COUNT 16 坐煉(ザネリ)
――何だこれ? あたし変だ。何年か前からおかしくなってたけど、振り切っちゃってもう頭変になってる、萌怖ぇ。
右からのブラスターの射角の後ろへ回り込み、旋回半径が最小になるよう素早く重心を後部にかけ、生萌は畳の頭にフォークを刺すと上向きに引き上げ、クイックに、垂直に、円を描くように、畳を誘導する。
――そんでアタイはどうしてみんなとはぐれてんだ? いつはぐれた? この五月蝿いヤツら蹴散らして、日が昇ったらみんなを探しに行こう。
上昇しながら横転させつつ、バンク角はそのままで畳を滑らせ、表裏を入れ替えて垂直に落下し、後をついてこれていない角川兵の畳の後ろをすれ違いざまにペグを放つ。
――なんだこの、ヘッポコ侍のクセにっ! あぁ、腹減った。でかい握り飯食いてぇ。お姉ちゃんの土ん牛丼でもいいなぁ。
「あれ? ヹバ姉ちゃんどこ行った? ここ何年か見てないぞ」
※ ※ ※
「中! ねじりん棒を仕掛ける! 甲180秒でラン」
角川軍第3飛畳中隊、四帖組長の坐煉中尉が僚畳に指示を出す。
「ねじりん棒、甲 拝、180でラン了解。上がります」
淡々と応じ、中は畳の進路を上に向けた。
坐煉はヘルメットのディスプレイ上で、ベクター解析でリプレイされる敵影の軌道遷移を見ながら軽く興奮していた。
――〈盾の団〉を名乗る“ゴザ乗り”ごときが。村の者への攻撃は極力手控えるように言われてるけどさ、もう仲間の畳を大広間敷きほど堕とされてる。このままじゃアタシの腹の虫が収まらない。
目標のドライバーは小柄な野郎で、やたらに畳の機動がいい。平時に出会ったなら手下にスカウトしたいくらい、いい畳さばきをして乗りこなしも巧みだ。バランスも勘も思い切りも反射もいい。目もよく利いている。
畳繊維束コネクト無しで”アレ”だ。
モビレーター〈ダータミ〉を踏んで平らなフィールドで遊んでいるわけじゃない。
しかも”アレ”は信じられない事に畳の間をぴょんぴょん跳び回っているってんだから! 聞いた事もないバカみたいなサルだ。呆れさせるにも程がある。
そしてそれを目の当たりにして興味が抑えられない。できるなら生け捕りにして飼い慣らしてみたいが、”アレ”は現状の編成では伏せられない。ならば今、墜とすしかない。
あいつくらい乗れてる――。
一瞬、胸に湧き上がった淡くほの甘く、酸っぱくて苦い感情を、拳で腹をガンと叩いて追い払う。
坐煉はヘルメットを脱いで葛藤と共に放り捨てると、軽く二度頭を振り首までのクセのある赤毛を飛行風になびかせた。
ディスプレイに慣れた目が一瞬光を失って視野は暗転したが、この月明かりの中なら裸眼でいける。3年前の秋のボーナスで大枚はたいて〈畑目〉にした思わぬお蔭参りだ。
腰の括リ刀を畳に投げ、鎖骨の上にあるパネルを指で定数回叩いて装甲スーツをスポイルすると、全身のカウルが弾け身体が軽く自由になった。
これならネイキッドのフルでヤツと競える。
身体に密着した濃いグレーのスキンスーツに包まれた流れるような体のアウトライン、ボリュームのある突き上がった胸と丸みをおびた尻、締まった腹部が月光に浮かび上がる。
グローブを脱ぎ捨て、手にしたスチームブラスターの残圧を確かめると、力のこもった目で”アレ”の軌道を読み、それを追う気流に畳を飛び込ませた。
※ ※ ※
生萌は少し前から後ろに付いてつつき回してくる鬱陶しい畳に膨れていた。上下左右に畳を振りながら逃れようとするが、後方にぴったりと付かれ蒸撃が続けざまに身体を擦過してオーバーオールと皮膚が焼ける。
