COUNT 24 宝の箱(2)
ゴウン ゴウン ゴウン
作業小屋の中、スチームランプの灯りにぼんやりと照らされてスチームエンジンが低く唸り、ゆっくりと肥料を攪拌混合するミキサーが回転している横で、生萌は底の浅いスチール製の四角いトロ舟に放り込んだ硝安の塊をシャベルで砕き、すくってはミキサーの口へ放り込んでいく。
棚に並んでいる除草剤を選び、肥料の硫黄と、入口脇に積んであるクズ炭山からブリキバケツですくってきた炭粉もミキサーへ流し込む。
「いいかい生、よくお聞き。お菓子作りのキモはね、計量は厳密に温度管理は慎重にだよ! これで9割方決まるから。お菓子はね、化学の美味しい混合気なんだ」
白い三角巾を頭に巻いたヹバ姉ちゃんが眉根を寄せて言っている。あれは何年前の台所でだったろう? お姉ちゃんの顔がまだ遠くに見えたから3、4年前くらいかな――。
「了解、お姉ちゃん! 計量は厳密に!」眉根に皺を寄せて生萌はそう言い、
「んー、気持ちもうちょいこんくらい、萌アレンジで」携行缶から軽油をダボダボダボッと注ぎ足し、ミキサーは攪拌を続ける。
その間に生萌は「得物得物」と小屋の中を改めて眺めまわし、四叉のピッチフォークに目を留めた。
手に取り、干し草をかき集めて積み上げるいつもの動作で具合を試してみる。いい塩梅に重さもあって扱いやすいしよく手に付く。
「コレはいいエモノだ」
両手でくるくると回しながら二、三周身体に沿って巡らせつつ、左脚を後ろに引いて腰を落とし右前の半身で構え、頭の上から振り下ろしたフォークをピタッと、前を突こうとする位置で止める。引いた左足先に身体を前に弾き出す力が溜まる。
「くっ…」
『くるくる回したハートがモエるー!』
「ん? 『ハートがモダえるっ!』」
「いや、悶えるのはヘンだわ。『た』か? 『て』か」
『くるくる回ってハートがモエるーっ!』
『ぁー、ほ、干し草乾いてっ…ぅーうれしいナっ、でニコリ ぉーお日様パワーでぇー』
『刈りたてフレッシュ! モエバースディっっ!!』
しん、と静謐な小屋の中、ガン! と足元にあった一斗缶を蹴り、辺りをびくびくとした横目で確認して生萌は正気を取り戻した。
次に片刃の腰鉈が壁の横材に吊ってあるのを見つけて検めると、サビも浮いていない。ブンブンと振り回した後、指二本の先に水平に乗せ重心を確かめる。これも白樫の持ち手が手に馴染んでいい感じだ。
フォークと鉈を入り口脇の壁に立てかけ、空の木樽を転がして奥の棚に向かい、きれいに並べられた密封保存瓶のスチール製の蓋を開け、片っ端から中身を「おばちゃんゴメンっ、非常時だ、かんべんナ~」と言いながら樽に開け、空瓶を十数本ミキサーの周りに並べていく。
果実酒とジャムと多様なソース、ピクルス各種やアヤしいキノコの汁が混ざった匂いが辺りに漂い、生萌の腹の虫が細く鳴く。
そして作業台の下に押しこんであるカーゴに目をつけそれを引き出すと、ランプで照らしながら中をガサガサと探り目当てのモノを見つけた。
鉄釘か手裏剣かベアリング玉みたいなモノでもあればと思ったが、ピニールハウスやシートの固定に使うスチール製の I 字杭がまとまって出てきた。
「あ、ペグな。いけるいける」と言いながら袋をひっくり返して、ミキサーの脇の土間の上にガチャガチャとばら撒く。
「まぁ、火花がイッパイ出りゃあいんだよな」
ペグの尖った先端をミキサーの回転するギアにこすりつけて潰し、火花を散らしながら表面を粗す作業を数十本繰り返す。
そのうちの一本を手に取って握り具合を確かめ、ミキサーの足台に軽く打ち付けると金属粉のヒバナがバッと散って飛ぶ。
「よしよし、こんなイメージ!」
生萌はポンポンと掌の上でペグを軽く数回放ると右腕を振った。
バン! と、頭の高さほどに積んである小屋の奥の砂利の袋が弾け、ペグが突き抜けた壁の穴から一条の月明かりが差し込む。
斜めに上げた腕を降ろしながら、いんでないの、と生萌は満足げに片方の口の端を上げた。
※ ※ ※
一昨昨日の事である。生萌が大学から帰宅し自宅の門をくぐると、中腰で裏庭の奥を覗き込んでいるシゲがいた。
「あっ、シゲ! 何だよ、また盗撮しに来たのか? ダメだぞ、勝手に人んちの敷チに入るなヨ」
上半身を一度ビクッとさせた後、苦笑いを浮かべながら振り返ったシゲは、生萌に向かって頭をかいてみせる。
「萌ちゃんよぉ、ゴメンて、悪かったって。な、今日はちっと都合あったんで手ぶらだけどさ、今度お詫びの小麦30キロ必ず持ってくるから勘弁してくれって、な? んでさ、萌ちゃんちの、あの庭男いるかな? ちょっとバイト頼みたくてさ」
「ん? 知らん。何、バイト? 萌、やる! いくらだ?シゲ、いくら出す?」
生萌はたえず空腹を抱えていた。バイトすればみんなに知られずに腹を満たせる――。
