COUNT 18 魔法使いの妹 (2)
「なんだい〈ジョージィ〉、動きが悪いね。さすがに疲れたかい。だろうさ、そろそろ終いだ。こっちもいいかげん疲れたからね」
――右後ろの退路を潰された。油断してた? なんでそれ見逃した、アタイは! 囲まれたっ。
気づかぬうちに、主に左領域に意識を傾けて角川畳群との相対位置をキープした機動をとっており、右後方への注意がなぜか薄くなっていた生萌が気がついた時には、その空間へ別働の2枚に回り込まれ畳を退いて逃がすチャンスを失った。
坐煉のハンドサインを受け、警戒して距離をおいていた帝国軍の畳4枚ずつが二行上下に並び、半円状に生萌の畳を囲み、頭を向けたままゆるやかに等速で旋回を始める。
「アニキぃ、おもえもう、うぇっダメだぁー。チクショー、なんかフラフラすんだわ。腹も減ってるしー立ってらんねェや」
さっきから急に体と目の奥の奥が怠く重くなったと感じていた。
その重い手を伸ばして畳表を指先でゆっくり撫で、生萌は独りごちる。
――ほんっっっとゴメンな畳ちゃん達ぃ、あたしの勝手に巻き込んでひどいコトばっかしちゃってる。ケドごめん、やんなきゃなんなくされちゃったわ。だからもう萌謝れない。あんなものなんで視んのだかあたしが。ギンザのコトなんて知らないってサよ。
昏い。背を丸め、焦点が定まらない瞳を左右にさまよわせながら、それでも生萌は腰を低く落として身体を角川兵の隊列へ向け続け、細かく持ち替えながら四叉フォークのバランスを確かめ空唾を飲む。
坐煉が左手を腰に当て、生萌の右の虚空に向け ――ウーノ、ドゥーエ…
「バイバイ〈ジョージィ〉」――トレ! ブラスターを一発放つ。
と、同時に角川兵の八枚の畳が動き、広がるように急展開し、発砲を始めた。
坐煉の一発と同時に、生萌は畳頭を下45度へ下げ全速で畳を落とし、編隊の下へ潜り込もうとして見せながら加速を乗せた状態で畳の頭を上にあげた。
畳に刺したフォークの柄を手を伸ばして保持したまま、頭と足の向きを入れ替えて畳の上に腹ばいになり、射線に対する面を最小に抑える。だがブラスターは身体のあちこちやら畳を掠めていく。
「痛ててっ、てぇちっくしょ! 上に抜けさえすればっ! 見てろヨっ!」
肩越しに編隊との距離を確認しながら、まだだ、もっともっと、と無意識に生萌は歯を食いしばる。が、急に畳の加速がヌケた。丹欠起こしてヘロってる。
「へのカッパーー!」
生萌は立ち上がり編隊の中心を目指して、畳のケツを叩き最後の丹力を絞り出させようとする。あたしは謝らないっ! こっちはあいつらの畳裏の死角から上がってるからまともに撃ってこれない。けど――。
――けど、ウメ坊やシリ子は腹空かしてないかなー。お末とトメは喧嘩せずに遊べてっかなー。ヹバ姉ちゃんのショートブレッド持って帰ったら、なん太はヨダレ垂らして喜ぶからまず拭いてやんないとな。しょーがないからネヲにもちょっとだけ分けてやって、みんなでこれ腹いっぱい食べて幸せになって、みんなで大笑いできたら、おもえ、アニキとメオトになれっかなー。
虚ろに昏い、黒みがかった薄青の瞳で生萌は月を見上げた。
〈奇跡〉は起こらない。
一旦、狙えない射撃を止め、角川兵の隊形が生萌の畳を中心に等速で距離を保ちながら半円のドーム型に広がった。
進路を変える事も揺さぶる事もせず、覚悟を決めた生萌が死角から飛び出した。
再度の坐煉の合図により、一斉にスチームブラスターの連射をはじめ
ブ ン ッ
ようとした時、上部に展開していた四枚の畳が消し飛んだ。
