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剣と自尊心

 オスカーが地面に倒された数秒後に、オスカーの疑問の回答が現れた。

 木々の間からオスカーが殺したはずの人間の姿が次々と現れたのだ。


「ジャン、さすが!」


「この裏切りものが!」


 アンカーははしゃいだ声をあげてジャンの脇に立ち、ツウェルナーが唾を吐き捨てる勢いで罵りながら倒れているオスカーを蹴り込んだ。


「どう、どうして……。」


「植物も、生き物も、水で出来ております!」


 白いコートに包まれた金色の髪をした美少女が、ベルツとクレマーに守られるようにして姿を現わした。

 それから彼女は凛とした眼つきでオスカーを睨みながら、オスカーに種明かしともいえる言葉を続けたのである。


「植物は水が無ければそこでお終い。急激な乾燥で色を残したまま枯れさせる事もできる。そして人は水分量を変えることでむくんだり痩せたりするわ。」


「は、はは。俺の探索機能が壊れていた理由はそれか。それでもって、君はそっくりさんの生きているデコイも作っていたって事か。ジャンに率いらせたら絶対に俺は疑わない。そしてそこに俺が注目している間に、君が作った枯れ地に本隊を散開させて走らせたと。死なすための部隊を編成したとは、残虐だな。アルビーナは絶対に考え付かない。だからきっとあの清廉なる人はお前達に殺されようとしているんだな。」


「いいえ。彼女を殺すのはあなた。死んでいく彼女はあなたを恨むでしょう。」


「俺が?」


 そこでオスカーは足りない戦友の顔を思いだした。

 不在のヴェーラー。

 一番オスカーに体つきが似ている男。


 オスカーは腸が出ている自分の腹を押さえながら、それで起きた激痛なども堪えきって体を起こした。


 自分が生きている間に、彼女だけは逃がさねば。

 愛する彼女を逃がさねば。

 ああ、どうして彼女を眠らせてしまったのか。


「ああう。」


 しかし、オスカーはアルビーナへの声をあげる前に、悶絶の声をあげて地面に再び倒れることとなった。

 オスカーの肩には、銀色の切っ先が突き出している。

 彼に剣を刺したのはジャンではなく、クレマーだった。


「お前とお揃いなのが残念だけどさ、お前のお陰でジャンの剣みたいな剣が俺達の手にも入ったのさ。」


「ハハハ。あのロアストクのおっさんは小狡いよねえ。アルビーナの魔法錬成を読み取る細工した剣をお前に渡したんだってさ。」


 クレマーの言葉にツウェルナーがせせら笑いの声をあげた。

 オスカーは二人の会話に自分の剣を見返し、そして仲間だった男達が握っている剣が自分の持つものとそっくり同じだと気が付いて愕然とした。


 ここにいないヴェーラーもその剣を持っている。

 オスカーはその情況が引き起こす事態を想像して、悲鳴をあげそうになった。


 同じ剣を持つヴェーラーをオスカーだと信じて、アルビーナは疑いもせずにヴェーラーの腕に自ら飛び込むのではないか?


「なんてことを!お、俺こそ、アルビーナを危険にさらしてしまっていた。俺があの方を斬る剣を敵に渡していたとは。」


「きゃはは。これは切れ味が物凄くいいねえ。」


 アンカーがオスカーに向かって剣を振り上げた。


 しかし、彼がアルビーナが作り出した剣で死ぬのならば、それはアルビーナと共にあると言えるのではないか?


 彼は両目を瞑った。

 彼の次に彼女もきっと殺されるという覚悟と後悔からであったが、彼が生に足掻く事を止めたのは、二人が同時に死ぬ運命にあることこそ彼が望んでもいたことだったからかもしれない。

 そうだ、俺達は共に死ぬことはできるのだ、と。


 深い眠りにある彼女が痛みに苦しむことは無いだろう、それだけがオスカーが抱えた罪悪感をほんの少し和らげていた。


「ああ、アルビーナ。最低な男ですまない。」


 オスカーが最期だからと瞼に思い浮かべた愛する彼女は、別れる寸前の彼女の姿だった。

 彼女はただひたすらに、その美しい黒い瞳でオスカーを必死に見つめていた。

 彼だけを見ていたのだ。


 絶対に戻って来て。


「すいません、アルビーナ。」


 幻術使いがいるわ!

 気を付けて、あなたも気を付けて!


「そうですね、アルビーナ。幻術は人を惑わす術。私は惑わされた。」


 そして、剣は振り下ろされた。

 しかし、剣がオスカーを切り刻む事は無く、オスカーが数十センチ先で剣の切っ先が地面を突いた事を何だと思って瞼を開けてみれば、アンカーはよろけた人が地面に杖をつくようにして剣を地面に刺していた。


「ヤンったら酷い!」


「こいつは俺の獲物だ。お前らは邪魔すんな。クレマー、ツウェルナーもオスカーから下がれ!」


「いや、だってよ。ヤン。」


 ジャンは剣を振りかざし、クレマーとツウェルナーは降参という風にしてお道化た表情をしながらオスカーから一歩も二歩も下がった。

 その代わりという風に、ジャンがオスカーの真ん前に出てきた。


 ジャンがオスカーに向けた黒い瞳は、怒りと殺気で燻っていた。

 ジャンは最後通牒のようにして、剣の切っ先をオスカーに向けた。


「どうしてアルビーナをここに連れてこなかった。どうして一人だけで出てきた?確かにお前は俺よりも強いらしいがな。」


 オスカーは霞んでいく視界の中で、それでもジャンの剣の切っ先を睨んだ。

 ジャンの剣はやはりきれいだな、と、オスカーはむなしく思いながら。


 自分はその他大勢が持つ凡庸品で、彼は本物の唯一無二の剣。

 彼こそアルビーナの本命で、自分はその代替品だ。


「何それ!ジャンの剣のレプリカ?なんでそんなものを持っているの!」


 アルビーナの怒った声が急に脳裏に蘇った。

 彼女はオスカーがロアストクからレプリカ剣を渡されていたと聞くと激高し、彼から剣を奪うやそれを錬成し直したのだったと、彼は彼女の声と共に思い出していた。


「これで本当にジャンとお揃いですか。」


「いいえ。同じ種類の剣だけど、違う剣よ。あっちは源清麿。あなたのものは村正にしたの。あまりの切れ味のよさに人気があって、沢山の人が手に入れたがった剣よ。でも、人を切りたいという欲望を押さえられなくなる剣。そんな剣の妖気に惑わされずに使えてこそ、本物の剣士なの。あなたにぴったりでしょう?」


 思い出したアルビーナの言葉で、オスカーは気が付いて嗤った。

 なんと、自分のかっての戦友達がすでに剣の魔力に取りつかれて、殺人狂のような振る舞いをしている、と。


 アルビーナは自分を誰にも比べられないいっぱしの男だと認めていたのだと、それが分かったからと、彼は自分への自信を取り戻していた。

 自我を取り戻したのならば、兵士としてやるべきことをやるべきだ。

 大事な女を守るために生き抜くべきなのである。

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