COUNT 23 宝の箱(1)
北側からの投石や火炎瓶、手製爆弾に銃撃まじりの過激なデモと、南側からの広く押しつぶし平らげる進軍とが通りでぶつかり合っている。
レジスタンスと帝国軍との交錯するそれぞれの蒸気弾が前に後ろに着弾し、蒸気ビームの白い曳気が頭の上を奔り、たまに妙な爆発が混じって赤茶色の煙が膨れ上がる。
未舗装の泥道に、炭泥の埃と人とヒバナが舞い上がり舞い踊る。
上では帝国と青年団のいかのぼりの群れ同士がぶつかり合って混戦している。
街灯の少ない田舎村の夜のメインストリートだが、今夜は賑やな光と音のパレードが続いている。
トルーパー・ジムは通りの端、レジスタンスとの押し合い揉み合いで班の仲間たちから弾かれて押し込まれた体で、民家の隙間の路地へ身を押し込むと、電子装備のシフトを三つ下げてリンクを断った。
そのまま持ち場の区域を離れ、こっそりと家々の間の細い路地の影を伝い、小走りに抜けて行く。これだけ被害が出ていれば、死体であろう兵士のリンク切れがひとつ増えたところで指令所も特段気にしない。
もういい加減、帝国の離宮詰めの営舎暮らしも、この村の長閑さにも飽きてたところだし、前倒しになったこのレジスタンス討伐のオペは相当ヤバいらしいって、こっそり裏蒸気煙草屋のツキから寝物語で聞かされてた。
「デっカい裏書がついてるんだって聞いたって聞いたんだって、って聞いたよ」って。
なら今がいいタイミングだ。
国をまたいであちこち面白そうなとこを探して流れて、雇われ兵暮らしを7年続けてる。そろそろ河岸を変えたい。どこかまだ行ったことない所、赤道の向こうっ側か、それともまたヴォルガで船にでも乗るかな。
と、暗い路地の角から覗いた視界の左奥で民家が爆発した。メインストリートから鳳仙弾が流れて飛んできてる。薬剤入りの燃え弾だ。AK4-B7も出てきてんのか、どうなってんだ?
さっきからこの地区も煙臭くなってきてる。とっととずらからねぇとと裏路地から街路に出て辺りを見回している時、目の前の家が爆発した、と思ったら門から火だるまが勢いよく道に飛び出してきて、そのまま
「に゙ィィィィっーんギゃァァ――――――――――――――――っ」
叫びながら、猛烈な速さで炎の尾を引きながらまっすぐあっちへ、道を駆け抜けて遠くへ消えた。
「なんだよ、まだ避難してねえアホがいんのかよ」
ジムは辺りを確かめると、その家の門を素早くくぐり塀の裏側に背中を張りつける。
プッと、蒸気密度センサーが生き物のゆらぎを捉えた。モニターに表れてる数値は方位NbE3/4E、地盤面から1.73メートル、大きさは巾42センチ、被殻温98.4°F。
ブラスターの銃口の先で、首輪に鈴をつけた白猫が「ニャー」とひと声鳴いて塀の向こうに消えた。
ジムが庭に踏み込むと、建物の外壁の一面が壁も窓も吹き飛んで穴が空き、部屋の中が丸見えになっていて、屋根も半壊し残っている柱にもチロチロと火の手がひらめいている。箪笥が倒れずに残っているのを見つけ、あわよくばとジムはその穴をくぐった。
箪笥の前に立つと、この村で蓄えた経験からジムは下からではなく一番上の引き出しをまず開けた。狙い通りにその引き出しは、メルヒェンなドリームランドのハッピー宝石箱だった。
「うわァ! 目がァ、目がつぶれる~! まっぶしぃぜ~、ヒヒッヒ~!」
手入れの行き届いた、あたり一面美しく花が咲き乱れるパンツ畑を踊るように、よりどりみどりで、おそらく着用者の年の頃16と見当をつけた下着のデパートメントなアソートメントを、グローブを脱ぎ捨てて手にすると手早く吟味しながらバックパックにしまい込む。
「ラララ、ラッタッタ~、ハッピーラッキー、マジカルドロワ~ズぅ」 ん?
ジムはその中にそっと大切そうに埋められたシルバーの指輪を見つけてつまみ上げた。キラリと光るそれにはなんの装飾も石もない。まったく高価なモノにゃ見えないが、まぁいくらかにはなるだろう。試しに左の小指にはめてみると意外にしっくりくる。ジムはそれを気に入った。
次に二段目の引き出を開けた瞬間、
「………………」
驚きのあまりジムは、自分が声を永遠に失ってしまったのではないかと思った。
とびきりエクセレントでアメージングな逸品に目が釘付けになる。コレほどのブツにはこんな田舎では絶対に出会えない。色も柄もデザインもカットのアングルも、頬に当たる滑らかさも最高だ。いい糸使って、織りもチュールレースも手が込んでる。
で、うん…。一度だけ恐る恐る試し穿きをしたビジョンを感じる。
ワンダフル! まったく惚れ惚れする。
この段の穿き手は、ん~、背伸びして無理を重ねた24歳の、ってとこか。ふーん、つっぱって苦労してきてんな。
それとあれだな、恋難の相も感じ取れる。で……おー、アブないなぁ、The Towerのカードめくろうとしてんな? やめとけやめとけ、死ぬって。ま、俺の知ったこっちゃないがね。
へへっ、このブツにならきっとシゲの旦那はいい値をつけてくれるはずだ。
昂るジムはブラスターを畳に置きヘルメットを脱ぐと、テンションMAXで子供のように夢中で美しい箱庭の宝探しを続けた。
夢中になるあまり背後の気配に気づかぬまま――。
※ ※ ※
作業小屋の暗がりの中でしばらくの間、膝を抱えて丸裸でうずくまっていた生萌はのろくさと立ち上がり、ゆっくりと入口脇まで行くと棚からスチームランプを取り上げてバルブを開きフリントを人差し指で回して灯を灯した。
暗く澱んで、蒸し暑く湿度が重たかった作業小屋の空間が、柔らかな灯りにぼんやりと目を覚ます。
「ハゲオヤジーっ!」 ガン
「すてきな奥さんめぇー!」 ガシャンッ
「農道暴走禁止だ――!」 ガラガシャーン
「角川兵はチョコぐらい配れーっ!」 ガランガラン
「青年団、青年ぶんな――!」 ガッターン
「一人でどっか行くなバカーッ!」 パリーン
「みんなして勝手ばっかすんな―――ぁ!」 ドカン
「なんであたしだけ勝手にできないんだよッ!」 バキバキッ
「そんであたしはここでなんで何してんだーっ!」 ………
「なんで昨日と一緒じゃだめなんだよー、どいつもこいつも明日がそんな大事かよっ」 ウエ ッ
「なんで先ばっか気にして先ばっか見て先の事ばっか考えて、今見ないんだよ!」 ウエエ ェ
「嫌い!嫌いだ、嫌いキライ! わ――――あみんなもあたしもあしたもー!」 ウエエンウェーッ
ウッ ワアァァ―――――――――――――ッ!!!
