ざまあみろ
ジャンは左手に掴む指輪を投げかけたが、投げる代わりに剣を鞘に戻すと、空となった右手に指輪を握らせた。
次いで、オスカーを小馬鹿にしたように見つめながら、自分の左手をオスカーに分かるように閃かせたのである。
「アルビーナに見せてやろう。お前の生首と、お前の指輪。それからあいつを許すか俺は考えるよ。あいつは俺を死んでいたと思っていたんだっけ?それでお前に体を投げうった?じゃあ、確実な死体のお前を見たら、あいつは俺に何をしてくれるんだろうな?」
何もしないだろう。
オスカーはそれが確実だと思いながらも、余裕の笑みを崩さなかった。
それどころか、彼の願いを口にしていた。
「夫である俺の為に世界を紅蓮の炎で焼き尽くしてくれるだろう。」
ジャンはオスカーを睨みながら、オスカーの血にまみれた指輪を自分の左手の薬指に嵌めた。
ジャンは雷に至れたように背中をそり返した。
「俺がアルビーナの、……あるびーなの、」
ジャンの黒い瞳は光を失って穴倉のような双眸となり、次には、まるで身体の骨が抜けたようにぐにゃりとなって跪いた。
「ある、あるる、ある、アルビーナは」
「何、何がジャンに……。ああ!」
オスカーはジャンの変貌に驚きつつ、自分の指を失った左手を見返していた。
バールに骨ごと切られて落とされた左腕。
魔法回路が死んでしまったどころか、死体のようになってしまった腕だったと改めて思ったそこで、オスカーはバールが自分の左腕を切り落とした意図が何だったのか気が付いて恐怖を感じた。
そこまでするのか、という恐怖だ。
「奴は俺の指輪を服従の指輪にしていた!死んでいた腕では指輪の効力は発しない。だからそれはジャンに嵌めるためにか?どうしてそこまでしてジャンにアルビーナを殺させたいんだ!あいつは!」
「ヤン様!」
白いコートを羽織った少女が跪いたジャンに抱きつき、ジャンを抱き締めた。
そして腕の中のジャンの意識が混濁しきっているという事を知ったからか、母親が子供を守るようにジャンを抱え込んでオスカーを睨んだ。
それから彼女はあらゆる厄災は全てアルビーナの仕業だという風に、山がこだまするぐらいの大声で叫んだのである。
「討伐を!魔女に鉄槌を!」
「させるか!ああ!」
オスカーの背中に熱い痛みが差し込まれた。
剣をオスカーの背中にねじ込んだ男は、はすっぱな声と台詞を吐いた。
「お前こそさせるかよ。いい加減に死ねや。」
これで最後だと覚悟を決めた彼は、自分がコントロールできる生き物、自分が助けたニクテリスに意識を飛ばした。
最期ぐらいは愛する妻の顔を見て死にたい。
しかし彼がカイの目を通して見た映像は、自分でない自分の顔をした男がアルビーナに向かっていくところだった。
泥だらけの衣服は破れ、首や足首に赤黒い印が付いているが、その男はオスカーの罠を通り抜けられたようである。
「ヴェーラー。」
オスカーは意識を自分の現状に戻した。
彼の現実の瞳は、ジャンとジャンを抱える白い魔女、それから、猟犬のわりに騒々しすぎるかっての戦友達を見ていた。
オスカーの警報装置が破られていたとしても、どうして彼らの動きに一切オスカーが気が付かなかったのか?
オスカーのもう一つに視界は、ヴェーラーがアルビーナへと一歩を踏み脱すところも見ていた。
どうしてヴェーラーの足取りはあんなにも覚束ないのか?
「あいつは、死体か?あいつは死んでいるのに動いているのか?」
「ヤン様を守るため。心臓さえ動いていれば人は動ける。そうでしょう?尊い犠牲のもとに正義は執行されるもの。」
白い女は百年は生きている魔女のように顔を歪めた。
彼女に抱きかかえられたジャンは、少女に縋られている青年どころか、彼女の獲物そのものに見えた。
白い大蛇に巻き付かれた美しき青年。
悪意に飲み込まれてしまった哀れな青年。
「反吐が出るな、お前は!」
白き魔女によって動く死体に変化させられていたらしい戦友を哀れに思いながら、彼は自分こそ彼女と同じ下劣な人間だったと自嘲していた。
自分こそ動く死体を作っていたではないか、と。
「さあ起きろ、息子よ。母を起こせ。この汚れた世界を一掃できる女神を今すぐに起こしてくれ!」
「きいやあああああああああああああああああああ。」
オスカーは自宅の方角からカイの目覚めの叫びを聞くと、そのまま意識をピトニラ山を覆う全ての木々に飛ばした。
彼の血がしみ込んだ大地は、彼の怨嗟をも受け入れた。
土は木々の根によって押さえつけられ、雪の重みも木々が支えているのならば、支柱を失った世界はどうなってしまうのだろうか、とオスカーは微笑んだ。
「くそ、この魔物が!」
アンカーはオスカーの背中から転げ落ち、剣を持ったそのまま泥土に落ちた。
どぽん、と頭から地面に落ちたアンカーの体が土の中に沈んだ。
「アンカー!」
クレマーは叫んでアンカーに手をさし伸ばしたが、土の中で足掻くアンカーの振り上げた剣によって上半身が切り裂かれた。
二つになった彼は、どぼんとアンカーの横に沈んでいった。
「うわあああ!アンカー!クレマー!ちくしょう!」
ツウェルナーは二人を助けるどころか、オスカーが作り出した泥沼から後退ったが、二歩もいかないうちに足を取られて動けなくなったのだ。
そんな彼は、押しよせてきた雪の塊に飲み込まれて、一瞬にして、消えた。
「きゃああ!ジャンを!ああ、ジャン動いて!」
「畜生!死んでしまえ!このくそが!」
白い女が必死にジャンを引っ張りながら叫び、ベルツがジャンの体を抱えた。
崩壊し歪んでいく世界に、オスカーを囲んでいた敵は数を失い浮足立っている。
オスカーはジャンに止めを受ける事はなかったが、彼は自分が終焉を迎えていると感じていた。
しかしながら彼はワクワクしていた。
彼の光を失っていく瞳は、ジャン達が土砂崩れを伴った雪崩に巻き込まれていくところを捉えていたのだ。
「ざまあみろ。」
お読みいただきありがとうございます。
中島みゆきの「空と君のあいだに」を聴いてしまい、大昔に飼っていた柴犬を思い出して出来たストーリーでした。
柴犬そんな犬じゃない、と。
それで最後まで物語が頭の中にできてしまっていたので、とにかくこれを吐き出さねば他の話が書けないと書いていました。
次の章で最終章となります。
柴犬話に関しては、飼っていた犬の実話です。
ぜんぜん言う事を聞かず、叱ろうとする飼い主に逆に犬語で叱りつけたり、鎖を切って家出したりと、本当にろくでもない奴でした。
人間の男にしたら、外見は最高なのに我儘で乱暴で自分勝手、でも愛情は物凄く深く、いざという時は絶対に守ろうとしてくれるという点で、絶対に別れられないダメンズでしょう。
今でもあの子が最高の犬です。
そして、我が家の合言葉は、柴犬は飼っちゃいけない犬だね、です。
また柴犬欲しいけれど、あいつぐらいにろくでもない奴じゃないと嫌、そんな風に感覚が壊されてしまう、本当に恐るべき犬です。




