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「汽車男」筑豊篇  作者: アニー・ヨシムラ
第二部 第一章
32/37

COUNT 9 寝佛 大地に立つ!!

 角川のババアはそのまま前へ、激突して潰れたタイムマシンのフロント部分へ行き、寝佛の衝突した部分を確認する。

 岩土が広く抉れ剥がれ落ちたた部分は金色の、光沢を放つ金属が露出している。

「まあ、これくらいで別にどうにもなりゃしないが一応ね」

 軽くうなずきそう漏らす。


 助手席側の歪んで開かなくなったドアの、ガラスがすっかり砕け落ちたサイドウインドウの枠をくぐり、優雅な動作で若奥さんが地面に降りた。


 樹々に囲まれたこの辺りは静かで、やや開けている菩提樹の周囲にいると遠く聞こえる爆発音が届きようやく、まだ戦闘は継続しているのだと気付かせる。


 腰に片手をやり、もう一方は顎に当てて仁王立ちするババアは、ここまでで目にした戦況を振り返りいくつかの疑問を感じ、それを検討していた。


「どうにも腑に落ちないねぇ。賢属が来るってんで警護の体で中隊ひとつ出しただけだのにさ。村長にも通してあるし。それがこっちは結構な損害出てるみたいじゃないか。何で連隊に四つ足まで出ばってんだい?」


 顎に当てた手を下ろし、よっ、と腰を軽くゆするとババアは股間からシガーマッチとBehike 52を掌に落とした。

 吸い口を齧りちぎってぺっと吐き飛ばし、フットをゆっくり回しならエッヂを火であぶって着火し、深く吸い込んで口腔に煙を溜め、鼻腔を転がしてしばらく後、何らかの答えを得たのか、星空を見上げながらゆっくり煙を吐き出した。


 マッパで月光を浴びながら仁王立ちるその後ろ姿に、割烹着を脱ぎながら角川の若奥さんが声をかける。


「陛下、これでもお召しになってください」

 そう言って割烹着差し出した。


 ちらと後ろを斜めに見て、ババアは軽く片方の口角を上げ目を細めると、

「ありがとよテル子さん。久々に心がたかぶっちまってるよ、アンタはどうだい、懐かしかないかい?」と柔らかい口調で言った。


「懐かしい気持ちは湧きませんけれど、まあ、よく走り回りましたね、あの頃も」

 テル子と呼ばれた角川の若奥さんはタイムマシンを振り返ってそう答える。


 ババアは割烹着を前後を逆に、肩に羽織ると腕を組み、

「賢属たち。ギルドの幹部だからね。その護衛ってんで栄誉な示威パレードにでも出たつもりが突然、たぶん脇からレジスタンスに攻撃されてパニック起こしちまったんだな。こっちは反対派の連中をなるたけ大勢集められりゃそれでよかっただけなのに被害がちょっとばかし大きくなっちまってる。まあ、はなから相手がレジスタンスだってわかってたならここまで乱れはしなかっただろうけどさ。指揮官は経験不足だね、交代させるよう言っとかないと」頭の中で展開されたイメージをなぞりながらテル子に聞かせるようにそう独りごちた。


「それにしても装備が整い過ぎてるようです。数も。隣村だけじゃなく、広く隣州からも人を集めてるようですし。賢属が来ることを漏らしてあるにしても、ここまで準備ができてるのはちょっと…」

 テル子も眉をひそめて応じる。


「ふ~~~、ポッポ屋も一枚噛んでるねぇ。スパイは誰だい? O/nIがまた動き出してるんじゃないだろうね」


 ババアは大きく煙を吸い込むと長く息を止め、黒目を天に向けた。


「二つの宝石と、親と子が揃ってひとつの戦場に居合わせる、賢属たちもいる、そこにこの沢山の生贄たち。あとはポッポ屋とO/nIかい? 佛の意志が働いてるねぇ」

 その黒目は、こちらに流れて来つつある空中の戦域の方へ泳ぐ。

「そんで、あのは確かに下に行ってんだろうねぇ。なんかシナリオがおかしな方へ転がってるけどさ」


 ババアは葉巻を落とすと足で踏み消した。

 ゆっくりとにじる足に合わせて迷いが擦り切れたように軽くなった口調で、

「まあ、始めちまったモンは仕方ないねぇ。五百年近くも代々ため込んじまった鬱憤だ。なら、やりたいだけやらせてやるさ。畑さえ無事なら地上の戦力が潰れたところでアタシは痛くも痒くもないからね」


