COUNT 8 激突
村から見て南側、角川の敷地に建つ監視塔からのサーチライトの強い光がゆっくりと移動し、村の外側を囲む暗い森の樹々や、その頭越しに見える移動中のak4-b8、立ち昇る煙や燃える家々を浮かび上がらせ、制圧済みの地区を広く警戒している。
あの日の夜、魔王子たちの突然の来訪に、村の「盾の団」や角川帝国の守備隊は警戒即応体制をとることも、そもそも気付くことさえなかった。なぜだろう。
村の物見櫓の立ち番はともかく、州内全域の中高度までを広く監視している角川の薄密度蒸気レーダーがその接近を見逃すはずがない。何かがおかしかった。
せわしなくハンドルを切り返しながら戦闘の隙間をくぐり、車両や人間にぶつかり跳ね飛ばしながら俺はタイムマシンでメインストリートを突き進む。タイムマシンのボディはステンレスにヘアライン加工がされているせいで鈍く光り、月夜によく映える。
農奴兵を二人、一人、また二人跳ね飛ばし、さらにアクセルを踏む。
道路脇に一定間隔で植えられた蒸気椰子の街路樹になる大型の実が振動を感知すると蒸気を吹きながら、動いている角川兵に向かって次々と飛んで行き蒸気爆発を起こしては、十人単位で兵隊を吹き飛ばしている。
肥育に硝安が使われたそれは、湿密度を感知できるようにゲノム編集でヤード班が品種改良を重ねた自主指向性蒸気ロケット弾だ。
ここらのエリアはまだ戦闘が継続していて、帝国側とレジスタンス側の蒸気ビームが通りを挟んで交錯し、たまに流れ弾がこっちの車体に当たってそのうちいくつかは外板を蒸発させて車内を突き抜けていく。
俺も若奥さんも今んとこ生きてる。ババアは寿命が尽きて死んでるかもしれない。
前方ではノーカー・ウォーカーがホップしてはひと連射してすぐしゃがみを繰り返し、突撃兵を後方から支援している。さらにその後ろにたむろしている邪魔な角川兵に向かってクラクションを鳴らす。
「車道に飛び出してくんな馬鹿タレか、どけこの当たると痛えぞ! オラ!」脳ミソがひきつって、こっちも死にたくないから必死なんだ。
飛び交う蒸気ビームに混じって気まぐれに放射されるak4-b8のマイクロ超超臨界蒸気波は、有効レンジに入ると瞬きする間にレジスタンスの体を内側から沸騰膨張させ、熟したゴーヤみたいに腕から脚から頭、胴体もボンボン爆散させて辺りには血みどろのタタキが撒き散らかされてる。
生血臭そうなピンクの蒸気霧が薄っすら漂い、腰だけでつながったレジスタンスの二本の足ががっくりひざまずき、失われた上半身で仏を拝んでいる。
戦場の真ん中を一直線に突き抜けようとしているこっちのタイムマシンを確認すると、何人かの兵士は動きを止めて指さしてきたり、銃口を向けてきたかと思えば慌ててそれを下げたり、後ろから走って追いかけてくるヤツがバックミラーに映っていたりするが、タイムマシンなんか見たこともない田舎兵どもだからまあしょうもない。
左右からの急な飛び出しに注意しながら慎重に進む。
チラッと隣の若奥さんを見るとしっかりシートベルトを締め、何かを憂うような目で外見つめている横顔が暗いドアガラスに映っている。ババアは何か喚いているけど聞こえないし、そもそも聞く気がない。
店の前に置いた床几に腰掛けて、葉巻吹かしながら戦闘を見物してる蒸気煙草屋の桶田のジジイの姿がちらっと目の端を流れてった。
雨の日以外はいつも昼も夜もああして外にいて通りを眺めていたのを思い出す。
商品に〈香辛料〉を混ぜて、村のツキと牡丹のセクシー姐さんズとのカップリング商法で角川の兵隊さんにも大人気になって裏の店を繁盛させたヤリ手のバーさんに頭が上がらず、冴えない息子が隣村から貰わせられたデブの気ィ強い嫁からも虐げられてジジイはよくああして時間を潰してた。
いつも側にいたブチ犬は今は見えなかった。
左前方の燃えるノーカーの残骸を避けようとスピードを落としハンドルを右へ切り、すぐに左へ切り返した瞬間、ハイビームのヘッドライトの右端を、暗い樹々の隙間に何か大きなものが移動する影がフッと掠めた。
俺はゆっくりとブレーキを踏み込み停止した。
目を閉じて、今見たイメージをまぶたのシャッターを下ろし、その裏で繰り返す。
宙に浮いている大きな、丸い、背景より白っぽい何か、が、木と、
…暗い明るく、イメージを明るくするんだ
木の間、を動いて、細長い感じ、の、何かが、くっついてて……
見えてない部分を想像してつなげて、輪郭ができた、
さっき見た灰色熊のシルエットに
ぴったりと重なるイメージが。
奴だ。灰色熊だ。さっき仲間たちから離れて姿を消して、何のつもりか真っすぐ通りを下ってここまで来てる。
クラッチバックギアアクセルハンドル左ライト消クラッチブレーキハンドル右、そしてゆっくりクラッチ、ゆっくりとアクセルを踏む。
ゆっくりとした、ドロドロドロと低いエンジン音が地を這い、その後ろから俺はゆっくりと車を進める。
左へ曲がる菩提樹へと向かう真っすぐの、幅の広い石敷きの参道へタイムマシンの頭を振り、車体の軸を道筋に合わせる。
真正面には高く太く菩提樹が暗い星空を背景に聳え、太い幹の根本に、横たわる寝佛の大きな影。
その手前にカクカクと、デカい頭をぐるぐる回しながら寝佛に向かい進んでいく灰色熊の姿がくっきりと見える。
つかまえた。
前方100メートルと少し。サイドを引いてクラッチ踏んでアクセルはベタ踏み。エンジンが高鳴る。ギアをセカンドに入れ、クラッチをつなぎサイドを叩き下ろす!
