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「汽車男」筑豊篇  作者: アニー・ヨシムラ
第二部 第一章
33/49

COUNT 10 博士

 DNBだいにほんブッダの額へと吸い込まれた後、角川のババアは垂直に佛の胎内に飲み込まれるように、喉をぬけ胸腔内の太陽神経叢の位置にある狭い肉部屋の空洞へと落ちていった。


 肉壁が金色の輝きで満たされたその空洞の中、ババアの足元から百数十本の畳繊維虫が伸び出し、足裏から体内へとにょろり込み体を宙に持ち上げ支持する。

 背後と上方、左右の肉壁からも畳繊維虫束がにょろびてきて、皮膚、筋肉を突き通して爬行し体内に食い込み、さらに深くもぐり込んでいく。


 ババアは体内を繊維虫がのたうつ掻痒感と苦痛を感じながらも、歯を食いしばり苦悶の笑いを浮かべてそれに耐える。

 汗が数粒、顎先からしたたり落ちた。


 耳の穴、頚椎、前腕、指先の爪の隙間、腰椎、股間、膝裏と、要所に畳繊維虫がもぐり込み神経に癒着し結線される。

 瞼と眼球の隙間にも繊維の触手がもぐり込み、それが眼球の裏側に回り込み枝分かれし、120万本の微細な葉脈となりババアの視神経・脳にダイレクトにつながった。


 DNBとのドライブ・バイ・ソウル生体リンクが立ち上がると、ババアは普段、肉眼で捉えている視角よりも大きく広がる視界を認識した。

 正面も背後も、足元も頭上も同時に、空間を継ぎ目なく仏眼センサを介して把握している。増感された対象をクリアに、夜の森を山を雲を星空を月を、少し離れて広がる火の手と立ち昇る煙から逃げ惑う虫ケラを、全方位同時に感得できた。


 その空間のあちこちに、レイヤードされグループ化された様々なデータが浮かんでは流れ消えていく。

  DNBのバイタルサイン、周囲の地形・空間データ、気象データ、ドンシャリ、あらゆる電磁波動のタイプ・エネルギー量、周囲に存在するさまざまな対象のベクトル場解析値……。


 大きな力に包み込まれそれが皮膚の上一枚に感じられる手ごたえと高揚感に戸惑いながら、地を踏んで立つババアは右手を胸の前に掲げ指を開き閉じする。

 その、くうを掴み、放つ感覚はいつもと変わらない。変わらないのだが、視界としての感覚のなかで見えるのは、ふっくらとすべらかな皺ひとつない、金属光沢を放ち金色に輝く我が手だ。


 試しに禹歩うほで足を捌いてみる。

 イメージ通りに軽やかに、いや、それ以上に流れるように踏めている。体が軽い。

 次に衣を翻し跟歩こんぽを試す。そして低く数度跳ね、後方転回、バク宙と移り、左右の拳をコンビネーションで繰り出しダック・ウィーブしながら引きつけるをみっつ繰り返し、最後に飛び後ろ回し蹴りで宙を舞い静かに地に降りて終える。一礼。


 うつむいたまま、ババアはうっとりと頬をゆるめ口を開き笑みをこぼした。


(シックスセンスまでガッチリ開いているのがわかるよ。若い頃の、天の川銀河中暴れ回ってさ、O³として共和国軍に追われてた、あの頃を超える力がみなぎってるのがわかる)


 昂るあまり、後ろ回し蹴りで菩提樹を狩り倒したくなる欲求をどうにか押さえ込む。

「危ない危ない、ぜんぶお釈迦にしちまっちゃあお陀仏だ」


   ***


「うわわわぁ――――っ! 兄キっ、寝佛がっ、寝佛がっ! 寝佛が立ったぁ――! ピ、ピカピカに光ってるよ! ありねー!」

 寝佛参道の正面を移動していたノージョー・マルチャーをDNBから遠ざけながらリューヂが叫び声を上げた。


 通信機がその叫びを他のコクピットにも響かせ、他のメンバーも心の内が口からこぼれ出す。

「なんだありゃ、ただのでかい土の畝だった寝佛があんな、踊ってやがる! でけぇくせして。50メートル以上あんぞ!」

「なまくさんまだ お供えの団子を頂かせていただいて誠に申し訳ございませんでしたばらだせんだまかろしゃんだ正陰の歓喜月餅も失礼致しました新干時鮭もごっつあんでした」

「くっ、佛の復活だぁ!? 何がどうなってんだ? 闘いの仲裁に顕現したっつーのか?」

「もうもうもうちょっともうみんなはいはいおしまーい、引き分けね、ゲームセット、家に帰して! おかしいってコレ!」


 メインストリートを逃げ惑っていた村人たち、角川軍の兵士たちも動きを止め武器をたらして星空を背にして立つDNBを見上げている。さすがにその姿に武器を向ける者はいない。

「佛が俺たちの戦いに力を貸してくれるために立ち上がったんだ! 天は我々を見捨てていない!」などとレジスタンスが気勢をあげて勢いづいている。


 参道前の戦闘で展開していた5台の農耕マシンは滞留し、そこから動きあぐねていたがシゲが素早い判断で指令を出した。


「みんな、奴に背中を見せるな! いきなり動くなよ。とりあえず一旦着地して、ゆっくり移動しながら佛の前に縦一列に並べ。まず敵意はないことを示すんだ。大声出すな、それと奴と目を合わせんじゃねえぞ。マル八は菓子袋を今すぐ捨てろ。ヹバはエンジン切って滑空してこい」