 そう言うとババアは股間から引き出した椿油の小瓶の中身を掌に垂らし、同じく取り出した折り畳みコームをパチンと弾いて開くとサイドを綺麗に後ろへ撫でつけ、前は高くポンパドールに整え、後ろは太めの三つ編みに手早く髪をまとめ上げると、

「さあ、一旦、前線の天幕まで退いてアタシが指揮るかねぇ」と続けた。


 空では〈鉄砲玉のリューヂ〉のMagic TATAMIが、死角の後下方から農奴兵の蒸気ビームに後端を撃ち抜かれ蒼い脈液を噴いた。

「うわ、勘弁。シュレーゲ・ムジークかよー」リューヂが半べそで悲鳴を上げる。


 後端を下げて右側に傾きながら高度を落とすリュージを仕留めようと、左下と右後方から帝国の畳が距離を詰めてくる。


 ドンと左下の畳を、マル八が直下から突き上げるとへりを掴み、二枚は反力たんりょくを失ったように垂直に落下し、地上3メートルでマル八は掴んでいた畳を突き放して地面へ叩きつけると、帖頭を180度転回させ高度を上げて下から次の獲物に向かう。


 リューヂの直後についたもう一枚の畳に乗る角川兵の蒸気ブラスターが湯気を吹こうとした瞬間、真正面から突っ込んできた<カッパのシゲ>の畳がすれ違いざまにスチーム鉈を水平にふるい畳を二枚に開き、木の葉のように散らした。


「おう、リューヂ、マニュアルばっか読んで頭でっかちじゃ佛畳ぶったたみ乗りにゃなれねえぞって俺ぁいつも言ってっだろ」と、シゲが太い眉と大きな目と口でからかうように怒鳴り、高笑いしながら遠ざかって行く。


「しかしよぅ、数が多すぎら。半分近くうちの畳が落とされてる、こりゃ…」

 と、一旦、混戦空域より高度を上げて戦力バランスを確認したシゲは、左手首に付けた通信機をcc5に切り替えて発進シークエンスをスタートさせ、畳ファイブに指令を飛ばす。


「全員マシンに乗機。リューヂの畳がやわい。援護してやってくれ」

了解ラージャーっ!」


 三つの声が同時に応え、やや遅れてヹバが「あー、はいはぃ」応答する。


 シゲのコマンドを受けた地上では、バタン…バタン…と村の西方にある役場道路に並んだシュロの街路樹が横に倒れ、その突き当たりの大型倉庫ほどある堆肥の山の前面の隠し扉が開き、蒸気カタパルトからファーマー・ウィルがゆっくりと発進した。


 同時に村立学校の左右に開いたプールの底から、東榛名のボタ山の頂から直上へ、狐ヶ崎の溜池に落ちる瀑布をくぐり、冨田さん古賀さん伊勢崎さん家を吹き飛ばして現れた地下リニアのリフトから、それぞれノーカー・ギャリア、ノーギョー・モールドレイナ、ノーキョー・ウインドローワー、ノージョー・マルチャーが射出された。


 先頭を高く飛ぶモールドレイナの誘導に従い4台の農耕マシンは逆V字型のフォーメーションを組み、オートパイロットでそれぞれの操縦者の元へと土炭埃を巻き上げながら菩提樹の戦闘空域方面へ爆走する。


 ギャリアとウインドローワーに積まれたトレーサフォロワー機銃が実体弾の3連射を繰り返すたびに、通りを逃げ惑う角川農奴兵たちの小隊が肉骨粉となって夜の闇に散る。


 戦闘密集域から一時離脱した五色の畳は、それぞれが疾走する己のマシンに速度を合わせ、機体底面ハッチから畳ごとコックピットにコンバ・インした。

 収納された畳の後方からシートがスライドしてきてパイロットが腰を落とすと、足元から繊毛が波打つように湧き出し畳と結線し、コンソールが前方から回転しながらせりあがってきた。

 シート後方からロールしてパイロットを覆った半球の銀幕鞘に外部の情景が投射された。


 同時にモールドレイナ以外はスチーム排気で低くホップしながら二脚の長い蒸噴脚と短い二本のマニピュレータを展開し二足歩行型へと変形する。


「いいか、みんな! 『罰せども奪わず』だ。罪は問い、罰は下す。しかし尊い命は決して奪わない、佛の教えだ、肝に銘じてあるな!」


  4人がシゲの喚起に声を合わせて応じる。

「ラジはャーー!ぃ…」


 各機はマニピュレータでメッシュコンテナポッドからライオットガンを選択し、100ミリ硬化ゴム弾で機動力を活かして角川兵を駆逐し始めた。菩提樹に向かう通りまで上がってきていた前線を空と地からの5台の連携攻撃で見る間に押し下げていく。


