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第十九話 第一訓練②

ゲートをくぐり、転送された瞬間。

まず視界を埋め尽くしたのは一面の緑だった。いや、緑というよりも無数の草葉が迫ってくる光景だ。

そして、内臓がふわりと浮き上がるような謎の浮遊感。下から上へと、強烈な風が衣服をバタバタと煽り立てる。

ああ、そうか。今、俺は空から落ちているのだ。


とりあえず、落ちて潰れる前に足を強化ッ

俺は深く息を吸い込み、体内の『創造力』を両足の筋肉と骨格へと一気に集中させる。

創造力というものは、それ自体はただの純粋な無色のエネルギーでしかない。能力を発動していない状態のこのエネルギーは、自身の肉体や武具などの情報を一時的に強化することしかできないのだ。だが、単なる落下を防ぐだけならそれで十分すぎる。

重力に従って加速する身体。眼下に迫る木々の枝を空中で身をよじって躱し、開けた地面へと狙いを定める。着地の瞬間、膝のバネを極限まで柔らかく使い、創造力で鋼のように強化した両足で衝撃を殺した。

が、大地が爆発したかのような衝撃が足元から全身へと突き抜け、周囲の土砂が円形に吹き飛んだ。完璧に衝撃を逃がしたつもりだったが、俺の内に秘められたエネルギーの質量が大きすぎるせいで、着地した地面がクレーターのようにすり鉢状に陥没してしまった。


「……燃費だけじゃなく、隠密性も最悪だな、俺」


舞い上がった土埃を手で払いながら立ち上がると、ふと、背後から落ち着いた声がかけられた。


「随分と派手な登場だね、輪。怪我はないかい?」

「……問題ないか」


振り返ると、そこにはすでに着地を済ませていた二人のクラスメイトの姿があった。

悠真と、片岩関だ。

悠真は黒い防護服に土埃一つ付いておらず、まるで最初からそこに立っていたかのように涼しい顔をしている。

一方の関は、俺と同じように地面を少しだけ凹ませて立っていたが、巨躯を揺らすこともなく、鋭い三白眼で周囲の森を警戒していた。


「悠真、関。お前らも無事だったか」

「ああ。グレイ先生が言っていた通り、三人一組の小隊パーティだからな。転送座標もチームごとにまとめられていたってわけだ」


関が低い声で短く状況を口にする。


「なるほどな。他の連中もそれぞれのチームごとに固まってるなら、少しは安心か。それにしても、いきなり上空から放り出すなんて悪趣味な訓練だぜ」

「実戦では足場があるとは限らないからね。それにしても、見事な着地だったよ、輪」

「俺の自滅しかけのクレーター着地より、お前のその無傷の着地の方がよっぽど見事だと思うがな」


俺が苦笑しながらクレーターから這い上がると、森を吹き抜ける風が急に冷たさを増したように感じた。


「……それにしても、ここはただの森じゃないな。空気がひどく淀んでる」

「ああ、仮想とはいえ『化心体』の住処を再現しているからね」


悠真が周囲の木々に視線を巡らせながら、静かに語り始めた。


「化心体……元々は、人間の『創造力』が無意識に積もりに積もって生まれる概念存在だ。人々の噂や、強い想い、恐怖といった感情が寄り代となって形を成す」

「俺の学校に出たやつも、元はただの怪談話だったって聞いたな」

「その通りだよ。特に、古くから語り継がれてきた『妖怪』や『心霊』といった恐怖の噂を元にした化心体は、人々の畏怖の念を基にしている分、非常に危険で厄介な対象になりやすい。仮想とはいえ、油断は禁物だ」


悠真の解説が終わるか終わらないかの、まさにその刹那だった。

不自然なほど鋭い風切り音が鳴り響いた。

風そのものが刃と化したような、異常な突風。


「ッ!」


関が咄嗟に俺と悠真の前に身を躍り出させた。

ギギィィィッ!!