「しつっこいっ、たらなぁーッ!」
パイロットは他の角川兵とは違う恰好でヘルメットも被らず、赤毛をなびかせてなんでかずっと左後方に位置取って圧してくる。
と、月光がほんの一瞬、途切れた。背筋を悪寒が駆け上る。
チラと見上げ、畳がもう一枚、直上からこっちの軌道に被せるコースで落ちてくるのを確認した生萌は、フォークを捻って畳首を目一杯に引き起こし、畳体裏で空気を一杯に受け急減速し、畳後部をフォークで突いて急上昇した。
頭を立てて上昇しつつ、ペグを畳縁に刺して持ち手にしロールさせながら、上からの畳をやり過ごす手前でもう一本のペグを放った生萌はフォークを捻り、それを嫌った畳は不本意な状態から逃れようと丹力を絞り込んで速度を落とした。
垂直上昇からの静止ぎりぎりの寸前で、生萌はフォークの力をゆるめ後ろに引いていた右脚を踏みかえスイッチし、左に寄せた身体を起こして体重を踵の後ろに残し、自分の意思を畳にわからせようとする。
上昇体勢から一旦空中に静止した後、上向きのまま落下しつつ左背面に返しながら、ちらっと下に目をやりそのまま真横に倒し込んで頭を下にすると畳は垂直降下を始め、10メートルほどを落ちたところでダン!と一発、畳後ろを踏み込んで畳態を上げに整え、落下速度を乗せて加速し今度はこちらが赤毛の後ろ下方を取った。
降って来た”アレ”に後ろに付かれた。坐煉は苛立つ。
――”アレ”が踏んでる畳の裏に大きく描かれた“山‘’のひと文字、あの畳は大隊トップスピードの“超抜畳”、4中の崔が丹精込めて育て可愛がってた帖だ。
バカ高い肥料貢いで、柘植の楊枝で丁寧に目繕いして、糠袋で毎日こすってやってた。いつも帖舎に入り浸ってばかりいるもんだから、周りの奴らは「“高級ラッシュ帖”をヨメにした」と、からかってた。
崔も堕とされたか。貸してた金も二度と返ってこない。
坐煉は気持ちに空きそうになった穴を怒りでフラットに埋める。
前の畳縁より下を飛ぶ生萌は、坐煉が半身になって放つ牽制のブラスターのタイミングを読みつつ、頭を下げて射角に対してマイナス位置を保つ。
「うしっ!」生萌は間を捉えるとフォークを構え、上向きに畳の速度を上げて距離を一気に詰め、後ろから突き上げるように坐煉の畳へぶつけると同時に跳ぶ。二帖の畳が大きく跳ねる。
生萌の突っ込みを気取っていた坐煉は、衝突寸前にブラスターを捨てて刀を抜き取り、後ろを振り向きざまに奥歯を強く噛み込んで畳に非常離脱信号を送り、繊維束とビンディング鼻緒を切り離すと同時に、足元に切ってある〈落とし処〉から立ち上がった信号筒を掴んだ。
サカサカサカと、三ツ手になった生萌が、素早くこっちの畳に這い上がり突っ込んでくる。
「ゴキブリかよっ!」
坐煉は突き出される生萌のフォークの爪先を刀で受け流し、身を下げてくぐると前へ踏み込みながら、生萌のカバーオールの胸ポケットに信号筒を突っ込んで、刀を後ろへ深くひと振りしながら闇の中へ跳び出した。
――むにゅ ――って…
最後のひと振りをフォークの柄の端で弾かれた坐煉が、
「女かよ、アレ!」
と、吐き出す声が夜空に尾を引いた。
(次回予告)
わぁわぁ言ってダダをこねているような生萌の目が光る!
ご飯の時間かぃ? 家路を急ぐ生萌の前に坐煉が立ちはだかり……!
次回、「魔法使いの妹」 (1) ンガングっ!