「シゲ、お前並んでどうするつもりだよ? 敵意はないって、ヤツが敵だったらどうするつもりだ」

 能條の疑問にシゲは、

「こっちがマニピュレータを差し出せば、とりあえず奴はそれに指を合わせてくるはずだ」と落ち着いて答えた。

「何でそんなことわかんだよ。お前あいつと知り合いでもなんでもねぇだろ」

「それがあちらの方の心得た挨拶なんだよ。「観星客裏だけ冊子」ちらっと読んだからよ」

「へぇ、さすがリーダーだなお前。危機管理ってやつがデキてんな!」


「ダメだ、ダメだこいつら。男ってバカばっかりだ! お願いもうお家に帰るってー」ヹバに泣きが入り始めた。


 5台のマシンが片方のマニピュレータを掲げながら参道を進みDNBへゆっくりと近づき、互いの距離が10メートルほどに迫った時。

 猫足立ちのまま直立してしばらく動きを止めていたDNBは、す と腰を落とし片膝を曲げてしゃがみこんだ姿勢から右足を振り出した。


ヒュ


 左足を軸に回転を加えながら、瞬間に伸ばされた右脚が地上5メートルの位置を旋風のように舞い、近い位置に生えていた7、8本の太いヒマラヤ杉の木が根本からボキボキと折れ飛んで空に踊った。


「わっ、ッブね~~」


 メンカラ5は反射的にマシンを上に後ろにホップさせ、かろうじて旋風脚をかわすことができた。蒸気が辺りに立ち込める。

「おいおいおい、やるじゃないの佛様~」破れ九極拳を遣う能條は、ピュ~と口笛を吹いてその蹴りに感嘆した。

「バカ野郎、あいつは敵だと確定した。褒めてどうする!」シゲが怒鳴る。

「みんな、散開して近接攻撃。中途半端に距離をとるな動きは止めるな、蹴り飛ばされんなよ!」


 能條のウインドローワーは、武装をコンテナから引き出し換装した蒸気ビームエミッターでDNBとの距離を詰めながら狙いを足首に定め二連射した。  が、金色のボディに弾かれ菩提樹の幹を削りながらビームは森を遠く突き抜けて行った。


「ダメだぜ、シゲ。奴にビーム兵器は通じねぇ。マル八のギャリアのミサイルだったらどうだ?」

 二台のマシンは立佛から離れすぎないようにしつつ跳ねながら旋回する。

「その前に俺がこいつでいってみる」

 シゲはショットガンに換装し、セカンダリ/ターシャリ/クオータナリ・マニピュレーターで筒翼徹甲弾をつまみ出し装填するとDNBから高速で距離をとりながらの膝下を大きく右へ ドッ 回り込み、横滑りしながら ドッ 連射した。


ドッ


「クソッダメだ。ド正面から行ってんのに抜けねぇ」

シゲが放った弾は潰れて立佛の足元に散らばり落ちた。


 DNBに応身したババアはしばらくの間、全能感に浸り、異なる世界を感じてそこに手を伸ばしさぐり味わっていたが、何かにイラついたように口を開き、

「畑の肥やしの子供のオモチャがブンブンしゃらくさいったらないね! 邪魔すんなら佛罰くらわすよッ!」そう言うと足元を覗き見た。


 DNBの頭部左右の螺髪がふたつずつ内側へ退行し、うちふたつの銃眼から100ミリガトリング砲が火を吹き、薬莢がバラララッと勢いよく排出された。

 瞬間、ホップして銃撃をかわし、散開した農耕マシンと空に上がったモールドレイナはDNBから距離をとった。

ドドドド……

 そのうち、ギャリアとマルチャ―を追ってDNBの首が振られる。


ドドドドドドドドドドドドド――


 ヒマラヤ杉の樹々が砲弾を浴び、幹が砕け散り木っ端を散らし列を成して吹き飛んでいく。


「可動部にゃ繋ぎも見えねえで、どうやって動いてんだ? 装甲は固ぇしスキがねぇ」マル八が珍しく困った声で愚痴タレる。

「マシンの飛び道具じゃ、てんで通じねぇ! どうするよシゲっ! ここはいっぺん退くのが大正解だぜ」能條もうんざりした口調で諦め入れている。

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ。畜生! ここでフンドシ脱いで畑に頭突っ込むのは漢がすたるが…」


 その時、全機の通話回線が外部から開かれ、通信がねじこまれた。


 落ち着いた、甘さを含んだ声質の機械音声がコクピットに響く。

「ついに来たるべき時が来たようね。貴方たち準備はいいかしら? 躊躇っている時間はないわ。大丈夫、貴方たちならできる。私と、私のマシンを信じて」

 明瞭で冷静に、自信を備えたその声の主は言い放つ。

「全員、呼吸を合わせてハンドルのセンターについているビクトリーエンブレムを押すの。さぁ、始めるのよアナタたちの闘いを! 耕すのよ今、未来を!!」


 その通信にシゲが高揚した声で応じる。


「おう、ダンシャク博士! その命令、待ちくたびれたゼ。いくぞみんな!!」

(次回予告)その頃、角川の御屋敷の二階に与えられた自室に戻っていたテル子は、黒い着物を床に滑り落とし、黒で揃えた下着も付け替え、ネックレスの上から黒いケープコートを着て黒いウシャンカを被ると、窓越しに夜空を見上げた。その眼に映る、人工的に整いゆっくりと動く光の列は――。

次回「コンバジンVファイブ

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