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「汽車男」筑豊篇  作者: アニー・ヨシムラ
第二部 第一章
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COUNT 7 私を広場に連れてって

 村の入り口にある丘の中腹から久々に見るインド菩提樹はずいぶんと大きく近く見えた。


 だがそれは記憶がセンチメンタルに改変されているだけのこと。5年前、俺は理不尽に村を追われあちこちを流れて、今、ここに戻って来たけれど、この〈今〉は、絶望と復讐の思いだけを抱え、それを持て余して村に背を向けたあの〈日〉なのだ。


 この今の時間に生きている、この目の前に広がる世界で生きているオレは、今は村の民家が広がる西側地区を密かに動き〈クリスティーン〉のハンドルを握った頃だろうか。そこに感傷はない。残酷な現実が拡がっているだけ。


 そうだ、思い出した。あの時、元実家でなんとかいう黒人の火事場パンツ泥棒の変態に出くわしたんだっけ。そうだそうだ、黒人の。

 それで今、村の様子を窺っているこれ、単眼望遠鏡。

 これをさかさまに使ってシャクルトンの間抜けが北極圏で黒人の逃亡奴隷の…ジムだ、ジムを見つけたんだっけな。


 ……? で、待てよ、ジムだろ、黒人の、あの変態もジムって言ってた。

 そんで二人とも指輪してた――、よな、生萌の、銀の。

 そんで二人ともボクシングかじってた…。そんでそんで、そんで二人とも確かアホだった。

 ジムⅡの指輪は北極の海に沈んでそれを銀色の魚が飲み込んでった。

 俺がはめてた指輪は北極海を流されてる時か、その後、あの大きな…角川の上と下に架かる転移ゲートみたいな、銀色の丸くて大きな輪っかくぐって時間を流されてる間に腕ごとなくなってた……。


 どうなってんだ、あったものがない。ないはずのものがある。なんかイカサマ博打でカモられてる時みたいでアタマ痛くなってムカムカする。いいや、後で考える。


 俺はもう一度望遠鏡を覗き直し、菩提樹に目を戻して角川兵の狙撃手が潜んではいないか、上から下へと検める。


 村のシンボルツリーであり樹高は30メートルを超え、近寄ると壁のようにしか感じられない太い幹に枝を広げるこの菩提樹の下で、10世紀近く祀られてきた寝佛ねぶつ〈リクライニングDNBだいにほんブッダ〉が昔と変わらず寝そべっている。

 長さが50メートルくらいあるそれは俺が生まれる遥か以前、人間の世界がまだこの星ひとつだけだった昔、何回目かの世界戦争の終わりからそこに横たわっているって話だ。


 村の人間にとっては生まれたときからそこにある、肘をついて寝てる人間の姿に似た、ただの岩塊が盛り上がって連なる隆起。千年の土埃を雨風が固めた土くれにコーティングされたみすぼらしい、今や失われつつある信仰心の汚れて割れかけた鏡だ。

 信心深い村の老人たちは切らさずに花や井草団子を今でも供えてんだな。


 DNBからメインストリートを北に流して見てくとあちこちを角川軍の歩兵、車両、ウォーカーが動き回っている。村の南側の村境に近いこっちの方では戦闘は終わって、戦線は北、上に上がっていった。

 ここまでは記憶の通りに動いているみたい。


 俺は戦況を思い出そうとちょっと集中する。帝国軍は南東からメインストリートを北に、左右の近接地区を押さえながら中程の教会まで前線を押し上げて、さらに北の集会広場を目指そうとしてた。

 それがあと1時間くらいのうちだったろう。

 そして俺は、現在時間に生きるオレは、魔王子たちの目的を探り、そのおそれがあるなら危機を未然に回避するために接近して疑惑について問いただそうとする。

 そして……。


 頭を軽く振って望遠鏡に目を戻す。

 あの辺り、北の広場に望遠鏡を向ける。形態がまちまちの小型の宇宙船・プラネットループが5機、広場に駐機して月明かりに照らされている。


 いた。その側に人影が三つ。宇宙船が落とす影になって姿形は確認できないが、

 魔王子たちだ。


 反射的に唾を呑む。手に力がこもる。ついに見つけた。たどり着いた。獲物だ。求め続けた目的の3/5をとうとうこの目で捉えた。


 眺めるうちにそのうちの人影ひとつが、宇宙船が作るシルエットの淵から歩み出してきた。

 月の光に丸く大きな灰色の頭が照らし出された。

 灰色熊だ。


 人間の頭の直径の5倍はありそうな巨大な丸い頭が、人幅の肩が腕が闇の中から浮かびあがり、肩からかけた赤いサッシュ、腰の太く黒いベルト、黒くてデカい短ブーツが照らし出された。

