COUNT 25 汝夜歩くなかれ
利光おじさんちの作業小屋を出た生萌は、町筋をまっすぐに、とりあえずメインストリートを目指して夜の道を歩く。
周辺の家々の窓に明かりはなく、ところどころに立っている街灯の灯りもすべて消えていて、よく知っている場所にすごく似ている知らない廃村を歩いているようだ。
隣り合う建物を巻き込んで炎上している数軒の家を横目に見ながら、道の真ん中を歩いて通り過ぎる。
通りに人影はなく、火事を叫ぶ声も助けを乞う声も、誰かを呼ぶ声もない。
バチパチと木材がはぜる音、ボウッと熱風が巻く音、何かが割れた音、メキベキと家が崩れる音が重なって聞こえてくるだけだ。
灯りがなくいつもより辺りは暗いのに、見上げると広く薄く漂う煙で星空が霞んで見えた。
なぜだか、じりじりと焦るような気持ちがみぞおちのあたりに小さくしこる。
――急がないと。でも行きたくない。こっちに来るなと誰か言ってる? 早く早くって呼んでいる?
その声を摺り潰すように花火に似た音が聞こえてきだして、それはだんだんと大きくなる。
歩を進めるにつれ漂う煙は濃くなり、建物が燃える匂いが強くなってきた。騒がしい音が、声がする。不規則に脈動する空気の振動を肌に感じる。道の先が明るくなってきた。
メインストリートと平行して通っている一本裏の通りまで来ると生萌は、お米のライズの店舗裏にある倉庫小屋を踏み台に二階の窓の欄干に手をかけて跳び上がり、四叉ピッチフォークを口に咥え、そこから横に手を伸ばし雨樋を伝って屋根の上に上がった。
村の中心を南北にはしるメインストリートでは、右手の南の向こうから左手の北に見える端までの間、路上のあちこちで角川帝国の兵士とレジスタンスが塊になって揉み合って混戦していて、山に積まれた何かや潰れたノーカー・マシンが何台も煙を上げて燃えて辺りを照らし、混戦がまばらな所では不規則にまばゆく細い蒸気ビームが、切れ切れに行ったり来たりのラリーをしている。
通りに面して並ぶ数軒の商店が炎を上げている。火炎瓶が割れる音、何かが爆発する音、人の怒号や叫び声が途切れない。
「スクラームっ!肩ば離すなち! 押すばい!押すばい!」
「下がらんで横回れ言いようやろが!」
「こっちがヤバか! ふざくんな!ワラぁ来んなて、くらすっゾッ!」
「なんしよっとかキサン、なんがカドカワか! ワシゃハヤカワぞ! 来んかい、命ァとっちゃるけんが!」
「練習んごつー、頭下げて足ばタックルたい!」
「逃げんね逃げんね」
あちこちで帝国のスチームトルーパー相手に押し勝とうと、レジの男達と村の青年団の怒鳴り声が響いている。祭りの神輿を担いでるときのぶつかりのように、みな熱中し熱狂し、我を忘れて血迷っている。
空のあちこちでは群れた畳の塊が、蚊柱のように縮んだり広がったりしながら形を変え、その中をチラチラと光の線が奔っている。
屋根の上に立つと風に押される煙の刺激臭がさらに濃くなり、辺り一帯はまるで広く薄霧がかかっているように見える。
煙い。生萌は農薬散布用のマスクを着けた。
――ひっどい事なってるナ。いっやこれ体育会系のお祭りだわ。ちょっとあたしが入り込める感じナイな。もうちょいどっか屋根より高いとこから見通したいんだけどもなー。
あれか、街路樹よじ登るかー? あ、教会。あそこの屋根だったら村の全体と真ん中、もっと見渡せる。
メインストリートをまたいだ道向こうの左手、北東方向に街路樹の頭を越して、教会の尖塔に立つ聖有無架が月の明かりに白く輝いて見えた。
「……で? なんだよアレ? おっきー〈人形〉と、ん、トラクター?のガチャがあっちでもケンカしてんのか?」