ドタッ
ワァ―――――――――――――ン
ウ"エ"エエ――――ェン
ウ"エ"ェ―――
ウ"ォエ ッ"
……ッ
………
……土間が冷たくて………背中気持ちいいなー。月がきれい。いつ以来だろ、大声出したらなんか胸が透明になった。
あたしはきっとなんにもわかってないんだなー。わかってない事に自分でモヤモヤしているんだなー。
わかったよ。明日の事はわかんない。だから今できる事をやろう。明日、後悔しないように。
下に行こう。三丁目の立坑まではここからすぐだ。けど、とりあえずなんか着るもん探さないと。
「帝国さんは家とか服とか後で弁償してくれんのかナ。それともなんか青年団からお見舞い金とか餅とかさ。ほんとカンベンしておくれョ」
ブツブツとこぼしながら羽織れる物を探してランプを片手にガラガラと小屋の中を、ガタガタとあちこち物色し引っ搔き回していた生萌は、足元のスチール製のトロ舟に勢いよく右足の小指をぶつけてよろめき、その脇に立てかけてある口の開いた肥料の袋に手を突っ込んだ。
ぶつけた小指は剝がれかけた爪から血が出たがすぐ赤錆色に変わり、痛くも痒くもない、が。
手をついたその袋の中には、湿気を吸ってガチガチに固まった白い塊が八分目ほどまで詰まっている。
「ダメじゃんおじさんこんなしてー、ガチガチじゃんなー」
生萌は袋に突っ込んであった汚れた赤いスコップを掴むと意味もなくガツガツと塊をつつく。見ると袋には泥が上がかっていて読みにくいが、硝酸アンモニウム【硝安】と書いてあった。
「…ぉえ? おぉ。しょうあん、ナ」
そうつぶやいた後、動きを止め、しばらく口を開けて天井を見上げていた生萌は、
「……あっこにテーラーの軽油あったな。…炭も…黄色い肥料もあっちあった」
と独り言ち、
「……全部材料揃ってんじゃね? これは! シゲの教えが役にたつ時が来たんじゃね?」
と、目を輝かせた。
「アイツもたまには人の役に立つもんだなぁ。だてに長生きしてなかったんだな、よかったなって今度褒めてやんないと」
よし。
「やっちゃる!」
生萌は顔を上げるときっぱりとした口調で言った。
「お兄ちゃんの弔い合戦だ! あたしとお姉ちゃんの部屋爆破したお礼参りだ! デモに、飛び入り乱入して佛罰与えちゃる!」
力なく昏かった瞳が明るい蒼を取り戻して輝く。
「よぅし、そうと決まったら、服だ、着るモンだ!」
声に張りを取り戻し、動きも機敏になった生萌は、埃を被った生活用具の詰まった木箱を引っ搔き回し、イージスおばさんのくたびれた農作業ブーツを見つけてひっぱり出した。
「ありゃ、底に穴空いてっけどま、いいさっ」逆さまにして天窓を通して、月を覗き見ていたブーツを履く。
「野良着くらいないかと思ったけど、ないわー。利光おじさんのオーバーオールしかないや。ブカブカだし、まーあるだけマシか? て うぇ、ヤバ 中きーっちゃな。うっわ、ひィぃ、いやマッパでこれ履くのムリかも、いやムリ、いゃ躊躇うわー。ゔ-」
「ぅー、下、これでも巻いてガマンかー?」
生萌はランプを土間に置き、棚に積んであった穴空きの9415WHD黒マルチシートのロールを手に取って飼料袋に腰掛け、左の足首、ふくらはぎから上へと脚にタイトに巻きつけ始める。
「ここんとこ、こんな感じでどーヨ」
脚をピンと伸ばして上げ、曲げてみながら膝の裏の動きを試す。
シートには播種のための穴が規則的な間隔で空いており、その部分の白い肌があちこち丸く露出しているが、下着替わりの役には十分と判断した。
続けて右足首、脚から腹部へと上に巻きつけていく。
「あ、出ちった」
肩から左腕、首回りから、最後に右腕を巻き終え、四肢の末端と首元に養生テープを巻いて留めると、こわごわとオーバーオールにひきつらせた足先をくぐらせた。
そしてストラップを留めながら、生萌は続けて小屋の中をウロウロと物色し始める。
一発キビしく躾してやって、あたしのモヤモヤがスッキリしたら下に行こう。
まずは土づくりからだ――。




