COUNT 15 とびっこ
白い柔らかな光を発して輝く丸い月と、煌めく星々をちりばめた透明な夜空を背景に、〈への4帖〉隊形を組んだ角川兵の畳が地上20メートルを哨戒飛行している。
そのうちの4枚目、“目留め畳”に、教会の尖塔を蹴
「とぉーっ!」
って飛び乗ってきた生萌が
前につんのめりながら右の逆手で柄の端を掴んでいる四叉ピッチフォークを頭上に引き揚げ
回転させつつ順手に持ち替え樹の幹に片手で斧をふるうように勢いそのまま前に立つスチームトルーパーの脛を
「うらーっ!」
フォークの爪で払うとブチブチッと音をたて畳繊維束が足の裏で引きちぎれ
「一ま~い」
くるくると側転しながら兵士はあちらこちらの家々が炎上している集落の夜の闇の底へと消え、
払った右腕の勢いのまま身体を回転させカチカチと瓶を鳴らしながら生萌は
左斜め前5メートルの畳に向け右足で踏み切り
後ろ向きに着床した左足を軸に低く上体を回し脇の下から背中越し斜め上に向け
持ち手を爪側にずらして掴んだフォークの柄の先端をトルーパーの装甲スーツの腹へ突き込んですっ飛ばしつつ腰を溜め
畳を左脚で蹴
「二ま~い」るとさらに左斜め前の“壱番畳”へ首に下げた荒縄からつながるガラス瓶の軌跡を引きながら半歩で跳んだ勢いに加えて
体重を乗せ横に伸ばして固めた右の内肘を振り向きかけた兵士の首に叩き込んで吹き飛ばし「三ま~い」ながら
ポケットのペグを2本、左手の指に挟んでひっ摘み畳に左膝をついて身体の勢いを殺すと、
「四ま〜い」とカウントした。
“壱番畳”の左後方に位置していた編隊の残るもう一畳に乗るトルーパーは、胸の装甲と喉の可動部の隙間にペグを突き立たせて、横転して裏返った畳からさかさまに垂れ下がり、両手をぶらぶらとそのまま真っ直ぐ畳と共に飛んで行き、うっすらと夜の闇の中に消えた。
生萌は膝を畳から離し、立ち上がって背を伸ばすと顎を少し上げて周囲の状況を確認した――。
今日、生萌はみなしで16歳になった。身長は153cm、細身の四肢に、茶色がかった黒髪のショートカット。薄いオレンジ色が入ったレンズのべっ甲縁のメガネをかけ、瞳の色は蒼い。
汚れてあちこちに穴の空いたオーバーサイズの古びたオーバーオールを着て、くたびれた農作業ブーツを履いている。剥き出しの首、肩から手首にかけては、光沢のある黒いビニールが巻かれ、ところどころに空いた丸い穴から地肌がのぞいている。
四叉ピッチフォークを右手に、腰の左背中側からは鉈の柄が横に突き出し、首からは農薬散布用のマスクを下げ、両端に大きめのガラス瓶がぶら下がった荒縄を6本かけている。
「あっちこちまだわちゃわちゃして燃えてんなー。まだまだ畳飛んでるし、まだまだまだ人生最大にモヤモヤしてるから、まだまだまだまだあたしの夜は明けないからなー」
ぷっと頬を膨らませ、顔を回して肩越しに左後ろ、菩提樹の方へ目をやると遠く巨大な人工物が2体、取っ組み合っている様子を目に留めた。
「あれ? 阿修羅ちゃん、ヤラれてね? 押されてるじゃん。あ、腕トバした。飛び道具たぁヒキョーだな、あのガチャは。負けんなよ、阿修羅ちゃん!」
空中に漂ったまましばらく菩提樹の方を眺めていたが急に興味を失い、右手のほぼ同高度に群れる角川軍の畳に蒼い目を移すと、生萌は体重を前に乗せ、フォークで畳の左後部を軽くつついた。
* * *
「はいはい、どちらさんもゴメンなすって!」
後方の畳を蹴って飛び乗ってきた生萌が、足元の畳をフォークで抜き通して体重を乗せ身体を左に投げる。
警戒の範疇にない突然の畳の挙動に、崩れた態勢を立て直そうとトルーパーはあわてて畳体を右へ一杯に返す動きをとった。
その動きに乗り、生萌は右側から距離を詰めてきた畳へと跳び、操縦者の腹に膝蹴りと共に飛び込んだ。