小さい溜息を吐いて、生萌はさっきからチラチラと気にはなっていた異物に厭々目を向けた。
理解が及ばないモノを直視して、消化できないまま理詰めで納得の蓋を閉めるために頭を使うのは億劫だから、できるなら見なかった事にしてすませたい気持ちだが、見ないままでも喉に小骨が残る。
右手の視界のアッチ、見慣れた菩提樹の側に、月光のスポットライトを浴びて繰り広げられている、巨大な阿修羅ン DNBと、身長57メートルのコンバ神Ⅴとの火花を散らす格闘の様子が、さえぎる物なく生萌にはよく見えた。
――生成感覚の出し物じゃないだろ、空気揺れてるし。ありえねー。
「あれ? でもあれ、あっちの手の多いヤツ、あれ、修農旅行の畿州の興福寺で見たヤツじゃネ? 阿修羅ちゃんだ!」
知った顔を見つけてようやく、生萌はその異様な眺めを飲み込む気になれた。すればもう不条理は道理だ、小骨はとれた。
「んじゃネ、がんばんだヨ! 阿修羅ちゃん」
教会を目指し、通りに沿って建ち並ぶ低い建物の屋根伝いに生萌は歩き出した。首から下げた瓶がぶつかり合って、カチンカチンと低い音を響かせる。
ところどころの屋根の切れ目や段差を飛び越えながら移動する。
この先、教会へたどり着くには一度、広い通りを向こう側へ横切らねばならない。しかし路上では混戦があちこちにダマになって散らばっていて乱闘と狂乱で立て込んでいる。
――どうしたモンかね。ちょっとモーセじゃないし「はい、渡りますよー」つって割れるもんでもないだろコレ。みんな目ェ血走ってるモンな。能條シショーの拳法で押し通るってもさすがに人多すぎるしなー。リューヂがいればなんか戦術考えてくれるんだろうけどさー。
〈――損害出てるからって自分で突っ込んでっちゃダメだって! ちゃん生は艦隊の司令官なんだから。戦力の損耗は飲み込んでこだわらない。戦況を俯瞰で把握して指揮執るんだよ。目が近くなったり視点を固定しちゃダメだ。近く遠く、前も後ろも左右も上も下も、目をぐりぐり回して宙域全体を、時間の流れで読むんだよ――〉
ハードなゲームの時間の後、ふりかえり会でそう言ってたリューヂの真剣な顔が頭をよぎる。
騒乱を突き抜けて右斜め前の方から“ドパン、ドパーン”とタイヤが破裂したような音が聞こえた。
足を止め、送貨ステーションの屋根から生萌が音源の方角へ首を振ると、角川兵の一人が肩を回しながら倒れるところだった。
通りの向こう側、狭い路地をはさんで並んで建っているアモウ燃料店と、畳油配付所の店先から少し距離をとって、囲むように7、8人の角川兵の一団がいる。
レジを包囲しているのかと思ったが、二軒の店舗の間、路地の片側に積まれた薪棚の陰の向こうに片膝立ちで壁に背を付けているのは、上からよく見ると蒸気煙草屋さんの桶爺だ。
帯青茶褐色の甚兵衛姿で、片口に歪めた歯で葉巻を噛みしめて、軍手をはめた手には猟銃が握られている。
オッケンジィは銃の筒が二本横に並んでいる、への字に曲がった猟銃をガチャっと真っ直ぐに伸ばすと、身を乗り出してまた二発撃った。
今度は膝をガクッと崩して兵隊が一人倒れた。
すぐに体を隠し、銃をガチャっとしたオッケンジィは、両肩から斜めに交差させて掛けている短い棒がずらっと刺さった太いベルトを揉むように触り、また銃をガチャっと伸ばした後、葉巻をゆっくりとふかした。その先が赤くぼうっと光る。
オッケンジィの隣には、ごついゴーグルとヘッドフォンつけてゴテゴテしたリュックみたいなベストを着せられた愛犬のブッチが伏せている。
兵士が一人、左手に走って横から大きく回り込み、燃料店の正面に背中で張り付いて壁伝いにじりじりオッケンジィがいる路地に迫って行くのが見えた。
――ヤバいって!
