第1話:半年後の地獄、あるいは甘い毒の配給
ルナ・フォン・グラウスが財務卿を辞し、サンクチュアリ王国を「損切り」してから、半年。
その月日は、王国にとって「かつての栄華を思い出すための時間」ではなく、「ゆっくりと真綿で首を絞められる、逃げ場のない清算」の時間となった。
半年という月日は、無能な統治者が経済を完全に殺し、土に還すには十分すぎる時間だ。
「1,000万サンクだ……。いや、昨日のレートは忘れろ。今は1,500万サンク払えないなら、そのパンは売れない」
聖都サンクチュアリの市場。かつて市民の活気で溢れた場所は、今や「アレクマルク」という、帝国の安定した貨幣を求めて彷徨う亡者たちの巣窟と化していた。
パン一個の値段がかつての100万倍に跳ね上がるハイパーインフレ。
半年間、フェルディナントたちが「慈愛」の名の下に無秩序に紙幣を乱発し続けた結果、サンク紙幣は、暖炉の火種にする以外の価値を失っていた。
王宮の金庫は空になり、残されたのは、天文学的な数字の「負債」と、誰も買い手のつかない「王家のプライド」だけ。
そんな中、王宮のバルコニーに現れたコレットは、半年経っても相変わらず、現実の数字を知ることはなかった。
「皆様! 悲しまないでくださいまし! パン(小麦)の輸入が止まったのは、帝国が意地悪をしているからですわ。でも、わたくしたちには『神の恵み』があります!」
彼女が差し出したのは、王室備蓄の砂糖をふんだんに使った焼き菓子。
「パンがないなら、お菓子を配ればいい」
その狂気的な「慈愛」は、かつては無知な少女の愛らしさと捉えられていたかもしれない。
だが、半年間、飢えと物価高騰に耐え続けてきた民衆にとって、それは最も残酷な「処方箋」となった。
広場では、配られた一欠片のお菓子を巡り、血を流し合う暴動が起きていた。
もはや「愛」では腹は膨らまず、「言葉」ではレートを止められない。
「…………」
その様子を、王宮を見下ろす丘に停まった、黒塗りの馬車から見つめる影があった。
ヴォルテール帝国中央銀行副総裁、ルナ・フォン・グラウス。
彼女の隣には、半年間の帝国での研修を経て、今や一流の分析官の顔つきになったニコラスが控えている。
「ルナ様。半年間のデータ蓄積により、サンクチュアリ王国の『実質的な残存資産価値』は、帝国への負債総額の0.8%にまで低下しました。もはや国としての清算(精算)は避けられません」
「ええ。半年も待ってあげたのですもの。十分でしょう? ……ニコラス、フェルディナント殿下へ、最後のアドバイス(請求書)を届けに行きましょうか」
ルナは、アレクマルク金貨が詰まった革袋を静かに閉じた。
「お菓子の時間は終わりよ。これから始まるのは、半年間溜め込んだ『利息』の支払い――最終執行ですわ」




