家族を持ったのだから犯罪者となろう、という決断
さて、モイラを制圧したその後の私達だが、目的の粉挽き用の水車小屋はすぐに見つかったがそれはバラバラに崩れていた。
ニクテリスに追われた村人達が最後に逃げ込んで抵抗した場所らしいと、私達はその建物の残骸をひと目見て理解した。
そしてそのまま、ぼんやりとその絶望の現場を眺めるしかなかった。
「どうしますか?」
「そうね。どうしましょう。カイの体を綺麗にして、何か温かいものを食べさせてあげたいのに。この子は何も食べていないのでしょう?」
オスカーは自分の腕の中で寝入ってしまった子供を見下ろし、軽く溜息を吐くと子供の睡眠を妨げないように優しく抱き直した。
ガリガリに痩せていた子供は、一時はニクテリス化はしていたらしい。
それでニクテリスに血を吸いつくされずに済んだが、完全にニクテリスにメタモルフォーゼ出来なかったため、死体置き場に動けないまま放っておかれる事になっていたようだ。
それでも良く生きていたな、と、私は子供の頭を撫でた。
「襲われた時の記憶が残っていないのは救いですよ。真っ暗な地下室の隅で半ニクテリスとして眠りにつけていたのは幸運です。」
「そっか。カイは凄い幸運の持ち主だあ。」
カイは自分がカイという名前だという事は憶えていたが、自分の家族の事は何一つ、いや、家族の記憶どころか言葉さえも殆ど忘れているようなのだ。
また、恐怖による心因性の可能性もあるが、ニクテリス化によってカイの脳の働きはかなり悪くなっているらしい。
回復士の目でカイを診たオスカーによる診断である。
そして当のカイはオスカーを父親だと思い込んだようなのだが、私が母親であるとは彼はなぜか決して思いこまない。
パパとオバサンである。
確かに、中の人は十六歳ではない。
まあ、いいけどさ。
いや、良くない。
カイが私の腕に来ないせいで、私が重たいトランク係になっているぞ。
しかし、手の平に感じたカイの髪の毛はべちょべちょで気持ちの悪いものだが、小さくて丸い頭というものはこの上ない庇護欲を掻き立てるものである。
「とにかくこいつは生きている。私達が倒したニクテリスの中にカイを襲った奴もいたって事でさ、私達がよくやったっていう証そのもじゃないか。こいつは大事にしてやらないとな。オバサンと呼ばれても。」
「ハハハ。そうですね。大事にしてやらないと。パパと呼ばれたからには。」
「ちくしょうめ。」
「ハハハ。」
私達は微笑み合った。
それはやるせない表情でしかない笑い顔であっただろう。
ニクテリスに襲われているカイは、この先誰の手にも渡すことが出来ない。
私のせいで殺されたモイラ村の生存者達と同じ運命になるのだ。
「それで話は戻しますが、これからどうしますか?」
私はオスカーを見返した。
どうする?
ここでジャンを待ち、彼に討たれようという考えは完全に却下だ。
カイを道連れに出来はしない。
もちろん、カイを誰にも委ねる事が出来ないのであれば、彼を守るために私達こそ生き延びねばならない。
「ああ、どうしよっかな。どうしようもないな。」
「本当にどうしようもないですね。ドロドロで、保護した子供に何をしてやる事も出来ない。」
「泣き言は却下だ。」
私はオスカーを睨み返し、彼が言葉通りにどろどろに汚れてしまっていたな、という今更な感想を抱いた。
汚れ切った子供をずっと抱いていて、その前には小汚い蝙蝠人間の駆除を接近戦で行ったのだ。
汚れてぐちゃぐちゃになるのはいたしか無いだろう。
そして私もきっとかなり薄汚れている。
「ああ。お風呂に入りたい。何もない山奥でもいい。温泉に浸かりたい。」
「ハハハ。あなたこそそれ泣き言です。でも、俺もそんな感じですよ。温泉、いいですね。昔に山岳訓練した時にいい場所がありましたよ。」
私はオスカーに笑顔を向けた。
私は自分が行けた場所、人の視界をジャックできた地点、そこにしかモニター術が使えないのである。
そんな私の相棒が元兵士で、世界をよく知っているとは、最高じゃないか。
「はっ。泣き言ばかりの自分に、ありがたきお褒めを!」
「その返し!偉そうな物言いの心の声を私は表に出していたか。まあいい。とにかくイメージして頂戴。そこに私達は飛びましょう。」
オスカーはせっかくの笑顔を、先ほどよりもやるせなさそうな表情に変えた。
そして、終了のお知らせを口にしたのだ。
「三年前に土砂崩れで潰れています。」
「チクショウ。こうなりゃ、私は犯罪者になろう。ゆっくり風呂にはつかれないが、汚れたままよりはいいだろう!」
私はモニターを開いた。
オスカーはモニターを覗いて、ひゅう、と口笛を吹いた。
「行けますか?」
「その心配よりも、予約していない部屋でもお湯のシャワーが出るかな?そっちを心配しろ。」
私は左手でトランクの取っ手を掴み、右手でオスカーの胸元を掴むと、自分の作り出したモニターの中へと飛んでいた。
オスカーが楽しそうな笑い声をあげたのは、私達の楽しかった思い出の場所、ミラのホテルの一室であるからだろう。
私は部屋に辿り着くと急いで部屋の扉の内カギを掛けに走った。
カイを床に置いたオスカーは、なんと、ポケットからしなびた草を取り出した。
「いつの間に!」
オスカーはどや顔で部屋に置いてあったカップにその草を活けると、草入りのカップを私が閉めたばかりの扉の前に置いた。
草は見る見る間に扉を覆い、ちょっとやそっとでは扉を開けられないだろう障害物となった。
「これで少しは時間稼ぎが出来ます。」
「さすが!よし、まずはここで体を洗おう。目的はそれだけ!」
「了解。次はヴァーネビュネに飛んでください。カイとあなたに桃の缶詰を買ってあげたい。それに。」
「それに?」
「植物だらけの山岳地帯ならば、植物を操れる私には最適です。」
「仰せの通りに。では急ごう!ほらほら、急いで服を脱いで。」
「え?」
「時間が無いんだ。一緒に入るぞ。背中を洗い合えば時間の短縮だ。」
オスカーは隠密行為なのに大声の笑い声をあげた。
私が慌てて彼の口を手で塞ぐと、彼は私の手の平にキスをしてきた。
「ひゃっ。」
「あなたと一緒なら、いつでも楽しくて幸せですね。」
「それは私のセリフだよ。さあ、体を綺麗にしてもっと幸せになろう!」
「仰せの通りに。」
汚れた男の笑顔は綺麗な時よりも魅力的なのは何故だろう。
まだ泥を落す前なのに、オスカーはとっても輝いて見えた。




