覗き見野郎による宣戦布告
急に時間が止まったかのようにしてカイは動かなくなった。
カイの皮膚は見る見る間に青白い血の気を失ったものとなり、まるで色付け忘れた蝋人形のように硬質化してしまっている。
「カイ?」
カイはゆっくりと体を横に倒していった。
私は慌てて彼の小さな体を抱き留めたが、私の腕の中の幼児はマネキンのような質感で硬く冷たくなっている。
「かい?どうして!オスカー!」
見返せば、それはオスカーでは無かった。
黒髪だった髪色は白に近い銀髪で、私を見返す目はアイスブルーだ。
初めて会った男は、私に向けて口角をあげた。
「子供になんてことをするの?」
「子供?それはとうに死んでいたものだ。分かっているだろう?いや、それこそ目的か?貴様は死者を復活させて生者の命を奪う魔女だからな。」
男は小馬鹿にしたように私に言い放つと、私がオスカーとカイのために用意していたピザに手を伸ばして、そのひと切れを勝手に摘まんだ。
「おいしそうだ。覗きばかりのこの二週間、これは実際に食べてみたいと思っていたんだよ。」
私はカイの冷たい遺体を抱き締めながら、目の前の殺人者に対して募る怒りをそのままぶつけてやろうと魔力を自分自身に集めていた。
最大火力でこの男を殺してやる。
私自身も消しクズになるぐらい、一気に燃やしてやる。
「ハハハ、君に私が殺せるかな?何でもお見通しの私に?」
何でもお見通し?
コイツは氷使いで、だから、フィッツェンハーゲンで、でもって、強い魔力の持ち主はモニター術を使えるけれど?
彼は私よりも魔力は強いと言いたいのか。
「さあ、どうした?私を殺すのだろう?放ってみろ。お前の魔力を!私の魔力に敵うと思うならば!」
私は凍えて死んでしまったカイをぎゅうっと抱きしめた。
カイは死んで、オスカーもいなくなった。
ジャンには裏切り者の私だ。
死んだって構わない。
ぎゅうとカイを抱き締めた。
「きゃあああああああああああ。」
子供の大きな悲鳴に私がはっとすれば、私の腕の中のカイがオスカーに向けて両手を差し上げて叫んでいた。
「きゃあああああああああああ。」
オスカーは私からカイをゆっくりとした動作で奪い取り、私をまじまじと見つめ返した。
カイはオスカーに抱きしめられるや悲鳴を収め、生まれたばかりの赤ん坊みたいにしてオスカーの腕の中で丸まった。
「どうしたんだ、一体?」
私は動きを止めたまま、覗き見だけのロアストクが公爵として君臨し続ける理由が分かったと脅えていた。
幻術。
たったそれだけの術で、私は大事なオスカーと子供を焼き殺そうとしていた。
「アルビーナ。何が起きた?」
「あ、あの。ロアストクが。」
ロアストクが?
何でもお見通しの私に?
覗きばかりのこの二週間?
どうしてそんな言葉をわざわざ幻術の中で喋ったのだろうか?
「アルビーナ?」
「オスカー。いま、今、私は。」
「それは後でいい。私達の領地に踏み入れた者達がいる。」
オスカーはカイを私に抱かせようと自分の胸から剥がそうと持ち上げた。
しかし、数分前の恐怖、母親に襲われた過去を私のせいで思い出してしまったカイは、脅えすぎてオスカーから剥がれなかった。
「オスカー。カイを抱いていて。」
「君は?」
「もちろんあなたと一緒よ。私はロアストクに、いいえ、恐らく連合軍から宣戦布告を受けたみたい。そこにあなたとカイの処刑も含まれているならば、私は開戦するわ。あなたとカイを奪われてなるものですか。」
オスカーはニヤリと笑い、幼子の額をさらっと撫でた。
カイは急に全身の力を抜き、オスカーにしがみ付いていた指を緩めた。
それから彼は私にカイを差し出した。
「オスカー?」
「眠らせました。カイを頼みます。私は自分の大事な家を二度も奪われたくないのですよ。外の敵を殲滅してきます。」
「一人で?」
私は咄嗟にオスカーに手を伸ばしていた。
私の手を振り払うどころか、オスカーは私の手を自分で掴んで自分の頬に私の手の平を当てるなんてことをしてくれた。
「大丈夫ですよ。」
「ええ。物理的な事は心配していない。でも、敵は幻術を使って来たの。私はその幻術であなたとカイが死んだと思って、世界を灰にしてしまおうとしたの。」
「アルビーナ?」
「カイのお陰よ。カイが叫んでくれたから目が覚めたの。だから、だから、あなたも気を付けて!幻術使いが干渉しているのよ!」
「アルビーナ。」
「絶対に戻って来て。」
オスカーは私の手の平にキスをした。
そして私の手を離して、私へと身を乗り出した。
私は目を瞑り彼の唇を受けいれた。
「絶対に戻って来て。」
「地獄に落ちても戻ってきますよ。」
瞼を開けた私に対し、オスカーは笑みを深くした。
その笑みは私に初めて見せるものだった。
殺気ばかりの恐ろしい兵士の顔だ。
オスカーの笑みに脅えた私は、反射的にカイを強く抱きしめていた。
せっかく落ち着いて眠っているカイを起こしてしまうぐらいに。
「心配しないで。アルビーナ。」
オスカーは私の額に口づけた。
私は彼の唇によって一瞬で安らぎを得た。