 全身を灰色の短毛に覆われ、巨大な頭部に半円の耳が二つと、存在感のある黒曜石のような二つの大きな丸い目が輝く。その下にお飾りのような鼻と口がちょこんと付けられている。


 灰色熊はそのままカクカクとした動きでプラネットループと仲間たちから離れて村のメインストリートに向かって歩き出した。警戒をしている素振りはまったく見えない。

 あの灰色のスーツで大抵のエネルギー兵器は弾いてしまうというから、こんな辺境の惑星の、ちっぽけなちっぽけな集落でお祭り騒ぎをしているからって何を警戒するのかというところか。


 奴はそのまま広場から離れカクカクと公園を囲む防風林の樹々の隙間に姿を消した。


 義肢を動かしてる蔓と滑車を鱈の脂でグリスアップし、セグウェイのタイヤの空気圧を確認し、サイコガンも戦士の銃のエネルギーガンも問題なし。手早く装備を確認して鯨油ランプの火を吹き消し工具をセグウェイのグローブボックスに放り込みアクセスパネルの蓋を閉じる。


 このボックスはヹバ姉ちゃんが好きだった本に出てきた何でも入る魔法のカバンのよう。

 あの頃まだ俺は字読めなかったから、庭働きをしているとよく姉ちゃんが手招きして縁側に呼んでくれてあの本を読んでくれた。

 そうしていると生萌もやってきて俺たちは姉ちゃんを挟むようにして短パンの太ももに頬を下に頭を乗せ、姉ちゃんは凛と通る声に抑揚をつけてやわらかい調子でわくわくする物語を読んでくれた。

 俺はその物語が、物語の中の人がそこにいるようにとても上手にお話をしてくれる姉ちゃんの声がすごく好きだったし、生萌もきっとそう感じていただろう。

 あいつは黒い瞳を輝かせて俺と目が合うたびにうんうんうんと頷いてきた。


 ボンネットにくくりつけたババアは縄を解いてくれと乞うわけでもなく、さっきからニタニタと気持ちの悪い薄ら笑いを浮かべながらこっちの動きを面白そうに眺めている。

 畦道でイキがって木の枝を振り回して見得を切っている村の悪ガキを畑から呆れて見ている退屈したババアみたいな目で。

 若奥さんの方はおとなしくタイムマシンの助手席で、思惟する菩薩の様な心ここにはありませんの悪しからず的な表情で落ち着き払って背筋を伸ばして座っている。


 よし、決まった。戦場を一旦突っ切って広場手前から脇に逸れて、そこに潜んでいれば、広場に現れる事が過去に決まっている生萌を、それを知っている俺なら奴らよりも先に捕まえられる。

 そして今のオレに引き合わせて二人を村から逃がす。

 そしたら、さあ、広場に戻って俺の生萌を連れ去った先を聞き出して、奴らを皆殺してやる。


 さあ復讐を始めよう。


 下りの砂利道からは右手に角川が月の光をはじいて明るく輝き、静かに遡行する流れが見える。

 側道からメインストリートに入り速度を上げて闇を疾走する。

 ボンネットに括り付けたババアはオシャレでセクシーな年代物のフィギュアヘッドだ。風圧でお団子がほどけ、長い銀髪が月の光を散りばめてキラキラキラキラと煌めきなびく。萎びて長く垂れた乳房はヘロヘロヘロと風にひらめいてフロントウィンドウの向こうをトゥインクルトゥインクルと踊っている。

 隣に座らせた若奥さんの肩に手を回し最高の気分で俺はアクセルをさらに踏み込む。


 メインストリートは近くで見るとひどいありさまで、死と苦しみの光景がマーブリングしながら後ろへと流れて行く。

 やがて障害物が増えてきて俺はスピードを落として蛇行しながらゆっくりと進む。前方には、運動脚を畳んで腰を落とし、底面のストロー刈刃でレジスタンスを巻き込み背面から勢いよくバラバラとコマ切れた死体と血を吹き散らかすak4-b7が一台。相当いい肥やしになることだろう。


 左手前方を進むもう一台は、左右側面にマウントされた長いマニュピレーターで4、5人をまとめて掴んでは背中にポイポイと投げ込んで、ケツから勢いよく血肉を噴き出しながらゆっくり進んでいる。


