これが最期ならば
オスカーはアルビーナを守ることを決意した。
己の体が粉々になろうとも、共に生きてはいけなくとも、彼は彼女の為に生き抜いて死ぬことを覚悟したのだ。
倒れたままの彼は自分の腹が地面についていることを好機だと気が付き、今は時間を稼ぐべきだと考えた。
己の全ての命を注いでも、アルビーナの元に蔦を伸ばせ。
彼女の命綱となる蔦だ。
ヴェーラーを近づけるな、彼女を守れ、守るんだ!
「オスカー、答えろ。」
オスカーはジャンを見返した。
ジャンはアルビーナがここに来ていると思っていた?
ヴェーラーをアルビーナに放ったのは彼では無いのか?
「ヤン様、お早くこの男に止めを。」
「黙れ。お前もどうしてアルビーナがここにいないと知っていながら俺に教えなかった!それよりも、なぜ勝手にヴェーラーを動かした!」
「でも、だって。」
「伝えられるならヴェーラーに動くなと言え!」
「ヤン様!」
「アルビーナは俺が討つ。」
ジャンの言葉に聖女は粛々と頭を下げたが、その口元が嫌らしく歪んでいた事を下から見上げているオスカーには見えた。
この女は確実にアルビーナを殺すつもりだ。
なんとかせねば!
「ほら、オスカー答えろ。どうしてお前はアルビーナを連れてこなかった!」
指揮者として凛としているようでも、ジャンの声は不安そうなひび割ればかりを感じるとオスカーは思った。
「どうして一人で来た?」
優勢のはずのジャンの声は、不安を抱いている響きがあった。
彼はアルビーナがここにいたらどうするつもりだった?
そこでオスカーはハッとした。
ジャンは自分を殺すが、アルビーナは殺せないだろう、と。
そうだ。
自分こそジャンを殺した後は、アルビーナと逃げようと画策していたではないか、と。
さらに、オスカーが常に抱いている不安もジャンは持っているはずだと、オスカーは意地悪く考えた。
自分と一緒に逃げてくれるのか。
彼女の愛は自分にあるのか、そういった不安だ。
自分が彼女の愛を失った事を認めたくはない、だから、自分の不安を払拭する言葉が欲しい、きっとそんな思考に陥っているのであろう、と。
「ああ。彼女はお前と逃げるだろうさ。」
「何だ?オスカー?」
オスカーは皮肉だと自分を嗤った。
彼はアルビーナからの愛は無いと思っている。
彼女が自分に向けるのは、逃亡者としての仲間意識と、オスカーを巻き込んだ罪悪感と、自分をオスカーに庇護して貰うための必死な縋りつきでしかないと知っているのだ。
そこでオスカーは、ジャンが求める真実を、ジャンが揺らぐだろうと確信しながら、悪意を持って放ったのである。
「お前を殺す所を見せたくはなかった。彼女はお前が生きていた事を知らなかった。知らなかったから、彼女は俺の妻になった。あの朝の放送は良かったよ。一方的にお前に責められ罵られ、彼女はとっても傷ついて、さらに俺に頼ってくれたからな!」
「き、貴様は!」
「は、はは。アルビーナは一度たりとも君を裏切ってはいなかったよ。彼女を殺そうとしたのはバールだ。そのバールによってお前が死んだと教えられたんだ。彼女はお前の仇討ちにバールを殺そうと頑張っていたのにな!お前こそがバールの犬になった裏切り者だったとは!」
「貴様!」
完全に激高したジャンを見て、オスカーは、ざまあみろ、と思った。
そして、ジャンへの止めのようにして、オスカーはジャンに見せつけるように左手の指を持ち上げた。
アルビーナには変装用小道具としか思われていないが、オスカーは嵌めた時から一生をアルビーナに捧げようと誓った金の指輪である。
アルビーナが金貨から錬成した指輪なのだから、彼には一生の宝物だ。
自分が死んでその金の指輪が外された時、誰もが自分をアルビーナの夫と見做すだろう。
そんな情けない願いを込めて、アルビーナに指輪に永遠と刻んで貰ったのだ。
だが、自分がジャンに殺されても、彼女は自分を殺したジャンを許すような気もしていた。
彼女が愛しているのはジャンしかいないのだから、と。
だからこそ、オスカーはジャンに金の指輪を見せつけていた。
結局はアルビーナには二番手でしかない自分が情けなくて泣きそうな心を押さえながら、せめての意趣返しだと、ジャンに余裕の笑みを顔に浮かべながら。
「どうして刻印までいれるの?」
「指から外されて確認された時に、確実に結婚指輪だとわかるようにです。」
「あなたって拘るわよね。犬系だからかしら。」
「あなたは本当に口が悪い人だ。」
「何だ?」
「は、はは。何でも。口の悪い悪女との永遠の誓いを思い出しただけだ。」
「彼女は俺の女房だ!」
「死が二人を別った。お前達が互いに互いを死んだと思ったそこで結婚は終わったんだ。お前はどうしてアルビーナを諦めたんだ?いや、感謝すべきだな。お前がアルビーナの敵に尻尾を振る間抜け野郎だったから、彼女は俺と結婚したのだ!彼女は俺のものだ!」
「ふざけるな!」
「ああう!」
ジャンはオスカーの左手の指に剣を振った。
簡単にオスカーの左手は指を失い、指輪を嵌めた指が地面に転がった。
ジャンはその指を踏みつけ、それから汚いものを持つようにして拾い上げた。
それからジャンは指輪の内側に視線を走らせ、血にまみれていても読めただろう文字に見るからに怒りを見せた。
オスカーの心の中に、ほんの小さな勝利感が湧いた。
自分がアルビーナの夫であるとジャンに知らしめ、彼を貶められた勝利感だ。
自分はどうせ死んでいく。
だが、一瞬でもアルビーナの夫であると公然と認められたという喜びだった。
「こんなもの!」
世界にジャンのひび割れた大声が響いた。




