントが最も信頼を寄せている実務家だが、その正体は、ルナが数年前から「投資」として飼っていた、帝国最上の間諜である。
「ええ。……あの方たちには、教えて差し上げなければなりません」
ルナは、手元に残った一枚の**サンク**紙幣を、キャンドルの火にかざした。
「『慈愛』という名の無計画が、どれほど多くの人を不幸にするのか。……そして、踏み倒した借金の代償は、その身を以て払うしかないのだということを」
炎に焼かれ、王国の通貨が黒い灰へと変わっていく。
「……さあ、陛下。サンタマリア港の租借だけでは足りません。……あの国の『王権』そのものを、競売にかけに行きましょうか」