 南方から地響きと共に砲塔が地面を割ってゆっくりとせりあがってきて、角川帝国の重プラズマ蒸気砲塔が4台に向けて蒸気ビームを連射する。

 農耕マシンは散開し、何もない空間を突き抜けたビームで1ダースの民家が炎を噴き上げた。


 砲塔の直上400メートルから急降下してきたモールドレイナが蒸気化爆弾を投下し、地上30メートルで機体を引き起こし水平に遠ざかる後方で砲塔が爆発した。


「やや、こりゃマズい! 畑がやられちゃおしまいだ。O/nIめ、あんなオモチャまで与えおってからに! しょうがない、まさか今、寝佛を起こすことになるたぁ。村のクソガキどもめ、寝てる佛起こすと後が怖いよ!」


 急展開した戦局に角川のババアはさすがに慌てて吐き捨てるようにそう言うと後ろを振り返り、

「テル子さんや、星壊艦を呼んどいておくれ、あいつは足が遅いからね。まさか必要にはなるまいがさ。それと」

 続けて

「GEにも連絡入れとくれ、アタシを怒らせると系域の路線と操車場とステーションぜんぶ潰すからねって、このアタシが言ってたって」と言った。


 テル子は動ぜずに、

「ご存知だったんですね」と柔らかな声で返す。

「長い付き合いだからそりゃあわかるさ、じゃあ頼んだよ」

「はい。では私はお館に戻ります。ご武運を」


 二人はそう言葉を交わすとそれぞれの関心事へ向き直った。


 腰を軽くゆすると角川のババアは股間から★スティックをストンと手のひらに落とすと、天に掲げ、スイッチを入れた。


 スティックがまぶしい光を放つ。


 菩提樹を中心とする一帯に激しい地響きが起き始めた。

 同時に寝佛から長い年月を経た岩土と、劣化サビの塊がボロボロと剥がれ落ち、その下から燻金の躯体が徐々に露わになる。

 やや傾いていた仙体をゆっくり正立させながら、螺髪が、長い耳たぶが、半眼の目が、肩が腕が、偏袒右肩(へんだんうけん)の衣が、大気にさらされ、秘匿されていたその真の姿を現そうとしている。


 人知れず改修がおこなわれていた寝佛=DNBだいにほんブッダは、低い蒸気モーター音とともに、ゆっくりと上半身を起こしながら、プシューという大きな音と共に臍の排気ダクトから蒸気を吹き出し、二本の足で立ち上がると ブギン と目を光らせた。


 空中での戦闘は菩提樹の方面へ押し戻されており、ババアは5メートルほど上空を掠めて飛んで行こうとした一帖の畳にジャンプして飛び乗ると、ライダーを蹴り落とし、空へ、DNBへ向けて舞い上がった。


 その後には割烹着だけが空に舞っている。


 両足の体重移動のみで何とか方向を保たせながら、ババアはDNBの頭を目指して飛行を続け、DNBの額の高さまで上昇したところで失速しつつある畳の上、胸の前で「パン」と合掌すると経を唱えた。


阿耨多羅三藐三菩提アノクタラサンミャクサンボダイ 阿耨多羅三藐三菩提 阿耨多羅三藐三菩提っ!」


 それに呼応するようにDNBの額から光の帯がババアに向けて照射されると、畳を捨てて慣性のまま宙を飛び、大の字に体を開き、光によってDNBの額へと導かれると高らかに結句を唱えた。


「冥途(メ――ド) インっ!」


 ババアは、スッとDNBの額へ吸い込まれその姿は消えた。


 そして光り輝く立佛の半眼が見開かれ、四肢がバランスを取り始め、両腕を伸ばし気味に頭上にかかげ、猫足立ちの体勢をとった。


 立佛の中、ババアは薄笑いしながら吐き捨てた。


「さあ、かかってきなよガキ共、お釈迦にしてやる!」

(次回予告)仏の力を手に入れた角川のババア。その力が悪魔の力へと変わる時、ハルマゲドンが始まる。それを止められるのは…。次回「月はどっちに出ているか?」お楽しみに!

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