金属と金属が激しく擦れ合うような嫌な音が森に響く。

関の胸元の防護服が、目に見えない何かに切り裂かれ、その下にある分厚い大胸筋に浅い赤い線が走った。


「関!」

「……気にするな。浅い」


関は表情一つ変えず、傷口を一瞥して前を見据える。

俺たちの周囲の木々が、音もなく次々と斜めに両断され、ズズンと重い音を立てて倒れていく。切り口は鏡のように滑らかだ。


「姿が見えない……ただの風の刃か!?」

「いや、いるよ。あの旋風の中だ」


悠真がスッと目を細める。彼が視線を向けた先、巻き上がる落ち葉と土埃の中心に、三つの細長い影が高速で駆け回っているのが見えた。

イタチのような獣の姿。しかし、その前足は鋭い鎌のように反り返り、風そのものを纏って空を滑っている。


「……『かまいたち』か。妖怪の噂を元にした化心体の典型だね」

「なるほどな、見えない刃で切り刻むって噂が、そのまま能力になってやがるってわけだ。だが、見えさえすればこっちのもんだ!」


俺は右拳に創造力を集めようと踏み込んだ。

だが、それより早く、関が俺の前に巨大な背中を割り込ませた。


「俺が前で受ける。お前らは隙を突け」


短く言い放つと同時、関の全身から圧倒的な質量の創造力が溢れ出した。


「――『結晶鎧クリスタルアーマー』」


関の創名が森に響く。

彼の身体を覆う防護服の上に、瞬く間に青みがかった透き通るような結晶が具現化した。それはただの岩ではない。極限まで密度を高められた、美しくも強固な装甲だ。


「キュイィィッ!」


かまいたちの一体が甲高い鳴き声を上げ、風に乗って関の首元へと鎌を振り下ろした。

目にも止まらぬ神速の斬撃。

だが、ガキィィィンッ! という硬質な破砕音と共に、かまいたちの鎌は青い結晶の表面で弾き返された。関の鎧には、薄い傷跡一つ付いていない。

打撃、斬撃、あらゆる物理的干渉をその身一つで受け止める純粋な防御特化。シンプル故に一切の誤魔化しが利かない、絶対的な盾。


「……すげえな、かすり傷一つねェ」

「感心している暇はないよ、輪。次が来る」


悠真の涼やかな声と共に、彼の手元に一振りの剣が具現化していた。

刀身が存在せず、柄に直接『鞘』だけがくっついている奇妙な武具。

二体目と三体目のかまいたちが、関の死角を突くように左右から悠真へと襲いかかってきた。無数の風の刃が、嵐のように悠真を包み込む。


「悠真!」


俺が鎖を出そうとしたが、悠真は慌てる素振りすら見せなかった。


「――適応開始」


悠真が静かに呟くと、彼が構えた『鞘』の表面に幾何学的な光のラインが走った。

風の刃が悠真を切り刻む直前、彼は鞘の腹を巧みに操り、見えない斬撃をすべて弾き落としていく。その流麗な動きは、まるで剣舞のようだった。相手の能力を受け、解析し、適応する。そのプロセスすらも、彼の卓越した剣術と身体能力が完璧にカバーしている。

だが、悠真の鞘は光を帯びたまま、いっこうに刀身を見せる気配がなかった。


「この程度なら、まだ僕の刃を抜くには惜しいからね」


俺の疑問に答えるように、悠真は微笑みながら鞘のままでかまいたちの一体を力強く殴り飛ばした。鞘という鈍器でありながら、創造力で強化されたその一撃は、かまいたちを木々に叩きつけるには十分な威力を持っていた。


「そういうことかよ。なら、俺もガス欠にならない程度にサクッと終わらせてやる!」


俺は右手に創造力を集中させる。関が攻撃を完全に引きつけ、悠真がもう一体の動きを封じている。

狙うべき的は、極めて明確だった。

極限まで意識を絞り、出力を最低限に抑え込んだ細い鎖を射出する。


「そこだッ!」


大蛇のような質量ではなく、鋭い槍のように研ぎ澄まされた一本の漆黒の鎖。

それは風を切り裂き、関の鎧に気を取られていた最後のかまいたちの胴体を正確に貫いた。


「ギィッ……!」


短い断末魔と共に、かまいたちが光の粒子となって消え去る。悠真が弾き飛ばした個体も、関が拳で叩き潰した個体も、同様にポリゴン状のノイズとなって霧散していった。

森に再び、静寂が戻る。


「……ふう。とりあえず、最初の遭遇戦はクリアだな」

「ああ。輪、今の鎖は見事だったね。無駄な力みが抜けていた」

「お前こそ、鞘のままであの風の刃を全部弾き落とすなんて、デタラメな反射神経してんな」

「そうかな、でも僕が自由に動けたのは関のおかげだよ」

「気にするな。前衛で受けるのが俺の役目だ。お前らは存分に動け」


関が青い結晶の鎧を解除しながら、短く応えた。

初陣にしては、悪くないスタートだ。


「さて、森の奥へ進むとするか」

「そうだね。気は抜けないよ、輪、関」

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