ゴッ とタイムマシンは軽くフロントを浮かせ俺をシートに押しつけてスキール音を鳴らしながら急発進した。前のめりに、エンジンの回転を合わせてシフトを上げる。後輪のグリップに力が増してスピードがのった。
ババアが何かわめいてるみたいだけど聞こえやしない。
わめき散らすマッパのババアが闇の中を自分に向かって突進して来んのを見た灰色熊の驚きを想像したら笑いが込み上げて来る。
ライトを灯す。
灰色熊がくっきりと明るく見えた。
プッシュプルスイッチを引く。
ドンと背中がシートに張り付いて、スーパーチャージャーでもう一段加速する。
「もの知らずの裸のアホ王子が供も連れずに冥途へ行けや――」
灰色熊の首がグルッと200度回り、こちらを見た。まんまるの可愛いお目々が真円になった。
ボ ン
「ひとつ!」タフネス大地に立つ!ウォーターは初めての戦果を数え上げた。
グネグネと体をこじらせながらくるくると灰色熊が夜空を舞い、丸い大きな月をそのシルエットが横切った。
ドガンャグギゴシャ―――――!
そのままタイムマシンは、ノーブレーキで菩提樹の前に寝そべっている寝佛に正面から突っ込み、派手な衝突音を上げた。
ボンネットはひしゃげ、リアが持ち上がりフロントからは土くれが弾け飛び大きく土埃が上がる。
潰れたラジエターから蒸気が勢いよく吹き出しクラクションが鳴り響く。
角川のババアは衝突の寸後、慣性でかかった力で体が前方に撥ね上がり緊縛の縄を引きちぎりながら投げ出された瞬間、上体を丸め前回りに高速回転しながら寝佛の表面を蹴って斜め上へと撥ね上がり、180度捻りを入れ縦回転は維持しながら、その後ろの菩提樹の幹に足からガニ股で着樹し衝撃を幹へと逃がしつつ、下半身のバネでショックを吸収した。
鈍い振動が菩提樹の幹を震わせる。
ウォーターはハンドルに覆いかぶさりピクリともせずにいる。顎先から血が垂れ落ち、肩がビクッと一度撥ね生きている反応を見せた。セグウェイの蒸気バブルバッグが働いたことで衝撃がある程度吸収され助かったようだ。
「いてーててて てってて」
クラクションが鳴り続けるなか、乱れて逆立ったザンバラの銀髪をいからせたマッパの老鬼女然としたババアが、痺れる足でひょこひょこと小さく撥ねながら歩いてきてウィンドウガラスの割れた運転席に手を突っ込んで毒づく。
「年寄り縛り上げてなんってことしくさる、このガキャァ!」
ウォーターの髪を掴んで手荒く上半身を引き起こすとクラクションが止み、ラジエーターからの蒸気の噴出も終わると辺りは急に静かになった。
「好き勝手させてみてやりゃあメチャクチャしくさりやがって」
とりあえず怒気を吐き出すとババアはふぅと息を抜き、ウォーターをじっと見つめた。
「まあ、いいだろうよ、しぶとく生きてるみたいだね。久しぶりに若い頃の気持ちを思い出しちまった、悪かなかったよ可愛い坊や。指輪してないから最初は誰だかわかんなかったじゃないか」
一息おいてババアはポンとウォーターの頭に手を乗せ、
「まあ、これからさんざんな長い旅をして帰ってきたようだね」と、言うとしばらく星空を見上げた。
(次回予告)銀河がひれ伏す角川の女帝・不死身のくるくるババアがついにその正体を現す! 次回、COUNT 9「メイドイン」。変わるわよ❤︎