そして生萌は、村役場近くの体育館みたいに広い建物にシゲに連れて行かれ――ここは農具やら種に肥料やら機械やらいろんな資材が置かれてるソユーズの倉庫だ、その一角に広いスペースを作って数百人で集会とデモの準備作業がおこなわれていた。
生萌はシゲに、壁際に集まって忙しそうに手を動かしている10人ほどのグループの方に連れて行かれた。
「萌ちゃんはこれ、レシピ見ながらこの寸胴に材料入れて中身混ぜてくれ。あ、終わったら隣に渡して、そっちの導爆線 撚る方に回って」
「ふんふん。デッッカい鍋だな、これ何?」
「んー、萌ちゃんまだ子供だからなんにも知らねんだな、これは硝安つってな、硝酸アンモニウム。爆弾の材料だ。肥料にも使えるけどな。逆か、爆弾にも使える肥料だ」
「ふんふんふん」
大きく広い作業机の上には家畜の飼料作りに使う大きめの鍋やボウルが並び、それぞれを担当者が巨大しゃもじをふるって加工している。
「で、そっちが信管と伝爆薬。ダンシャクがあれこれたんまり揃えてくれてさ、見た目はちょっとアレだけど頼りになる博士なんだわ」
「ふんふんふんふん。で、シゲはここで何してんだ?」
「うーん。あのな萌ちゃんよぉ、そろそろ呼び捨て勘弁してもらえねぇかなー、そもそも俺の方が二百以上も上なんだからよぉ」
シゲは、お互い向かい合って立っている、自分の肩より低い生萌の頭に軽く手を乗せて言う。
生萌はその手をそっとどけると首を傾け、斜め上目遣いでシゲを見返した。
「ふん。あのなシゲ聞け。人間、寝てたって畑に埋まってたって時間は流れて年はとるじゃんな? 上とか下とかそんなんただ数を数えただけの話だろ、何の意味もないヨ。湯船に頭までつかって1万数えたってヒトには尊敬されないだろ? 盗撮なんかしてないで真人間になってからそれ言え」
「へいへいへい、じゃあ今度小麦持ってく時までに考えといてくれ。あ、萌ちゃん今日誕生日なんだってな、16だっけ? じゃあ乙女になったバースディプレゼントも俺がトビキリのやつを見つくろって小麦と一緒に届けに行くから楽しみにしといてくれよ。必ず行くから、漢シゲレの約束だ!」
シゲはニカッと笑って右手の親指をビッと立てながら言った。
「ん。小麦はホント頼んだヨ。じゃあコレとコレ、このレシピに書いてある分量で厳密に混ぜればいいんだな?」
「なんかわかんない事あったら、あっちにいるあのメガネのヤツ、神邑、アイツに聞いて。一応、五州青年党の実動部のリーダーだから」
――そんでバクダン手伝って、あたしは3,000EN稼いだ。餅と酒饅頭が食えた。でもシゲ案件だから、これはヹバ姉ちゃんにはナイショだ。
※ ※ ※
〈あたしのスウィ~ト、スウィ〜トィ〜、スウィ〜タ〜、スウィ〜テスト、プリンセス・ナマ〜、あたしのスウィ~ト・プリンセ〜ス〉
――昔、ヹバ姉ちゃんがお菓子作るときに歌ってたヘンな歌。
可愛いあたしのプリンセス、あなたはどちらからおいでになりましたの?
さあおもてなししましょう、お菓子はお好きですか?
――ニコニコで優しくて、いろんなものをこね回して魔法の粉をふるって、おいっしいお菓子を作ってくれる不良な天使の白の魔法使いみたいだった。
シャカシャカ クツクツ お砂糖と小麦粉とバターの魔法はご存知? おっと計量は厳密に でも飾りつけは大胆に 魔法のパウダー振りかけて ぐるぐるぐるぐる~ウーノ、ドゥーエ、トレっ!
「んまー、なんざんしょ、この可愛らしいほっぺったらもう! 生スキスキスキス〜」
お姉ちゃんは昔からたまに馬鹿になるけど、そんな時のお姉ちゃんがあたしは大好きだった。
「あんたもっスベスベお肌でフワフワ髪の毛のクリクリおめめのステキな王子さま! きゃ~キスキスキ~スッ!」
弟の嬉し困った笑い顔が見られるのは、お姉ちゃんと三人で過ごすこんな時間だけだった。
三人姉弟で最高に幸せだったあの時間を、お姉ちゃんの歌声をあたしは死ぬまで忘れない。
※ ※ ※
ゴウン ゴウン ゴウ ン ンッ…
スチームエンジンの低い響きが止み、ミキサーの回転が止まる。
練りあがった肥料と混合物の生地をパンパンに詰めた保存瓶に、農具の汚れ落としに使う金属綿をちぎって敷き詰めてデコレート。
炭置き場から掬ったクズ粉を粉砂糖をふるうようにザルで振って仕上げ。
最後にスチールの蓋をする時には、荒縄の端を締め口に噛み込ませて、ふた瓶を振り分けにして計7本の、アメリカンクラッカー萌スペシャルのできあがり。
土間に並んだそれをまとめて首に掛けると生萌は立ち上がって入り口に向かい、鉈を掴んで軽くひと振りしてオーバーオールの背中側、左腰に空いたほつれ穴に通し、四叉フォークを手に取ると、
「うしっ! じゃ行こーかネっ」
スチームランプの灯を吹き消して棚に戻し、脇の壁のフックにぶら下がった農薬散布用の高機能マスクを指でひっかけて、軽く軋むスチールの扉を押し開け、オーバーオールの腰前と尻と、胸のポケットいっぱいに詰め込んだペグと共に小屋の外へ踏み出し、後ろ手で扉を閉めた。