 その脚の間をくぐり抜け、ワイパーをHIにして車体に血しぶきを浴びながらスピードを上げる。のろまな角川兵を6、7人撥ねたり引っかけたりするけれど全然構わず進む。

 ババアのくしゃくしゃの肌の皺をたどって風にあおられた血がとろとろと這い上ってくる。ノーカー・ワーカーは隊形を組んで、通りの左右を外側に向いて制圧していってる。


 集会広場に向かう途中に建つ教会の尖塔上空20メートルくらいのあたりで帝国と〈盾の団〉の畳、七、八十枚が乱戦を繰り広げているのが見えたから、ちょっとタイムマシンを止めてドッグファイトに目をやる。


 村の連中は鎖鎌や長物の刈り取り鎌をふるって帝国のライダーを刈り落としちゃいるが、帝国軍側の武装は正規軍仕様の荷電蒸気ブラスターだ。〈盾の団〉が持つスチーム機関の荷電蒸気ビームライフルは数が少ない。武器に関しては村側が圧倒的に不利だ。だが、遅い。帝国の畳は耐久性は高いがノロマだ。

 ほら、また一枚、薄密度ユニットを簡単に貫かれて蒸気爆発して落っこってく。

 村の畳は特畑で採れる蒼い生井草を使ってるから活きが違うし、そもそもライダーの練度が違う。角川のヘロヘロ畑フローターなんか相手にならない。

 しかも畳色メンカラに塗り分けられた五枚は目立って動きが機敏で鋭角だ。バンクも深くて落度も大きい。


 シゲ兄ぃはさすが漢らしく畳の上、和式便器でウンコする時の恰好でカッ飛んで、気合いで相手を圧しまくりスチーム鉈を断固とふるう。その滑空スピードはメンカラ5の中でもイチバンで、ついてこれない帝国のおかライダーを次々叩き落してく。

 だけどぜんぶミネウチだ。村の青年団は人は殺さない。


 破れ九極拳の達人の、能條のアニキは畳の上で軽く膝を曲げ、リラックスした姿勢で拳を構え、長髪をなびかせて前後左右に素早く畳を操りその遣り回しで一反木綿のように舞いポリマーのように角川兵に裏拳を見舞っている。

 そりゃそうさ、だって反力たんりょくはそもそも、捕まえて養殖して畳に練り込んだ一反木綿から生まれるものだから。


 マル八さんは汗っかきだけど、いつもニコニコ笑顔を絶やさず温厚で仏様のような人だ。120キロで肥りすぎだけどその体で畳ごと突進し、タックルして一度相手を掴んだら絡みついて二度と離さない。畳の上で愛撫するみたいにねちっこく締め上げて、搾り上げて擦り上げては次々と下へはたき落としている。


 リューヂは身の軽さを生かした素早さで、のびのび帖を走らせてライドを楽しみながら角川兵を翻弄し、本能全開のシェットランドシープドッグにまたがった棋士のように相手を計算高く誘導し、三次元の棋譜を描いて数十手先へと追い込み、他のメンカラにパスする役目を立派にこなしてる。


 寄り添うように密集して建つ長屋が2、30軒、激しく燃え盛って夜の戦いを下から照らしている。その中に浮かび上がり、ケツを横滑りさせて斜め上にローリングしながらクイックターンしたあの白い畳はヹバ姉ちゃんのじょうだ。懐かしいな。胸の真ん中がたまらなく熱くなる。


「姉ちゃん、俺やっと帰ってきちゃったよ。怒るかい、怒るかな」


 ヹバ姉ちゃんは空気層ごとの差流を完璧に読み切って、まー、ありえない動きで切り返しエアに乗り、一人畳サーカス状態だ。

 けど、機動力は抜群だけど破壊力に欠ける。極めきれない。畳乗りとして、心帖技体のうち、心が絶対的に戦闘に向いていない。口は威勢もキップもよくて男勝りだけど、闘うには心が優しすぎる人なんだ。


 ヹバ姉ちゃんのライド。大丈夫、昔以上に乗れてる。闘えなくても落とされる事はない。安心した。


 村の畳が一枚でも飛んでるうちは姉ちゃんは無事だ。

 あの角川での時津波の氾濫の時も姉ちゃんは時流れに逆らって何人も畳で人をすくい上げた。


 あの時流を乗りこなし華麗にライドしてたヹバ姉ちゃんなら、この戦場でだって最後の一枚を駆っているのが姉ちゃんであるはずだもの。

(次回予告)懐かしいヹバ姉ちゃんと対面したタフネス大地に立つ!ウォーターはその破廉恥な恰好に驚愕する! いったいぜんたい俺の天使はどうしちまったというんだ⁉ 次回、堕天使ヹバ起動っ!

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