絶望で空っぽの箱には希望が残る?
私が唯一しがみ付けるあなたが嘘ばかりなの?
私は怖々とオスカーの顔を見上げれば、オスカーはやるせなそうな、今朝に見せていた、思いつめて傷ついているような表情となっていた。
「……教えて。あなたが私に吐いた嘘について、私に言って、教えて頂戴。」
オスカーは私が望むまま口を動かしたが、その言葉に声はついて来なかった。
彼は次こそ声を出そうと息を吸ったが、やはり声が出なかった。
オスカーはぎゅうと両目を瞑り、しばし沈黙の後、再び口を動かした。
その言葉には音が付いていた。
「――知っていました。」
「知っていた?何を?」
オスカーは瞼を開けて私を見つめた。
ここで終わりという風に、彼は私をじっと見つめ、それから私から目を逸らして俯くと、苦しそうに絞り出した声で続きの言葉を吐いたのである。
「ジャンが生きていた事を、私はあなたの誕生日前には知っていました。」
「あああああああああああああ!」
私は両手に拳を作り、オスカーの胸に叩きつけていた。
彼は知っていた?
新聞を買ってこなくなったのは、私にバールの動向についてわからないと言っていたのは、ジャンの生存を隠しかった、それだけか?
「裏切者おおおお!」
私はオスカーに叫んでいたが、叫びながら私のどこかが私に囁いてもいた。
だけど、それは大事なことか?と。
大事なことよ。
すごくすごく大事なことよ。
だって、ジャンが生きていると知っていたら、私はオスカーと体の関係を結んだかしら?
ジャンの裏切り者になっていただろうか?
そうでしょう?
取り返しのつかない選択をしたのは、全てオスカーのせいじゃない?
「私はあなたを失いたくなかった。あなたをジャンに返したくなかった。」
オスカーの謝罪の言葉に、私は自分こそが何も見ない振りをしていた事実に気が付かされた。
新聞ぐらい自分で買って来れば良かったのだ。
私がバールの動きを知らないままにしていたのは、かりそめの幸せな生活に耽溺していたかったからじゃないの?
ミラの生活は楽しかった。
オスカーとの共同生活は、毎日が楽しかった。
「あああああああああああああ!」
もう一度、思いっきりの力を込めてオスカーを叩きつけた。
本当は叩きつけたいのは私自身だと言うのに。
でも、オスカーは叩かれるままだった。
私の拳はオスカーの胸を粉々にする勢いで殴りつけていて、全ての鬱憤を込めて殴りつけているのに、彼はなすがままに全てを受けいれている。
そのぐらい自分の罪は深いのだという風にして!
彼は私からどんな痛みを受けても、流すどころか受け取るばかりで、それなのに、私の背中に回している彼の腕は私を守ろうと優しく添えられている。
私の拳は彼の身体に打ち付けられる度に力を失い、いつの間にか拳はオスカーに爪を立ててしがみ付く赤ん坊のような頼りないものとなっていた。
「ペルレ。」
きっとこれが答えなのだろう。
私は結局オスカーにしがみ付くしか出来ない。
「ペルレ。」
「あなたを失えない。」
「ああ、ペルレ!夢だった。毎日が夢のようだった。私には生まれて初めて叶ったような幸せだったんです。」
私はオスカーの生育環境を知らないと、今初めて気が付いた。
自分はモテない、人に必要とされない、と彼からよく聞いていはいたが、そう言えば彼から両親の話題など聞いた事など無いと急に思い立った。
夢なんです、妻がいて、子供がいて。
オスカーが過去に呟いた言葉が私の脳裏に蘇り、彼の孤独が辛いと私の胸はきゅうと締め付けられて痛んだ。
その痛みによって、オスカーにしがみ付いていた私の両手には力が入った。
オスカーはそれを私の彼への嫌悪によるものと勘違いしたのか、私を抱く腕を緩めて私を解放しようとした。
「私のせいであなたは全てを失った。私はあなたという世界を一瞬でも手に入れたと言うのに。本当に申し訳ありません。」
「一瞬で飽きられるなんて、私は大した魅力なのね。」
「ペルレ!そんなことは!」
オスカーの顔は怒りで満ちていた。
私への侮辱となる言葉、それが私自身による自嘲だとしても、彼は許さないようである。
私しか無い男。
ジャンと同じくらいに馬鹿な男。
そして、私が気が付かないうちに、私のかけがえのないものともなっていた男。
「だって、あなたの夢は妻と子がいてこそでしょう?なのに一瞬だけで満足しちゃったの?」
オスカーは呆気にとられた顔となり、そのすぐあとにぷっと吹き出した。
そして私に何かを言い返そうと口を開いた。
「うわああああああああああん。」
私達は凍り付いた。
だって、今の泣き声は獣の泣き声じゃない。
小さな子供の泣き声だった。
気が付けば、私は温かな囲いを失っていた。
オスカーが私を振り払った、のだ。
彼はそれは勢いよく私を振り払ったから、私は地面に尻餅をついてしまった。
でも、そんな事は大したことじゃない。
だって、村長の家の中へと消えてしまったオスカーは、数分後に私の元へとちゃんと戻って来たのだが、その時には、腕の中に生存者を抱えていたのだから。
幼稚園児ぐらいにしか見えない小さな男の子だ。
金色に輝くはずの琥珀の髪は汚れてぺったりと萎み、白いはずの肌は傷と垢で赤黒く染まっていたが、彼の瞳は菫色でとても美しかった。
「仲の良い夫婦にコウノトリが子供を運ぶものだと私は思い込んでいたわ。魔女と間抜け男ではニクテリスがその役目を負うのね。」
オスカーは半分泣きそうな顔で私の冗談に吹き出すと、抱いている子供を少しだけ持ち上げて嬉しそうに宣言をした。
「ニクテリス便でしたが、この子はどこもかしこも人間の子供です。」
あなたが嬉しそうなのは、妻と子を手に入れたから?
尻餅をついていたままの私は立ち上がり、オスカーの元へと進んで、子供を抱くオスカーに腕を回して抱き締めていた。
偽物だろうと夢が叶ったと思い込んで、命を懸けて幸せにしようとする男。
「この子はただの子供です。俺達が今日ここにきて、ニクテリス達を滅ぼしたから助かった命です。そうですよね。」
オスカーは泣いていた。
ずっと一人で自分の選択に罪悪感を抱いていたに違いない。
私に嘘を吐いていたと辛かったに違いない。
「ペルレ、俺は。俺は間違ったかもしれませんが、間違った選択による今のこの時なんですよね。」
「間違いだったって繰り返されると、私らの関係が間違いみたいで嫌だな。それよかさ、お前こそ私に言えよ。一抜けは許さないって。いや、そうじゃない。最後まで責任を取る覚悟でいろ。私とこの子、お前は一生大事にして愛していかなきゃならないんだぞ。お前のお荷物になろうがな。」
「夢みたいですよ。」
泣き笑いした男の顔は情けない事この上なかったが、今日この日の私の心を慰めた大事なものとなった。