生萌は考えるのをやめ、ステーション前に停めてあるカーゴバンに飛び降りてルーフを圧し潰し、凹みから尻を抜くと燃料店目指し駆け出した。
迂回はしない。駆ける線上をふさぐ角川兵、レジスタンス構わずピッチフォークを振り回して爪で柄で、なぎ払い打ち込み直突き足をすくい、後ろ回し蹴って道を開き、できるだけスピードを落とさずに直線で障害物をなぎ倒しかき分けて駆け抜ける。
何度も抱きこまれて潰されそうになるが、勢いとぶちかましで体重を武器に強引に吹っ飛ばす。
――間に合えるか?
走りながら生萌は、右手に握るフォークを身を反らして後ろに引き、燃料店の壁に張り付いた兵士に向かって遠投げする。
タタタタタ
「ダァ――――ッッ!」
放物線を描いて飛んだ銛は、顔のすぐ前をかすめて垂直に地面に突き立ったが、兵士は夜空や辺りを見回すだけでその場に留まっている。
――逃げろよモ――ッ!
足を止めずに首から下げた縄を一本咥え、先端のガラス瓶を左手で掴んで縄から引きちぎると兵士の頭上に向けて思い切り投げる。
その軌跡を追いながら、右手でペグをポケットから抜き出し、瓶の回転をつかまえて蓋を狙い、
「いち、にっ…」間をとりペグを放った。
ペグは狙い通り蓋を貫いてバッと火花を散らしたものの、爆発しないままスチームトルーパーのヘルメットに当たって地面に転がった。
兵士は夜空や辺りを見回し、首を傾げるだけでその場に留まっている。
――シゲの言ってた感度が悪いってやつか? そもそもほんとに爆発すんのかこの花火? ちくしょっ!
三度、オッケンジィの銃声が通りに轟く。
それと同時に燃料店の角から角川兵が素早く身をひるがえして飛び出すと、路地にスチームブラスターを向け――
るより一瞬早く、ブッチが下から兵士に飛び掛かり装甲スーツの肘、その関節の可動部に齧りつき、兵士を引き倒すと首を激しく振りながら体ごと兵士を引きずり回す。
その様子は、通りからは遮るものなく見えてしまっていた。
離れて取り巻いている兵士たちがブラスターを構えるその後ろ姿に、生萌は思わず叫ぶ。
「犬はやめろっ!」
4発の蒸気弾に撃たれ弾んで転がるブッチを、オッケンジィが路地の陰から発砲しながら飛び出してきて抱き止める。
銃を放り出しブッチを両腕で抱え上げ身をひるがえし駆け戻ろうとするオッケンジィの背中に向け、兵士たちはブラスターを浴びせる。
赤い火をくるくると回しながら葉巻が宙を飛び、地面に落ちてパッと火の粉が舞った。
前に撥ねて倒れ込んだオッケンジィはしかし、ブッチをしっかりと抱きかかえて離さないまま這いずって、路地の陰のなかへ身を転がした。
ブラスターを放った角川兵の一団を割って、背後から蒸気牛が、押し出して前に出た。
背中に露天の運転席がある前後二人乗りの三ツ足ノーカー・ウォーカーで、蒸気砲を辺りのレジに向けて打ち込んでいる。
その運転席を見上げて、地上の角川兵が燃料店の方を指で示している。
蒸気牛と兵の一団の右を回り込んで街路の端までたどり着いた生萌は、右手で掴んでいる瓶を蒸気牛の頭上めがけ放り上げるように下手で投げ、
左手のペグを――魔法の力を信じて (ウーノ、ドゥーエ、トレっ!)放った。
方向を変えようとしている蒸気牛の上に、ゆっくりと回転しながら落ちていくガラス瓶は月の光に一度キラリと輝いて、夜を翳めたペグの残影が重なった瞬間、眩い閃光を発して辺りのすべての陰影を消し去り――
ド ガ ン
爆発した。
一瞬火炎が爆散し、すぐに衝撃波が大気を激しく揺らし、蒸気牛は吹き飛ばされ、もげた歩行脚をばらまき火花を散らしながら転がっていき、周辺の角川兵、レジスタンスたち数十名が吹き飛ばされ、沿道に並ぶ建物の窓ガラスは砕け散り外壁や瓦が捲れ上がって飛んでいき、固定されていなかった辺りのものも吹き飛んで、通りは騒然とした混乱に包まれた。
赤茶色の煙が夜空に湧き上がり、大きな塊となって膨れ上がっていく――。