「九ま~い! お父さんも――っ! 追い出すのはありえないだろさーっ! 髪の毛ないくせにぃーっ」
生萌が後にした畳は、胸とヘルメットにペグを打ち込まれた畳兵と共に旋回しながら落下していく。
ドン ドン ドン ドン
上方からブラスターの蒸撃が着弾し蒸気と炎が上がった。
生萌はフォークを畳に突き刺し柄を畳表に倒し込み、爪の返しを手がかりにすると上体を保定し、両足を左右斜めに開いて突っ張り、身体を左に振り、畳を裏返した。
直後に畳裏を4発の蒸気弾が抜いた。
惰性で横回転から表返った畳表には、胸と腹部を撃ち抜かれた兵士が張り付いているだけだった。
「十一ま~いっ! お母さんも――っ! お父さんにハイハイ言ってばっかでー、フネの真似なんかすんなー!」
上から降ってきた生萌が着畳して畳が後ろへ傾き、トルーパーがのけ反る。その背に膝を突き込み、右腕で前から首を巻き込み脇に抱え、サバ折りにすると生萌は鬱憤を吐き出す。
「十二まい~っ! お姉ちゃんもーっ! こんなあたしに優しくすんナ――っ!」
すぐさま身体を反転させ、後ろ斜め上に付いていた畳に向かって飛び上がりながら、前に構えたフォークで下から畳の腹側中心よりやや後ろにある神経叢を貫いた。
「そんであたしはあたしわ――っ! 十三っ! あたしは18なのにーっ、大人なのにーっ! あたしはなんで今何してんだーっ!」
畳がのたうちくねる。
「みんな嫌いだーっ、あたしも嫌い! 明日も嫌いっ!」
足を振って、左下を飛ぶ畳へ飛び移るなり、身体を回し捻った上半身を振り抜いて肘打ちで兵士を叩き落とす。
「角川んとこもー! 青年団もレジもー! お前らいいかげんにしろよーっ! 村の人たち迷惑して難民してるだろーっ」
生萌の蒼く深く曇った瞳が、月の光を捉えて鈍く輝いている。
「へろへろ侍どもがー! 利平付けて年貢返しやがれーっ! もう、もう、お萌めんどくせぇ、まとめて百枚やったらぁ!」
と、周囲と自分にダメ出しし、自棄にまみれた解放感をぶちまけていた生萌のささくれ心を割って、不意に戸惑いの芽が顔を出した。
――を? 何だコレ、知ってるゾこの感じ。なんだろ?
この数年、飲み込み続けて胸の奥で積み重なった理不尽な傷。そのカサブタをちょっとずつ剥がし、言葉にして吐き出しながら跳ね回り身体を思いのままに動かす解放感に包まれていた。
そこに突然、覚えのない、けれど無条件で気持ちが馴染む感覚が乗ってきた。意識が二枚重ねになり、時間差でズレてダブっている。
――あれー? どこだったっけか。あたしこーやって走って跳んでたわ! 石投げて刺して斬って追っかけて刎ねて、叫んで、叫んで、馬で逃げて走って逃げて。それでいつも誰か一緒にいた……。誰だっけ? 何してたんだっけ?
頭はその収まりの悪さで一杯になっていても、身体は状況に勝手に反応する。
敵の畳の後ろにびたりと付け、角川兵が畳を左右に振ってターンを繰り返すが生萌はそれをきれいにトレースする。ペグに手を伸ばそうとした時、右から角川兵の僚畳が並びかけてくるなりブラスターを放ってくる。
――大好きな…アタイのお兄ちゃんと、ネヲと戦場を駆けずり回って、背中合わせで戦った。そんで、毎日生きるだけで精いっぱいだったけど、思い切り生きてて嬉しかった。
――誰だろ? 村の人たちでない。みんなと、みんな? 川行って山行って畑行って耕して育てて採って殺した。
芽吹き花咲き心躍る春に、酷く陽が照りつけ雨は降らず田畑が干からびた夏に、実り多く腹一杯で皆笑顔になった秋に、寒さとひもじさに耐えながら温もりを与え合った冬に……、入れ替わり徒党を組んで侍くずれの野盗は度々、お萌たちの廃寺を襲ってきた。
そして春は二度訪れた。
(次回予告)ストレス発散にダイエット、老化防止と蒼ハルの衝動で飛び回る生萌は、頭のネジまでトンでしまったのか? 記憶がイタい、次回「魔法使いの妹」(1)。




