第4話:帝国の「集金人」と、王国の黄昏
サンクチュアリ王国の玉座の間は、もはや静寂に支配されていた。
かつて贅を尽くした金銀の装飾は、急激な**サンク**安による物価高騰を補うため、その多くが密かに剥がされ、売却されている。
フェルディナントの手元には、帝国の紋章が刻印された分厚い書簡が置かれていた。
「……信じられぬ。他国に発行していた我が国の公債を、すべてルナが……帝国が買い取ったというのか?」
財務官が、幽霊のような青白い顔で頷いた。
「はい。周辺諸国は、我が国の通貨下落を恐れて、紙屑同然になる前に債権を叩き売りました」
「それをすべて帝国が回収し、今や彼らが我が国の『唯一の債主』となっております……」
つまり、今のサンクチュアリ王国は、国まるごと帝国に「質に入れられた」も同然の状態だった。
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そこへ、重厚な軍靴の音が響き渡る。
現れたのは、帝国の礼装に身を包んだ使節団。
そして、その中央で冷徹な美貌を輝かせているのは、かつてこの国を追放されたルナだった。
「お久しぶりですわ、フェルディナント殿下。……いえ、サンクチュアリ王国の『債務者』殿」
ルナは、優雅に、しかし相手を虫けらでも見るような目で見下ろした。
「ル、ルナ! 貴様、よくもこれほどの非道を……!」
「非道? 心外ですわ。私はただ、市場に流れていた貴方の国の『約束(公債)』を、正当な価格で引き取っただけですもの」
ルナは、懐から一枚の大きな羊皮紙を取り出した。
「さて、本日をもって、貴国が帝国に対して負っている利子の支払い期限が到来しました」
「金貨での支払いが無理なことは承知しております。現在、一**アレクマルク**を買い戻すのに、三.五**サンク**もの大金が必要ですから」
フェルディナントは、机に突っ伏した。
一か月前ならサンクチュアリ王国国債の長期金利は3%で済んだ支払いは、ルナの当初の計算通り利払いが急増し、70%まで膨らみ。
これまで安定的に支払っていた利払いに胡坐をかいていたサンクチュアリ王国には
急場の資金がないという状況に陥っていた。
「……どうすればいい。何を望んでいる」
「簡単なことですわ。……支払えないのであれば、その身代わりを差し出していただくだけ」
ルナは、ペンをフェルディナントの前に放り投げた。
「この国を支える魔力結晶の採掘権。それから、帝国の商船が自由に立ち寄れるサンタマリア港湾の九十九年間の割譲」
「……これを認めれば、今回に限り、利子の支払いを『繰り延べ』して差し上げますわ」
それは、慈愛などではない。
この国を、帝国の「資源供給源」という名の属国へ、永久に作り変えるための契約書だった。
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「……そ、そんな。そんなことをしたら、この国は……!」
傍らで震えていたコレットが、涙ながらに叫んだ。
「この国から、誇りも富もなくなってしまうではありませんか!」
ルナは、ゆっくりとコレットに視線を移した。
「誇りで、お腹が膨れるとでも? 貴女がバラ撒いた『慈愛』の代金は、すべてこの紙に書かれた借金なのですよ」
「現実から目を逸らし、数字を軽視した代償を……今、この国は払っているのです」
ルナの言葉は、剣よりも深くコレットの心を突き刺した。
その時、背後から大きな手がルナの肩を抱き寄せた。
「よくやった、ルナ。……これですべての『徴収』は完了だな」
現れたのは、帝国皇帝アレクサンドル。
彼は、敗北したフェルディナントたちに目もくれず、愛おしそうにルナの髪に口づけをした。
「……陛下、まだお仕事中ですので」
「構わぬ。この素晴らしい『商談』を特等席で見せてもらった礼だ」
アレクサンドルは、ルナを抱き上げたまま、サンクチュアリ王国の玉座を振り返った。
「フェルディナント。……君が捨てたのは、ただの女ではない。帝国の『富』そのものだ」
「せいぜい、空っぽになった王座で、自分が何を失ったのかを噛みしめるがいい」
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夕闇に染まる王宮を背に、ルナは皇帝と共に、黄金の馬車へと乗り込んだ。
サンクチュアリ王国の通貨は、その日のうちに、さらなる大暴落を記録した。
もはや、軍隊を動かす必要すらない。
数字という名の「冷酷な真実」によって、王国は地図から消える準備を始めたのである。




