金の指輪に誓って
私は再びロアストク公爵家一家の肖像画を見返した。
魔物の器となって成長しないはずのロアストクは自分を取り戻して成長し、代りに年老いて屍と化した公爵と成り代わっていたとは。
「父が死んで私が女侯爵に成り代わったように、あなたもディートヘルムとして公爵様になれば良かったのに。父親の振りをしないで。」
「私は死んだものとして城の奥底に隠されていた。君のように外に出て家の跡継ぎとして振舞うなど許されていなかった。豪華でも牢獄でしかない地下室から出たいと両親を憎んで、自分で親を殺した私と君は違う。」
私はロアストクの告白を聞いた事で、今度は部屋の扉を見返していた。
私が入ってきた扉。
この扉の向こうに中庭があって、そこに私の大事な人がいる。
オスカーはどうしてあんなにも孤独感に溢れていた人だったのだろう。
「も、もしかして、オスカーも生贄だったのかしら。」
「そうかもね。だが、私にはわからないよ。魔物の器となった子供達は魔物であったからこそ私には見えない。ただし、君だけは見えた。何故かは知らないが、君だけは光として感知できたんだ。それから君を見続けた。穴倉の中から君に会いたいと求めたぐらいに。だからバールは君が原因だと思い込んだのだろう。最初の子供にして最初に引き出された魔物、ベルゼビュートは。」
「え?」
私は再びロアストクに振り返っていた。
ロアストクは、水こぶだらけの顔であるのに、動かせば痛いだろうとわかる状態なのに、皮膚が破れるぐらいに口元を笑みにさせた。
「ロアストク。」
「ディートヘルムと呼んでくれ。」
「ディートヘルム?」
「ありがとう。では、友人として頼みをしていいかな。ベルゼビュートを倒してくれ。彼を殺すんじゃない。彼の計画を潰してくれ。」
「彼の計画?」
「神の千年王国の復興だ。」
私とロアストクは聞きなれた声に硬直した。
そして、振り返ってはいけないと思いつつ振り返れば、公爵家の肖像画がモニターとなっており、そこには王者のように椅子に座ったバールが映っていた。
軍服でもない軽装のスーツでしか無いが、金色に煌かせた髪は王冠のようであり、私達に向ける真っ青の瞳は上から見下しているものそのものでしかなく、我こそこの世の王と名乗っているようである。
「僕は王様になりたかったの?笑かす。」
「アルビーナ、君のそういう所は大好きだよ。そして乗せられやすい間抜けな所も。君が魔界の門を開ききってくれたおかげで、新しき魔物が私の新しき兵の中に入った。私に必要なのは古き魔物の一掃だ。ハハハ。ディートヘルム、いや、ヴァサゴの器だった者、かな?過去現在未来を知るという、ヴァサゴの器。素晴らしき君は殺しのリストに入っていないから安心して。私に必要なのは、世界の悪が滅んだその代りが生まれたってデモンストレーションだけなのだから。」
「ベルゼビュート、いや、ヤン・ヘルツォークと呼んだ方が良いか?王弟にして第一の王位継承者にして、生まれながらに公爵位を与えられた男。君はそれほどまでに王位が欲しかったのかな。」
え?と私は今知った事実に驚いた。
バールはバルタザールの弟のヤン、だった?
だから、ヤン公爵様だった?
まじまじと見つめ返した私に対して、バールは気さくそうな笑みを返した。
それから彼は馴れ馴れしい声で、ロアストクに返答するどころか私に対して、最低な言葉を放ってきたのである。
「ねえ、アルビーナ。お願いだよ。ジャンに殺されてくれるかな?そうすればみんなが平和に幸せになれると思うよ?」
「てめえをまず殺してからな。」
「ジャンは大事じゃないのかな?彼はもうすぐ粉々になりそうだよ。」
「え?」
バールは悪魔そのもののような、冷笑といえる表情に変えた。
そして自分をモニターから消して、私に見せたい映像を映したのである。
ジャンはミザナの慰霊碑の前にいた。
慰霊碑の前に跪く彼は、私が壊した魔都の地面にできたひび割れのように美しかった皮膚が裂けていて、真っ黒な美しい瞳だって真っ赤な血で真っ赤に染まっているのである。
「ジャン!あなたに一体何が!」
私が見守る中、映像の中のジャンは泣きだすようにして顔を両手で覆った。
彼の左手の薬指には、私が作り出した、オスカーの結婚指輪が嵌っていた。
「もうすぐ体が破裂して死んじゃいそうなのに、ジャンはそれでも君を殺したくはないみたいだね。あんなに君の裏切りを教えてあげたって言うのに。綺麗な女の子も用意してあげたって言うに。全く純粋な子だ。」
私はそこでようやく、ミラの町で記憶障害が起きていた本当の理由を知ったと思った。
「空き巣はあなただったのね。その時に、あなたはオスカーの指輪を服従の指輪に変えたりしたのね。」
「失礼な!空き巣は間抜けな君達の隣人だよ。察しの通り、私はオスカーの指輪を服従の指輪に変えたが、それは、君と彼の初めての夜の日だね。あいつは嘘つきだよ?君の気を惹くためになら、何だって嘘を吐く。嘘を作り出す。」
バールは私を絶望に追いやりたいようだ。
私から死を選ぶように?
でも、私はバールに唆されなくとも決意などとっくに固めていた。
「ロアストク。いえ、ディートヘルム。友人だというならばオスカーとカイをお願い。」
「私が死んだら約束はできないから早まるな。君が死んだら彼は私を助けないどころか殺すだろう。それもこの苦しみから逃れられる救いともいえるが。」
私は左手の金の指輪を外すと、それを錬成し直して二つに割り、細い金の指輪を二本作った。
刻印は細すぎて入れられないが、それでもオスカーには分かるはずだ。
私の真意ぐらい。
私は自分用の指輪を左手に嵌め直し、もう一つをロアストクに手渡した。
「これが欲しいなら自分を治せ、と命令しなさい。私の夫と子供を頼んだわよ?」
ロアストクは私を真っ直ぐに見返した。
緑色の瞳は美しく、オスカーが作り出した菜園を思い出させた。
私が大量のガラス瓶を錬成して作った薄いガラス板を使い、オスカーは自分の菜園を囲む温室を作ったのだ。
ウォーキングクローゼット程度の広さしかない温室だったが、そこではそこかしこで野菜の葉っぱが緑に輝き、葉っぱの中に真っ赤なトマトや色とりどりのピーマンが揺れていた。
ミラでの生活も楽しかった。
だから彼は私に夏の風景を作り出してくれたのだろうか。
「アルビーナ。約束するよ。君の大事な人達は守ろう。」
「ええ。刻印が無くとも私達はわかっているはずだと伝えてちょうだい。」
逃亡中でも私は幸せだった。
ジャンの為に、復讐のためにと、私は自分に言い聞かせていたけれど、でも、それは私が自分を責めたくはなかったからだ。
この軽薄な女めと。
だって、そう、私はオスカーを愛していた。
ジャンへの気持と違う愛を、私はオスカーに抱いていたのだ。
私はモニターを開いた。
最初の初恋を終わらせて、裏切った人への償いをするために。
同時に、アルビーナが絶対にハッピーエンドにはならないこの小説に、私自身で終演だと幕を下ろすために。