編隊から少し距離を置いたやや低い位置から戦況を見つめていた坐煉がすぐさま後ろを振り返ると、遠く菩提樹のそばでしばらく前から取っ組み合っている巨大人工物のうちの、手数が多い方のヤツの腕のうちの一本が、野球のピッチャーがノールックでサードへ牽制球を投げた直後のような形をとっていた。
「さすがにね、見てらんなくなったんだよ。右後ろがお留守だ、世話が焼ける。ま、まだまだケツも蒼い娘っ子だしねぇ」
DNBと一体化している角川のババアは肉壁の空洞で苦笑いした。オーガニック変換されたその声がDNBの唇から壊れた防災有線放送のように流れる。
「腕の一本くらいお安かないけど、ほったらかしもどうだろうね。村長、聞こえてるかい? 将来有望な挿し穂にはたまに手ぇかけてやんないと。誰だか知らない隊長さんには悪いけどさっ、と!」
コンバ神の旋風脚を低くかわし、DNBも後ろ回し蹴りを下から斜めに返す。
「帝国の兵士相手に立ち回るなんざ、まぁあれくらいはたやすい事。しょうがない、お転婆娘って事でさ」
――小童の頃の事から覚えてるよ。まるきり山猿だったね。お恥ずかしいったら、デ熊やら角牛やら時鯱やら殺戮カカシ相手にさ。デスリングやら拳法やら面白かったねぇ。だけどまだまだ楽しい事ぁいっぱいあるからね。アンタにはそれやってもらわないと。
「いろいろそのちっちゃい胸に溜め込んでたんだから、今日くらい思い切り暴れてごらんな。佛の赦しだ」
ゴガ ン
コンバ神の浴びせ蹴りを、最後に残った一本の腕で辛うじてDNBは受け止める。
「ふぅ、こっちもだいぶ傷んできてるし、よそ見してる余裕はないわな。じゃあ頑張んだよ宝石姫、あとは自力でなんとかして見せな」
コンバ神に向き直ったDNBの背の空間が、光背のように蒼く揺らいだ。
「なんだい、寝佛はこっちの側だって聞いてたけどさ。いいとこで邪魔しやがって」
腹の底に怒りを澱ませて坐煉は、畳を生萌に向けて詰める。
「なんか今、頭の上なんか飛んでった! 阿修羅ちゃんがなんだか投げたみたいなポーズしてる? ご利益くれた? なんまんだぶなんまんだぶぅ」
生萌は周囲を見回し状況を把握し直した。
角川んとこの畳はあと6畳がバラに散ってる。で、右から赤毛が突っ込んでくるけど遠い。……んー? なんかわからんケド、これチャンスでワ?
サンキュー阿修羅ちゃん! 今度またお供え行くからっ! ここはひとまず赤毛にオサラバだ。あいつ怖ぇからナ。
生萌は左前に体重をかけ高度を下げ
ドン ドン
動かない。畳が。あわてて重心を右脚に移し身体をひね――
ドン
右肩が後ろから前に激しく突かれたように、重い衝撃が強く生萌の身体を裏返そうとする。
たたらを踏みそれを辛うじて堪え右肩越しに振り返ると、斜め後ろを角川兵の畳がターンしていくところだった。
その背に放とうと、身体を右に捻りながら左手のフォークを畳に刺し、掴み出したペグを左手から右手にパスしよ…
左手が放ったペグは、何もない空間を素通りしてそのまま落ちてった。
んっ? 何が起きたのかわからないまま生萌が右肩に目を落とすと、鎖骨の中ほどから肩の上のあたりがごっそりなくなって見なれない形をしている。
抉れた痕に残る肉と鎖骨の断面は、蒸弾で焼け焦げ、大きな出血はないが血と紫色の何かがじゅくじゅくと滲んで細かい泡を吹き、残った関節の骨片と腱だけでぶら下がった右腕が、肩からだらんと垂れ下がりフラフラ揺れている。
オーバーオールのストラップも焼け切れた。
さっきの蒸気弾に抜かれたんだ。
(次回予告)
サルは舞台から去るのか?
次回、魔法使いの妹 (3)




