再会と脱出
「きいやあああああああああああああああああああ。」
私はカイの悲鳴で、はっと目が覚めた。
寝ていた?
こんな緊急時に?どうして?
私の腕の中で悲鳴を上げたカイは、かなり脅えているのか私の腕から飛び出そうとワサワサと暴れている。
「ごめん。ああ、怖かったね。ああ、オスカーは戦っているのに!」
ミシ。
木のきしむ音に戸口を見返せば、そこにはオスカーが立っていた。
泥まみれで汚れ切っていて、服はところどころが破れて首筋には赤い傷も見えるという、満身創痍のいで立ちであった。
「ああ、あなた!無事だったのね!」
私は安堵のあまり腕を緩めてしまった。
そんな事はするべきでは無かった。
「きいやあああああああああああああああああああ。」
私の腕の中からカイが飛び立った。
飛び立った?
カイの大きく広げた腕には被膜が張っている。
オスカーは、ああ、剣を振り上げ、斬った。
いいや、斬っていない。
剣を突き上げるようにしてカイを剣で貫いたのだ。
「カイィイイイイイ!」
オスカーは剣に刺さったカイを邪魔なものそのものとして、ぶんと剣を大きく振って落した。
彼はそれから私に顔を向けた。
ぎこちない笑みは、オスカーのものではない。
私を守るための咄嗟だろうが、カイにそんなことをして、私のオスカーが笑みを作れるはずはない。
オスカーだったら瞬時に悲嘆にくれるはずだ。
だけど、そんな事など重要じゃない。
私は我が子に向かっていた。
カイに剣を振るったように、そいつが剣を私に振り上げていようと。
私がカイを抱き締めた丁度、男の剣は私へと振り下ろされた。
剣?
オスカーの村正がどうしてここにあるの?
「それはオスカーだけのものだああああ!」
私はカイを抱き締めて、怒りのまま最大出力の熱波を男へと放った。
それから、それから、急いでモニターを開いた。
彼を助けなきゃ。
彼はどこにいるの!
「オスカー!あ、あああ!」
モニターの中は狂った世界。
木々は天地を忘れたかのように根を天に持ち上げ、土は捲り上がり、液状にしか見えない泥土の中、真っ白い雪がそれを覆おうと押し寄せている。
「オスカーはどこ!どこにいるの!」
私の叫びに呼応するように、モニターの視点は固定された。
地面にうつ伏せで横たわる男。
彼は死んだようにピクリとも動かない。
死んだ?
オスカーが?
いいえ、死んだようによ!
全身から絞り出した悲鳴みたいな声をあげながら、私はモニターの中のオスカーにむかって体ごと手を差し伸べていた。
「オスカーああああ!」
ずし。
カイを抱いたままの私は彼の上に落ちた。
「ふくっ。」
微かだが、オスカーの呻き声が起きた、気がした。
生きている。
まだ生きている!
生きているはずなのよ!
モニターを!
急いでこんな場所から彼を連れて逃げなければ!
「ごめん!すぐに助けるから!」
でも、どこに逃げればいいの!
私達が許される場所はどこにあるの!
どこに逃げられるの?
「どうしてまともなモニターが出来ないのよ!私は何をしているの!」
私の混乱を表すようにして、私が作りかけたモニターは、作った先から次々と霧散してしまう。
何をやっているの?
オスカーが、カイが!
びん。
モニターが開いた。
でも、それは、私が開いたものじゃない。
モニターの向こうは花々が咲き乱れる天国のような風景。
私はそれでもオスカーの背中に抱きついた。
そして、そのモニターの中へと飛んで行けるように飛翔術に集中したのだ。
カイは動かない。
オスカーも動かない。
だったら、私も罠にかかって死んでしまったっていいのよ。
「アルビーナ!」
私は時間が止まった。
だって、その声は。
自分を呼んだ懐かしき叫び声の方を向けば、横倒しになった大木を船か足場にして立つ青年がいた。
金色の短い髪を混乱の気圧の風に揺らめかし、しかし、黒い瞳は揺らぐことなどなど無いだろうという風に私を射抜いていた。
「ジャン。」
息が止まった。
胸も喉も重たい石が詰まったようだ。
ジャンは強張った怒りの表情をしている。
彼は私の裏切りを知っている。
動けなくなった私と違い、彼は動き出した。
なんと、彼は私に手をさし伸ばしたのである。
一緒に行こう?
彼は私を許すというの?
「アルビーナ。ここに来るんだ。」
ジャンは私に微笑んだ。
太陽の化身みたいな彼の笑顔をもう一度見れるなんて。
嬉しさで胸がいっぱいになった。
そしてその分だけ、私は罪悪感でいたたまれなくなっていった。
私の脳裏には、ジャンとの幸せだった思い出どころか、目元を赤くして堪えているオスカーの辛そうな表情ばかりが浮かぶのだ。
ああ、堪え性のないジャンの表情が不機嫌なものになっていく。
そんな顔付までも嬉しいばかりなのに、だけど、だけど、私はオスカーのこの大きな背中を手放すことも出来ない。
「アルビーナ。」
「ごめんなさい!」
私はオスカーを抱く腕に力を込めると、そのまま罠のような花園へと私達全員を飛び込ませるために、飛翔術を念じ始めた。
「逃がすか!」
「待って、ヤン様!あの男の周囲に入ったらいけません!あの男の作り出した泥土に巻き込まれます!」
ジャンは一人じゃ無かった。
白い雪を背景に気が付かなかったが、彼には白いものが巻き付いていた。
白いコートを着ている、金色の髪に菫色の瞳をした美少女。
あれは、ビアンカ・ローデリカに違いない。
小説ではヤンを助けてヤンの伴侶となる女性であり、聖女。
「放せ!今そこにいるんだ!奴を殺さねば!」
「あなたが死んでは元もこうもありません!」
何だ、ちゃんと小説通りに物語は進んでいるじゃない。
ジャンは私を殺そうとしている!
私は歯を食いしばると、意識を飛ぶことにだけ集中させた。
「南無三!」
カイを胸に抱き、オスカーの襟首を掴んでいる私は、渾身の力を込めての飛翔術で、その窓へとロケットのように飛び込んだ。




