世界の歪みの真実と子供達
私とオスカーとカイが落ちたのは、ロアストク城の中庭だった。
冬でも満開の花々に溢れている、この世の楽園のような美しき中庭。
その花々の絨毯に私達は誘導されたのである。
どうして?
だが、その理由は瞬時に理解できた。
落ちた時に殆どうつ伏せで、胎児のような姿勢をオスカーが取っていたが、それは彼の腹が大きく引き裂かれていたからである。
そんな彼の腹の傷が、私達が落ちた場所の草花が一瞬で枯れた代わりに、破れた腹の皮が伸びて腸を腹の中に押し戻していくのである。
次いで、枯れる事を厭いはしないという風に花々が蔦を伸ばし、オスカーに巻き付き、巻き付いたそばから枯れていく。
「オスカー!ああ、ああ!」
私はオスカーに縋りついていた。
彼は助かる。
助かるわよね?
「……びな。……いを。」
「オスカー?なんて言ったの。オスカー。」
「……カイ……を。」
私はずっと抱いていたカイをオスカーから隠すように抱きしめた。
だって、この子はピクリとも動かない。
私を守ろうとして死んでしまった。
私達の大事な子供を、私が守ってあげられなかった。
「ごめ、ごめんなさい。わた、私のせいで、カイが、カイが!」
「……いを、おれ、に。」
オスカーは私に手を伸ばした。
左手だった。
親指と人差し指だけしか残っていない。
彼はここまでして私達を守ろうとしていたのに、私は幼子一人守れなかった。
守るどころか守って貰って、それで幼子を死なせてしまっていただなんて!
「ああああ。オスカー!ああ、ごめんなさい。私のせいで、カイが、カイを!」
「……い、いいから、カイを……お、おれに……。」
私は鼻を啜り上げると、カイをようやくオスカーに手渡した。
オスカーはカイを抱き締めると、再び胎児のような格好となった。
そして、それを合図にしたかのように、一斉に花壇の花々が通常ではありえない蔦のように茎をのばしてオスカーの体を包み込み始めたのだ。
「オスカー。」
「恐らくこれで大丈夫だ。いや、大丈夫であって欲しい。」
私は私に声をかけて来た人物へと振り返った。
私達を自分の城に呼んだロアストクが立っており、彼は私に向かって頷くと、偉そうに顎をしゃくって見せた。
「こやつの後をついて来い。」
「こやつの?」
ロアストクだった男が一瞬で公爵家のお仕着せを着た召使いの姿となり、ろう人形のような無表情の男はロボットのような動きで踵を返した。
私は緑と色とりどりの花々の繭となったオスカーを見返した。
彼はこれで体を回復しているの?
「アルビーナ。」
「わかったわ。」
頭に響いたロアストクの声には、かなりの苛立ちが感じられた。
私は立ち上がると花壇を降り、私が付いてくるのを待って足を止めた召使いの元まで駆け寄った。
私が近づくや召使いは再び歩き出し、その召使いは城の中に入ると、真っ直ぐに城の奥底、城主の部屋のある場所へと向かっていった。
そう、ロアストクは自分の部屋に私を招く事で、彼が私達を助けた理由を一目で理解させたのである。
私は息を呑むしかなかった。
ロアストクは大きなベッドに横たわっていたが、彼のその姿は、私が以前に会った時のものでは無かった。
全身体液が滲出して出来た瘤だらけとなっており、腹などは地獄の餓鬼のようにして、大きく膨らんでいるという姿だったのである。
「オスカーがこの私を助ける事が出来るのならば、私は君達をこのロアストクにての滞在と庇護を約束しよう。」
私は何も言えずにただロアストクを見つめていた。
だって、ロアストクは髭が無いどころか頭髪も体毛も失って、手足などはガリガリと痩せこけているのに、胴体部分はぶよぶよの水風船のような姿ともなってるのだ。
「どうしてこんな!」
「は、はは。ヤン陣営で有名な聖女さまだよ。あの小娘。ヤンの願いをお聞きくださいと人の手を掴んで来たと思ったら、この仕打ちだ。」
「――ビアンカは水属性の魔女では?」
「水属性だからだよ。体内の水の循環系路を壊された。私が死ねない魔人だと知っていての所業だ。は、はは。年を取るようになった事を君のせいにせずに、君を守っていればこんなことにはなっていなかっただろうな。」
「魔人は死ねない?魔人が年を取るようになったのは私のせい?」
「そうだ。君は百年前の生贄の子供だった。バルタザールは儀式の度に生贄の数を増やしていった。五百年前は実の弟一人だったのにね。だが、哀れな生贄の数が増えたのは、それはバルタザールだけのせいではない。魔物を宿した肉親をそばに置く事で、魔力は使い放題に、永遠の命のようなものも手に入る上に、永遠の若さも手に入った。貴族達は我先にと、我が子を生贄に捧げたのさ。」
「そ、それでは、一万人の犠牲は魔人たちの、魔人となった貴族達永遠の若さの為だったの?魔人が増えたからどんどんと数が増えたって事なの?」
「は、ははは。その命は魔界の門を開くための駄賃でしかないよ。より沢山の魔物をこの世に召喚するには、開かれる門は大きくなければいけない。そして、本当の生贄は肉体に魔物の魂を入れる器となる人間の事だ。君は百年以上は生きている。ついこの間まで七歳の姿のままだったってことは、君は覚えているかな?」
「え?」
「君は九年前のある日突然、なぜか成長し始めた。そして君の成長に伴って、年を取らないはずの魔人達が年を取り、生きたまま腐って死んでと、哀れな変化を遂げるようになったのだ。」
「で、でも。あなたの言う事が本当ならば、あなただって魔物の子を持っていたのでは無いの?どうして私だけが!」
ロアストクは弱々しく右腕を持ち上げると、その指で私を指し示した。
いや、そうじゃない。
私の斜め横を彼は指し示しているのだ。
私はゆっくりとその方角へと振り返った。
壁には大きな肖像画が飾られていた。
私が知っている髭もじゃのロアストク公爵とその妻らしき美女、それから、二人の間で誇らしそうに微笑む十代の少年の姿。
「ダミアン・ロアストクとその妻。そして、生贄となった彼らの後継のはずの長男、ディートヘルム・ロアストク。つまり私だ。」
私は再びロアストクに振り返った。
彼は引き攣った笑みを見せた。
「君の成長と共に私には私が戻り、私も君と同じように成長した。君が成長した九年分。私も年を取ったんだよ。代りに両親が腐って死んでしまったがね。」




