第6話:奈落の競り市、あるいは「紙屑」への埋葬
サンクチュアリ王国の国立証券取引所。
かつてない熱気が、石造りの巨大なホールを包み込んでいた。
「おい、聞いたか! 今度の新発国債、利回りは驚愕の七〇%だそうだ!」
「七〇%だと!? 一千万**サンク**預ければ、一年で七百万も利息がつくのか!」
取引開始を待つ投資家たちの目は、一様にぎらついた強欲に染まっていた。
「国が少しばかり傾いているとはいえ、王家が発行する国債だ。紙屑になるはずがない」
「今のうちに買い占めて、帝国の**アレクマルク**に替えてやるさ。人生あがりだぜ!」
群衆の「強気」な声が、地鳴りのようにホールを揺らしている。
特別席からそれを見下ろすフェルディナントは、満足げに鼻を鳴らした。
「見たか、コレット。皆、我が国の出す『救いの手』に縋ろうと必死だ」
「本当ですわ、フェルディナント様! あんなにたくさんの人が、私たちの国を信じてくれているのですね」
コレットは、その熱狂が「信用」ではなく、死に体の獲物に群がる「ハイエナの飢え」であることに気づいていない。
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バルトが壇上に立ち、静かに、しかし重々しく入札の開始を告げた。
「……これより、サンクチュアリ王国・新発国債の公募を開始する。利回り、年利七〇%!」
「「「買だッ!!!」」」
絶叫に近い注文が飛び交う。
チョークボーイが、誇らしげに黒板へ「一〇〇**サンク**(額面通り)」と力強く書き込んだ。
フェルディナントが勝利を確信し、コレットの手を握りしめた、その時。
ホールの入り口から、冷ややかな、そして圧倒的な「物量」を携えた一団が現れた。
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「……全額、売りだ」
帝国の紋章をつけた大商人の一言が、熱狂を凍りつかせた。
「……な、なんだと? この好条件で、売るだと?」
「正気か? 七〇%の利息を捨てるというのか!」
戸惑う群衆を嘲笑うように、帝国の商会員たちが次々と伝票を投げつけた。
「俺も売りだ!」「保有分、すべて放出しろ!」「先物で十万口、売り浴びせろッ!」
それは、ルナが仕掛けた「空売り」の濁流だった。
買い注文など一瞬で飲み込まれ、取引板の数字が、まるで滝のように崩れ始める。
チョークボーイの少年は、目を見開いた。
「……き、九〇! いや、八五! ……書き換えが間に合いません!」
さっきまで「買いだ!」と叫んでいた投資家たちの顔から、一気に血の気が引いていく。
「……待て、おかしい。帝国の商会がこれだけ売るということは、何か『裏』があるのか?」
「まさか……利息を払う前に、国が破産するのか……!?」
「逃げろ! 紙屑になる前に、一銭でもいいから売れッ!」
強欲は、瞬時に「恐怖」へと反転した。
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「ひいいいっ! 七〇! 六〇! 五〇!」
チョークボーイは、半狂乱で黒板を擦り、数字を書き換える。
あまりの変動の速さに、手書きの記録が追いつかない。
バキリ、と少年の手の中でチョークが折れた。
「……もう、無理だ。数字が、数字が消えていく……!」
真っ黒になった黒板の前で、少年はボロボロと涙をこぼしながら立ち尽くした。
フェルディナントの目の前で、王国を支えていた最後の「信用」が、塵となって消えていった。
「……どうして。どうして、みんな売ってしまうの……?」
コレットの悲鳴のような問いに答える者は、もう誰もいなかった。
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同時刻。ヴォルテール帝国の、静かな展望室。
ルナは、水晶板を通じて王国の「市場崩壊」を眺め、ゆっくりとワインを揺らした。
「……ふふ。お見事ですわ。強欲が恐怖に変わる瞬間は、いつ見ても芸術的ですこと」
その隣で、アレクサンドルがルナの腰を引き寄せた。
「陛下。……七〇%という数字は、救いではありません」
「それは、市場が突きつけた『死の宣告』なのですわ」




