表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/32

第1話:赤字の「慈愛」、あるいは埋まらぬ溝

深夜三時。王宮の財務卿執務室。


ルナ・フォン・グラウスは、重い瞼を擦りながら、山のような帳簿と格闘していた。


卓上のランプが、彼女の疲弊した横顔を淡く照らしている。


「……また、支出が膨らんでいますわ。王都の広場の修繕に、百万**サンク**? 先日直したばかりですのに」


帳簿に記された数字は、サンクチュアリ王国の絶望的な現状を雄弁に物語っていた。


この国の基幹産業である魔力結晶は、旧態依然としたギルドの利権争いで生産効率が落ち込んでいる。


一方で、王太子のフェルディナントが主導する「民への施し」によって、国庫は常に底が見えていた。


「ルナ。まだ起きていたのか?」


扉を開けて入ってきたのは、当時、まだ婚約者として親密だったはずのフェルディナントだった。


「フェルディナント様。……ええ。来期の予算案をまとめております」


「そんなことより、もっと楽しい話をしよう。コレットという男爵令嬢を知っているか? 彼女が提案してくれたんだ」


「貧民街に、新しい噴水を作ろうと。民の心が潤えば、きっと国も豊かになる、と彼女は言うんだ。素晴らしいだろう?」


ルナは、ペンを握る手に思わず力が入った。


「……殿下。噴水を作るための石材も、魔法技師への報酬も、どこから捻出するおつもりですか?」


「何を細かいことを。我が国には魔力結晶がある。足りなくなれば、少し増産すればいいだけだろう?」


フェルディナントは、屈託のない笑顔で言い放つ。


彼は、結晶の採掘量を増やすための設備投資がどれほど高価で、時間がかかるのかを知らない。


それどころか、現在の採掘権を担保に、隣国から巨額の借金をしている事実すら、ルナが説明しても耳を貸さなかった。


「……分かりましたわ。私の方で、何とか工面いたします」


ルナは、深く、深く溜息をつき、再び帳簿に向き合った。


彼女がしているのは、外科手術ですらない。


「穴の開いたバケツ」に、自分の血を流し込んで、水位を維持するような絶望的な作業。


翌朝。ルナは徹夜明けの足で、頑固な結晶ギルドの親方たちの元へ向かった。


頭を下げ、冷徹な交渉を繰り返し、時には私財を投げ打って彼らの信頼を繋ぎ止める。


「ルナ様、あんたも物好きだ。こんな傾きかけた国のために、そこまでしなくても」


親方の言葉に、ルナは静かに微笑んだ。


「……私がやらなければ、この国は明日にでも崩壊してしまいますから」


「何より、あの方が王になる国を、私は守りたいのです」


その献身が、のちに「冷徹な態度は王妃にふさわしくない」という一言で踏みにじられるとは。


当時の彼女は、まだ、一縷の希望を信じていたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