COUNT 26 炭坑節
「うぎゃ―ぁ――――――――――」
爆発の衝撃波で、メインストリートに並ぶ商店の区画の間に広く設けられている防災空地まで吹き飛ばされ、縦にゴロゴロと転がされていった生萌の驚愕の叫びが〈閘屋形〉に衝突して止み、苦痛の悶えに変わった。
「うがぁ―ぁ――――――――――ぁでー、ぐぅいた、しりがぁ、ひー、みみがぁ、あがー、キ―――ンて」
地面に腹ばいのまま尻を突き上げ、首をひねり右手を耳に左手を尻に当てた顔を上げて夜空を見上げると、下から炎で照らされた赤茶色の煙がもうもうと膨れ上がり立ち昇っていくのが見えた。
開いた口がふさがらない。
「……あ“――いでぇー、ビックリさせられたー」
外傷を負っても痛みは一点に圧縮されて氷の1bitほどにしか感じないが、打ち身は変わらず広く鈍く痛い。
少し経って鼓膜が落ち着いてくると、メインストリートから大勢の人が喚き叫んでいる声が小さく聞こえてきだした。
生萌は痛む尻を突き出したまま立ち上がり老婆のような姿勢で斜め前の家の裏に回って、角からそっと通りを覗き見た。
蒸気牛はメインストリートの真ん中あたりに転がっていて、歩行脚がもげて吹き上げる蒸気を自らのサーチライトで照らし出している。
あたりにはたくさんの人間が倒れて呻き声をあげ、爆発のあった場所の地面はえぐれ、大きな窪みができていた。
無言で身動きもせずしばらくその様子を見つめるうち、生萌の口元がだんだんとハの字に歪んでいく。
「……ヤバくね? あれ。モーモー壊れちゃってないかい……。人すんごい倒れてるし、店壊れて燃えてるし。あれ、犯人……の人見つかっちゃったらすんげー怒られんじゃね?」
(ありえねーよ、こんな迷惑な爆発事故とか……コレ)
生萌は首から下げている残りの縄の一本を掴み、それにぶら下がった瓶をこわごわと目の高さにかかげる。
「怖ぇエエエなんだコレ、危ないヤツじゃんか!」
…いや、……いえいえ待って待つのよ、そうよだって、萌知らなかったもん、シゲ言ってくれなかったもん、萌ぜんぜんそんなつもりじゃなかったですもん。
田植えの時期にやる打上げ花火できゃあビックリー!くらいに思ってたのに、これ話違うじゃん、あれじゃまるきり爆弾じゃんかシゲ、何教えてくれちゃってんだヨ! 使えねぇってこんなヤバいモンっ。餅と酒饅頭で人に何作らせてんだヨ、アイツとんでもないテロリストだ!
だいたい利光おじさんが悪いんじゃん! 爆弾の材料、小屋に隠しとくとかテロ支援農家じゃんか! コワ! コワっ、萌大人たちに騙されてた!
生萌は再び通りの様子を盗み見る。
「ま…巻き込まれちゃって可哀想に、だいじょぶかな、あの人ら。ま、まぁ畑でどうにかなるょ、ねっ。角川さんとこ畑、ひ、広いし、首さえ無事ならへーきへーき……」へーき!
――だから私ももう平気! ぜんっぜん大丈夫!
「あっ! オッケンジィ!」
その場から駆け出そうとして生萌は、角川兵に撃たれた蒸気煙草屋の桶爺の事を思い出した。
――助け行かないと!
通りの表側は炎上する建物の炎が広がって騒乱しているし、万が一知ってる誰かに顔を見られてあらぬ疑いを持たれては困る。
ゆっくりと店の角から下がり、店舗長屋の裏道を小走りにアモウ燃料店があったあたりへ急ぐ。
と、生萌は右手の防風林の一本のヒマラヤスギの幹に四叉ピッチフォークが突き刺さっているのを見つけた。爆風で飛ばされてここに刺さったのだろう。
それを引き抜き、ならここら辺りかとオッケンジィとブッチの姿を探すと、何かを引きずるような音が聞こえ、薄暗闇に正面からやってくる人影が目についた。
生萌はフォークを握り直して足場を改め、目を凝らす。
「誰?」
こっちが踏んだ砂利の音に気付いて人影が尋ねてきた。女だ。
ゆっくりと顔形がわかる距離まで近づいてくると、それはオッケンジィとブッチを剥がれた外壁材に乗せて、白くてほっそい腕で一生懸命引きずってくる恰好のツキちゃんだった。
「ツキちゃん! 何してんのここで? それ、オッケンジィとブッチ生きてる? 脳素はどうみたい?」
「ええ、息までしているから、心配ないわ二人とも。手足の骨が何本か折れちゃっているだけ。蒸気弾なのね。血は流れてないし下に運んで仮設の畑風呂に埋めてあげればリアニメするわ」
「あーよかった――! オッケンジィあたしが背負うよ。あっちの〈閘〉だよね?」生萌は脇の植え込みにフォークを突き立ててぐにゃぐにゃと力ない老人の身体を背中に引っぱり上げる。
「ありがとね萌。私たちも下にいたのだけれど、気がついたらボスとブッチが見えなくって。すごく嫌な気がして、上がってきて探してたらおおきな音がして空気が揺れて」
そう言いながらツキはゆっくりと背中と腕を伸ばして大きく反らし、両腕を降ろした後、ふるふると手首を揺らす。
「そうしたら二人とも、何かに跳ね飛ばされたみたいにして血まみれで勝手道に倒れてるのだもの」
――ツキちゃんは名前負けしてない。こんな夜でも月の光を味方にしてとても色気があって、煙が漂ってなければいい匂いを漂わせているはずのステキな、煙草屋の裏看板姐さんの一人だ。
