包囲網について
バールの作り出したモニターは、会議室の白い壁の一面を使ったという大掛かりなものであった。
そのため、ルビータの北部の寒村に大きな魔法陣が描かれて、業火がその魔法陣を彩り、その次には建物が大小関わらず次々と弾け跳ぶ、そんな光景がモニターを鑑賞する者達全員に怖気以上のものを与えたのである。
ジャンは怖気どころではない。
自分こそあの場にいて、自分こそアルビーナの為に剣を振るっていたはずだと思えば、今の自分の身の上は憎らしいばかりで、映像を眺めながら悔しさで拳を握っていたのだ。
映像はオスカーの姿も映していた。
ジャンが持つ剣と同じようで違うものを振り回し、ジャンのよりも大きな体であるがためにダイナミックで美しいと見る者すべてに感じさせる勇姿である。
「ヤン様。」
ジャンは自分の拳に温かで柔らかな手が勝手に乗ったと苛立たしく思いながら、その手の持ち主を見返した。
「お気持ちはわかりますわ。あのような殺戮行為、人として到底許されるものではありません。」
「ニクテリスの駆除だよ?ニクテリスこそルビータの民を蹂躙して虐殺した。俺は自分こそがこの駆除に参加できなかったことに憤懣を抱いている。」
女性に対して言い過ぎだとジャンは思ったが、彼の物言いでビアンカの手が軽く浮き上がったので、彼はこれ幸いと自分の手を彼女から引いた。
ビアンカは顔を真っ赤にして、泣きそうな顔を俯かせた。
ここもアルビーナとは違う、とジャンは感じるや白けた。
アルビーナはジャンが傷つければ言い返して来たのである。
それがジャンが正しくアルビーナが間違っている時でも、彼女は屁理屈でもって言い返して来たと思い出し、彼は胸が痛んだ。
自分はどうして彼女を探しにいかなかったのか。
死体に見えた映像は本物だった。
自分もオスカーのように彼女の遺体を探しに行っていれば、オスカーのように彼女を生き返らせられなくとも一緒にいられただろうに、と。
あの男に奪われる事も無かっただろう、と。
「ヤン。アルビーナはここにいる。進撃しますか?」
バールの静かな声に、会議室中の目は全てジャンに集まった。
ジャンは茶番だと思いながら立ち上がり、全員をねめつけるように見回した。
大軍を持って南部から北部に打って出るには遠すぎる。
汽車の移動となれば早いが、その汽車には兵士しかいないとなれば、アルビーナどころか敵対している西部のアレクサンダー・フィッツェンハーゲン公爵によって車両ごと破壊されるだろう。
あるいはがら空きとなった南部を攻められる。
ジャンは今の時点では南部から動けない。
アルビーナとオスカーはそれを見越して北部に逃げたのだろう。
ジャンは言うべきことが決まると口を開いた。
「進撃?たった二人の間抜けだ。彼らをこちらに呼び寄せれば良い。自分達で破壊したミザナに呼び寄せ、そこで囲んで滅ぼせばいいのだ。」
「ヤン?どうやって彼らを呼び寄せるおつもりですか?」
ジャンはバールを見返して、お前こそ分かっているだろうと口元を歪めた。
バールは映像を見せる前に、北部を治めるロアストク公爵が中立の立場であると公言している、と、白々しくも報告したのだ。
北部はルビータに組み込まれる前より、ロアストク一族のものであり、公国として存在していた場所である。
ルビータにおける王位継承もその他の地域での支配権の移動も、北部は一切関知せず、北部は北部として今までと変わらない立場を取るとの宣言だった。
西部のフィッツェンハーゲン公爵もそれに同調した。
「中立を騙っているあの男は、アルビーナ達が勝手にニクテリスに侵略された土地に逃げ込んだと言い張ってる。ニクテリスは人間には脅威でしか無いのに、彼はどうしてニクテリスの駆除に動かないのだろう?」
そこで彼は大きく息を吸うと、バールの台本通りに動いている気がしながらも、彼が思う事をバールに対して命じていた。
「ルビータの国民に害をなすニクテリスの駆除を今すぐしろとロアストクの尻を叩け。奴が出来ないならば、我が軍の精鋭を派遣すると申し入れよ。ニクテリスに侵された三村、今すぐどうにかできないのならば、ロアストクの治政に疑問が湧くとも伝えておけ。」
「かしこまりました。綺麗な土地となってもアルビータ一味がそこに居着いているならば、ロアストクこそがルビータに害をなすものとなる。」
「そうだ。アルビーナをロアストクは追い出すか殺すかしなければいけないだろう。出来なければ我々が駆除に赴く。必死にならざるを得ない。そしてアルビーナ達は、どこの地にも根を下ろせないならばと、誰の支配にもない場所に逃げ込まざるを得ない。そこは、彼らが破壊したミザナしか無いだろう。」
「でも、それでは穴があります!」
ジャンは会議用机を叩く勢いで立ち上がったビアンカを見返した。
ほんの少し見直した、という感想を持ちながら。
しかし、会議参加者全員の視線を一斉に受けた彼女は、寄る辺なさそうに祈りのように組んだ両手を胸に押し付けて、息を呑んで黙り込んだ。
貴族の子女であるという彼女の生育環境では、女が出しゃばってはいけないという躾が彼女に深く刻まれているようである。
ジャンはそこまで考えて、やはり面倒だと思いながらも、彼女が気兼ねなく発言できるように言葉を発した。
「穴があるという君の意見をお聞かせ願えないだろうか?」
ビアンカはジャンにこの上ない笑顔を向けてから、緊張を押さえるようにしてハフッという風に大きく息を吸った。
それから話始めた彼女は、この一連の仕草こそ演技では無かったかとジャンが思う程に、凛ととした顔付であった。
「彼女にはモニター術があります。それがある限りどこの国にも、どんな場所にも逃げ込めるはずでは無いでしょうか?」
会議室の視線は全てジャンに向いた。
その視線は、婚約者であったジャンこそアルビーナのモニター術について語っていない、という非難ばかりが含まれていた。
ジャンは彼らに微笑み返すと、心配は無用だ、と言い放った。
「アルビーナは自分が行った場所にしかモニターを映せない。彼女はマナーハウスとミザナしか知らない。だからこその汽車を使っての北部逃亡だったのではないか?」
「おお、それならば、行き先が無くなりましたらミザナに戻られますな!」
「ミザナならば我々が囲ってしまえる!」
口々にジャンに同調する言葉が囁かれ出し、ジャンはこれで会議は終了だと再び議長という名の本物の指揮者を見返した。
バールは飼い犬に飼い主が見せる笑顔を向けていた。
いい子、だ。
ジャンは歯噛みをしながら、ロアストクがジャンに北部への道を開いてくれることを願った。
アルビーナの待つあのモイラという村に精鋭を向けるならば、その精鋭はジャン自身であるのだ。
彼はアルビーナの元に向かいたかった。
それが殺し合いにしかならなくとも。
「もう一度、空にモニターを描かせてください!次はもっと鮮明な画像を空に描けると思います!アルビーナを追い詰めましょう!」
ジャンはビアンカの明るい声にハッとして、自分の横の女性に振り返った。
彼女の瞳は期待と希望に輝いていた。
ジャンは聖女と他者に思われているらしい女性にぞっとした。
聖女とは、他者を悪と断定したら、これほどまでに残酷になれるのか、と。




