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第十八話 第一訓練①

「いきなり実地訓練って言われてもなー。せめて一晩くらい、平和な学園生活の余韻に浸らせてほしかったぜ」


風棟の複雑な幾何学模様が刻まれた廊下を歩きながら、俺は頭の後ろで手を組み、盛大なため息を吐いた。

入学式と退学を懸けた決闘を終え、ようやく一息つけるかと思えば、グレイ先生から告げられたのはサバイバル訓練の開幕だ。


「仮想とはいえ、化心体か。……悠真は、戦ったことあるのか?」

「僕はあるよ。入学前の準備期間に、何度かね。輪はどうなんだい?」

「ん、俺か? ああ、俺も師匠に連れられて、何度かな。そん時はまだ鎖の出力をまったく制御できなかったから、化け物に殺される前に自分の鎖に振り回されて何度か死にかけたぜ」

「それは……なんというか、ご愁傷様だね。輪の力は規格外だから、教える方も荒療治になるのかな」


悠真が同情するように苦笑いを浮かべる。涼やかな横顔は、これから過酷な訓練に向かうというのに一切の緊張を感じさせない。


「あ、ここだね」


悠真が立ち止まった先には、『男子更衣室』と刻まれた銀色のプレートが掲げられていた。

中に入ると、無機質だが清潔感のある空間に、ずらりと金属製のロッカーが並んでいる。


「あっ、白恩!」


俺が声をかけると、奥のロッカーの前に立っていた金髪の背中がピクリと反応し、鋭い眼光でこちらを睨みつけてきた。


「いきなり大声で呼ぶな、下民。蹴散らすぞ」

「相変わらず物騒だな。そういや、お前といつも一緒にいた取り巻きの二人はどこに行ったんだ?」


俺の問いに、翔は鼻で笑い、忌々しげに吐き捨てた。


「絶交というやつだ。神聖な決闘に泥を塗り、俺の誇りを汚した奴らに、俺の近くにいる権利はない」

「……辛辣だなー。ちょっと魔が差しただけかもしれないし、少しは弁明のチャンスをやってみたらどーなんだ?」

「ハッ、そんなものやるか。そもそも奴らは『俺』を見ていたわけじゃない。見ているのは、俺の家の栄光だけだ。そんな薄っぺらい奴らに背中を預けられるか」


言い切る翔の横顔には、一切の迷いがなかった。

傲慢で鼻持ちならないヤツだと思っていたが、その根底にあるのは誰よりも純粋な強さへの渇望だ。孤独を厭わず、己の足だけで立とうとするその姿勢は、素直にすげえと思う。


「お前の家って、相当すごいんだな」

「ああ、すごいさ。お前のような下民の頭では想像もできないほどにな」

「よし、こいつの嫌味は無視しよう。いくぞ、悠真」

「……ああ、そうだね」


肩をすくめて別のロッカーへと向かう俺たちの背中を、翔が「チッ」と舌打ちして見送る気配がした。


「どのロッカーでもいいのか?」


サビ一つない真新しいロッカーを開けると、中には黒を基調とした特殊な素材の衣服が入っていた。


「これを着れってことか?」

「そのようだね。訓練用の特殊防護服といったところかな」


とりあえず、俺は着ている制服のボタンを外し、脱ぎ始めた。

防護服に袖を通してみる。


「ん……思ったよりピッチリするタイプだな。筋肉の動きを阻害しないように作られてるのか……って、ん?」


ファスナーを上げながらふと隣を見ると。


「待て、悠真。お前、着替えるの早すぎじゃねぇか!?」


そこには、すでに防護服を完璧に着こなし、雑誌の表紙でも飾れそうな涼しい顔で立っている悠真の姿があった。シワ一つないその着こなしは、まるで最初からそれを着て生まれてきたかのようだ。


「そうかな? 輪が少し手間取っているだけじゃないか?」

「いやいや、俺だって部活の早着替えには自信があったんだぞ……」


俺がぼやいていると、少し離れた場所で着替えを終えた翔が、バンッとロッカーを乱暴に閉めた。

彼もまた、黒の防護服を身に纏っている。タイトなシルエットが、彼の日々の鍛錬を物語るような無駄のない体躯を浮き彫りにしていた。


「もたもたするな下民ども。置いていくぞ」


翔は俺たちを一瞥すると、顎を上げて足早に更衣室を出て行った。

相変わらず態度はデカいが、なんだかんだで俺たちに声をかけてから出ていくあたり、やっぱり根は悪くないヤツなのかもしれない。


♦♦♦


指定された集合場所は、学園の敷地内にある巨大なドーム状の施設『第三演習舎』入り口だった。

俺と悠真が到着すると、すでにクラスの連中が集まり始めていた。


「あ、環さん! 悠真さん! こっちです!」


人混みの中から、純白の髪を揺らしながら白月が大きく手を振っていた。

彼女も黒い防護服に身を包んでいるが、元々が小柄なため、なんだか少しサイズが余っているように見えて可愛らしい。


「白月、迷子にならずによく着けたな」

「失礼ですね! さすがの私でも、この一直線の道なら空間の歪みに惑わされることはありません!」

「ただの一本道だったからな」

「ヤッホー! 男子チーム、似合ってんじゃん!」


白月の後ろから、なつめが軽い足取りで歩み寄ってきた。

彼女の防護服は、規定の範囲内ギリギリを攻めるように腰回りのベルトがアレンジされており、特有のギャルっぽさを失っていない。その後ろには、まるで黒い岩山のような巨体を防護服に包んだ関が、無言で腕を組んで立っていた。


「お前らも準備万端みたいだな」

「当然っしょ! あーしの炎で、あっという間にバーベキューにしてやるし!」

「……油断はするな。何が起こるか分からないのが、実地訓練だ」


関が低い声で釘を刺す。その落ち着いた漢らしさに、俺は自然と頷いていた。


「静かに」


不意に、周囲の空気がピンと張り詰めた。

ざわついていた生徒たちの声がピタリと止む。入り口のタラップの上に、いつの間にか担任のグレイが立っていたのだ。

相変わらずの隙のないスーツ姿。彼は手元のタブレットを軽く操作すると、背後の巨大なゲートが重々しい音を立てて開き始めた。


「これより、第1クラスの第一次実地訓練を開始します。ゲートの先は、学園が管理する『仮想界・森』。地形、気候、そして生息する仮想化心体……すべてが実戦に近いレベルで再現されています」


グレイの冷徹な声が、生徒たちに緊張感を走らせる。


「ルールは簡単です。制限時間は明日の正午までの24時間。徘徊する仮想化心体を討伐することでポイントが加算されます。最終的な獲得ポイントが規定値に達しなかった者、あるいは……『死亡判定』を受けた者は、即刻落第とみなします」

「し、死亡判定……!?」


白月が息を呑み、俺の袖をギュッと強く握りしめた。


「安心してください。致命傷を負った場合、防護服のセーフティが起動して強制転移でリタイアとなるだけです。現実の命を落とすことはありません。……もっとも、痛覚は設定値通りにフィードバックされますがね」


グレイは悪びれもせず、穏やかな笑みを浮かべた。


「では、健闘を祈ります。――ゲート、解放」

グレイの合図と共に、目の前の視界が歪む。

俺たちは、得体の知れない仮想の森へと、一斉に足を踏み入れた

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