背は高くて、流れる長い黒髪と黒い瞳が月光にテカってて、昼間だってスキなく可愛くて、真っ直ぐでやわらかなニクイ女。
ツキは後ろに回した両手でブッチを乗せた壁材を引きずり、生萌は筋肉質で見た目よりぜんぜん重いオッケンジィを背負い、二人でさっきの防災空地に向かって歩きだす。
「オッケンジィさ、猟銃で角川さんとこの兵隊撃って、ブッチ撃たれて、飛び出したら撃たれちゃった。助けようとして」
「そっ」と小さく薄く、こぼれたような相槌を打つとツキは一息おいて抑揚のない声で言葉をつなぐ。
「ボスね、昔、とても酷い思いをしたのだろうって、ママが言ってたわ」ツキがまだ大きく空を覆っている赤茶色の煙を見上げながら言った。
「角川さんとこの兵隊で、EEUに駐留していた頃に」
生萌はツキの目線の先をちらりと目で追い、口元をヒクつかせて下を向く。
「だからきっとね、こんなのがどうしようもなく我慢ならなかったんだと思う」ツキは喧噪が止まないメインストリートの方へ軽く顎を揺らして言う。
「帰ってきてからはずっと、夜はうなされて叫んで飛び起きるのだそうよ。そして昼間はストリートの前に腰掛けてずっとぼんやり空を見ているだけ。きっとボスは朝、目が覚めたら“とても酷い思いをしたあの日”に還っているのだと思う。“今日”なんてボスには来なくて、毎日毎日“あの日”だけを繰り返し生きているの」
ツキちゃんが言葉を切ると、砂利を踏む乾いた音がくっきりと聞こえる。
「悲しんでる? 怒ってる? 憎んでる? 呪ってる? 誰にどんなように?」
「あのね、2~、いや4か。4年前あたし、オッケンジィに命助けてもらったンだ。内緒だけど」生萌は体を揺すって老人を背負い直す。
「〈O事〉の時? 萌が〈佛隠し〉にあった」
「お姉ちゃんから聞いてんだね。あの日もさ、オッケンジィあの銃で、あたしを助けてくれた。ブッチも」
「萌は今日、ボスが銃を撃つのを見ていたのね? 何をしようとしていると思った?」
「んー、“何してんだよーっ?”って思ったかナ?」
「そっ…。私はね、今日で“あの日”を終わりにしようとしたんだと思うの。4年前も。明日の“あの日”はもう見たくないって」
ツキは続けて、
「だから私たち、ひょっとして余計な事をしているのかしら――?」と、足を止めて月を見上げ小さく呟いた。
「じゃあここに捨ててく? ブッチはあたしが抱いて下に連れてくから、ツキちゃんとはここでお別れだね」生萌は月を見上げるツキを見上げて、突き放すように低く言う。
ホゥとひとつ息を吐き、眉根を寄せてツキは生萌に顔を近づけて囁く。
「私ねボスを見ていると、胸の奥の方にね、ぎゅっと塊ができて苦しくなるの。わかる? ねぇ萌、これって恋かしら?」
脈絡のない告白に驚いて生萌の口が開いたが、すぐに息を吐きながら肩を落とし、
「ツキちゃんはもー、今もさっきもそんな気ないのは萌でもわかるサ」と答え、再び歩き出す。
月明かりに照らされながら歩く二人に聞こえるブッチを乗せた板が砂利にこすれる音、砂利を踏む足音、生萌が首から下げた瓶がたてる鈍いカチンカチンという音。それとまだ収まらない表通りの喧噪。
「それで? 萌はどうしてこんな所で? 何をしていたのかしら? それはヹバが知っておいたほうがいいこと?」
そう言って長い睫毛の向こうからツキは、黒く潤んだ瞳に月の光を小さく映して、生萌を真っ直ぐに見つめる。場違いなピッチフォーク、首から下げているアヤしげな瓶、暗闇で静かに人を襲うのにぴったりの腰に差した鉈には、ちらとも目を向けずに真っ直ぐに。
「ぅぇ…っと」
「…あのね、あたし昔からちょっと深くモヤモヤしてる事あってさ、それにケリつけられたらいいナって思ってんだ。んで、そうするにはどうしたらいいのか、月夜の晩にブラブラと探してるとこなンだ」
「そっ。それはとても大事なことね。わかったわ。ヹバはこれを知ることはないし、私も何も知っていない」
空地に着いて二人は、硬いポリテリアPCで作られた円柱形の〈閘屋形〉の前で生萌はオッケンジィを降ろし、ツキは皿型のハンドルを回して屋形の硬スチール扉を開けた。
高さ3メートルほどのその円柱の構造物の、円周に沿ったの四分円の扉の先には15人程が乗れる釣瓶カゴがあり、中心に据えられた手押しのシーソーハンドルで立坑を地下へ降りていける。
ツキと二人がかりでそこへオッケンジィとブッチを運び入れると、生萌は外へ出て振り返った。
「あら、萌はどうして乗らないの?」と、笑うような目をしてツキちゃんが聞いてくる。
「うん、あたし月夜の自由研究って課題あってサ。提出日今夜いっぱいなんだ。ツキちゃん先行っててヨ」あたしもそんなつもりの笑いを添えて答える。
「そっ」ちょっと首を傾げてニコりと笑い「じゃね萌。お励みなさいな」と、最後の「な」にちょっとだけ強い響きをこめて言うとツキちゃんは扉を閉めた。
下まで15メートル降りて〈閘〉、エアロックのゲートをくぐれば、あとは誰かしら手を貸してくれるだろう。
生萌は月に背を向け、教会を目指して歩き出した。




