お前はギリギリじゃんか
ヴァーネビュネに飛んだ私達は、カイの服と取りあえずの食料を手に入れると、さらに西側へとオスカーの誘導で移動した。
「西部と北部を別つピトニラ山に行きましょう。」
「どうして?」
「西のフィッツェンハーゲンと北部のロアストク、どちらが私達を討伐するのか揉めることになるからです。」
オスカーはやっぱり兵士なんだなあ。
なんて考えながらオスカーの誘導に従ったが、モニターを出た先は山の中ではないか、と不安は一杯だった。
冬だよ?
雪山だよ?
ビバークするの?
だが、さすがオスカーと言うべきか、ピトニラ山にはそこかしこに廃村らしきものが点在していたのである。
「村があった、のね。」
「ええ。ありました。ピトニラ山は炭鉱だったんですよ。汽車が走るようになって一気に栄えて、そして、すぐに石炭は枯渇して廃坑となってしまった。」
オスカーの声はとても静かだった。
そして表情は硬く、私をじっと見返した。
「ここならば夜露はしのげます。ですが、誰もいない場所ならば、あなたが使ったようなモニター術で兵士が来襲して来る可能性も高いです。」
「私が使うようなメテオも気兼ねなく落とせるな。」
「はい。西のフィッツェンハーゲンは雹を落してきますが。」
「私はメテオだし、地面を業火で焼き尽くせるな。フィッツェンハーゲンの雹で私の炎が消せるか試してみるのは楽しそうだな。」
「あなたは!」
オスカーは笑おうとして喉を詰まらせた。
それは、こんな場所しか私を導けなかったと、彼が嘆いているからであろうか。
つまり、彼はとっても傷ついている。
それでもってこんなにもナイーブなのは、今の彼は胸に紐でカイを縛り付けているし、片手に重たいトランクを持っている姿なので、単にとても疲れ過ぎてしまったからかもしれない。
実際に疲れているはずだ。
午前中から昼過ぎにかけて北部のモイラ村を襲撃し、その後はミラで烏の行水をした後に買い出しに出て、夕方近くの今は子供と荷物を抱えて彷徨っている。
オスカーが馬鹿だと私が思うのが、私とカイに桃缶を食べさせても自分は一口程度しか食べず、私とカイを一時間休憩させた時だって見張りをして起きていたというところだ。
状況は私だって分かっているよ?
取りあえずの安全地帯であったモイラを出てしまった代償として、私達はロアストクの加護を失ったから、いつ誰かに襲われるかわからない状況だって事は。
だから常に背後に警戒して、安全な隠れ家見つかるまで動き回っていなければいけないのはわかるが、オスカーはたった一日で根を詰め過ぎだよ。
「ヴァーネビュネに戻りましょうか?今日一日ぐらいだったら、あそこにある宿屋に泊まっても大丈夫じゃない?あなたには休息が必要だわ。」
あ、見るからにむっとした顔をして見せた。
こっちは心配して労わりの言葉をかけたというのに!
「私はそんなヤワに見えますか?」
あ、オスカーが兵士だからじゃなくて、ここは前時代的な異世界だった。
それでもって、彼がその世界観の男性だったと忘れていた。
「あなたはどれだけ私が不甲斐無いと思っているのですか?」
「うるせえよ。お前こそ疲れたら疲れた言えよ!お前倒れたら困るのが私だろ?際限なく頑張るのが分かっているからこそ、休めって私は言ってんだよ!」
あ、あからさまに言葉に詰まった顔を向けた。
私は男女同権の世界の人間だから、というわけではなく、普通に性格がろくでもないだけだから逆切れなどいくらでもできるというだけだ。
でも、オスカーのむっとした顔は幼くて可愛らしかった。
とっつきにくそうな強面の顔立ちだからこそか、相好を崩すと途端に人好きのする魅力的な顔付となるのだ。
今は笑顔どころか怒りんぼうな顔だが、彼が人には見せない無防備な不機嫌顔をしているんだって事はわかる。
「そこでせせら笑ってくださるとは、私の顔はそんな変ですか?」
「もう!素敵な顔だなって見ているだけよ。子供みたいなひねくれ顔になった時のあなたは、すっごく可愛らしくなっているの。知っていた?」
「あ、あああ、あなたは!もう!」
耳まで真っ赤にさせた男は左手で自分の顔半分を覆い、思いっ切り私から体ごと背けてしまった。
私は可愛らしくなった男の肩に相棒みたいに腕を回すと、彼が身をかがめなければいけない程に少々力を込めて自分に引き寄せた。
「アルビーナ。」
「取りあえず一番状態のいい家に入ろう。数時間ぐらい私は横になりたい。あなたと一緒にね。」
「あなたは悪女だ。」
「さあ、早くしよう。子供って奴は、いつ起きるか分からないぞ。」
疲れ切ってギリギリだった風の男は目元を柔らかく微笑ませ、表情をゆるっとしたものに変えた。
私達は唇を軽く合わせた。
「一緒のお風呂は楽しかったね。」
「苦行でしたよ、私には。」
「じゃあ、やっぱりヴァーネビュネに戻って、適当な宿屋でやり直しをする?」
「ハハハ。悪女だ。でも、私は今すぐにあなたという天国を味わいたい。あなたとの風呂で私の頭の中はずっとそればかりなんですよ。だから今すぐ、子供が起きる前に、いいですか?」
あらら、そういう状態でしたか。
笑い出した私にさらに不機嫌な顔を作ったオスカーは、彼の大きな手で私の頬を包み、私の唇を今度はしっかりと塞いだ。
私はオスカーの首に両腕を回した。
「構わないが、とりあえず屋根と壁がある場所に入らないか?」
オスカーは私の口の中で楽しそうな声をあげた。




