来た見た勝った、だからここで待つ
確かにオスカーの言う通りだ。
前進が適わなければ後退するしかない状況であるならば、たった二人しかいない障害物の私達を潰す方が逃げ切れると思うものだ。
だが、私はアルビーナだ。
「それが出来ない程の恐怖を与えてやるんだよ。」
オスカーは顔から手を下げ、私に向かって形の良い眉を上げ下げして見せた。
もっと言ってみろ?ってことかしら。
私は少しだけいい気分になると、壇上に昇った女優のような気持ちで、いいえ、高校の演劇部の友人と貴婦人ごっこをした時のようにして語って見せた。
「うふふ。私達は巣を壊されたスズメバチだって諦めてしまう、恐るべきヒグマになってしまうの。人間の姿から遠くなってしまったニクテリスだからこそ、私達が自分達では太刀打ちできない魔物だと知れば脅え怖れるのでは無くて?」
オスカーは何の感銘も受けなかったという顔付きとなった。
それどころか、珍しいぐらいの不満顔のように見える。
「あら、どうなさったのよ。その顔は?」
私の計画性の無き計画が気に入らないのかと首を傾げると、物凄い勢いで彼は私の口に自分の口を重ねてきた。
で、すぐに唇を剥がした彼は、私を追い立てたのだ。
行きますよ、と。
「行きますよって。行きたくないんならそう言えよ。私はあなたにどこまでも一緒ってお願いしたけどね、従順なだけの奴隷はいらないんだよ!」
「そこですよ。」
「そこって。ああ、私の物言いがムカつくか。」
私はしまったと思っていた。
ジャンはこの前世の私自身に慣れていたので、ジャンの前では平気でこの地を出していたが、オスカーはこの異世界の世界観で生きてきた人であるから、きっと楚々とした女性像の方が好きなのだろう。
考えてみれば、彼に助け出されて以来、私はいつも彼に頼って甘えていた。
それが急に乱暴な命令口調でしか話さなくなった、なんて、きっと夢が破れたみたいにしてぞっとするわよね。
「ごめんなさい。私は苛ついていて、ちょっとのことであなたに八つ当たりしてしまうわね。言葉遣いも乱暴すぎた。気を付けます。」
「だからそこですって!」
オスカーは本気で怒った顔を私に向けていた。
分かんないよ。
「どこがそこなのか言わなきゃわかんない。あなたはどこが嫌なのよ?」
オスカーはきゅっと口元を真っ平にした。
絶対に喋るものか、そんな意固地になった時の子供みたいな顔である。
「どうして何も言いませんの顔になるの!」
「自分が口にして、あなたがその通りにするのが嫌です。」
「あなたが言わなきゃ、私はあなたの思惑が外せないじゃないの!」
「思惑は外さないでくださいよ!」
「もう!あなたの言う通りにするのは嫌で?あなたの思惑は外されたくない?ぜんぜん意味が分かんないよ。もういいよ!」
私はオスカーの腕を乱暴に掴むと、自分が作り出したモニターの中に考えも無く飛び込んでいた。
飛び込んだそのすぐ後で、自分の目で確認していない場所に辿り着けるのかと、チラリどころかかなりの不安に陥ったが後の祭りだ。
けれど人生は、当たって砕けろ、失敗は成功の元である。
一寸先に足を踏み出した時、そこは闇だったが、正解この上ない場所だった。
私はようやく勝ち星を挙げていた。
「本気でど真ん中ですね。」
蝙蝠の巣かどぶ鼠の巣のような、ゴミと死体と腐ったもので山積みとなった世界には、吸血鬼らしく寝ていたニクテリスが数十体は存在していたようだ。
彼らはつぎつぎと起き出して立ち上がり、突然の来客に逆毛を立てて怒る獣のように唸りながら私達を取り囲んでいく。
「臭いな。ああ、臭い。嬉しいぐらいに臭いぞ、お前達。」
獣が放つ臭気はメタンガスを含んでいるものだ。
そしてここは完全に密閉されていて、乾燥した糞や吐しゃ物が粉々になった埃がそこらじゅうを舞っている。
「汚いは綺麗を呼ぶのさ。さあ、オスカー。お前が動くのは私がファンファーレをあげてからだ。」
私は人喰いで不潔な生き物を一網打尽にするが如く、私とオスカーの周囲にぐるりと円陣を描くや世界に業火を放った。
どおおおおおん。
夏の夜に大きな花火が打ち上がったあの音に似た、世界が揺らぐほどの大きな音がモイラの中心にて起きた。
蝙蝠人間に成り下がったイカロリアスの民、ニクテリス達は、村長の家を占拠していたくせに、巣にして籠っていたのは家畜専用の大きな納屋だった。
納屋の屋根など、私が起こした爆炎で吹っ飛んだ。
籠っていた重いぐらいの臭気も、これでもかと日の光をさえぎって出来ていた暗闇も、一瞬で消え失せたのである。
「私が動くまでも無く一掃ですか?」
「撃ち漏らしなんていつだってあるものだ。」
私の言葉に呼応するように、納屋の隅に固まっていたらしきは生き残りがのそのそと立ち上がり威嚇し始めた。
しかし、明るくなった世界では、彼らは許されざる者だけでしかない。
「ぐぎゃああああああああ。」
「ひゅごおおおおおおお。」
冬のうす曇りでしかない淡い陽の光だろうが、ニクテリスには裁きの光と変わらないようだ。
爆風によって燃えた身体は更なる陽の光の追撃でボロボロに崩れていく。
「おまえらがががが。」
全ての苦しみを与えた者へ鬱憤を込めて、かぎ爪が何本も私に向かって来た。
だが、私の後ろで私を絶対に守ろうと控えている男がいる。
オスカーは私を一瞬で自分の背に隠すと、世界に銀色と赤色の曲線を描いた。
「凄い切れ味だ。遠心力だけで人を真っ二つにできるなんて。」
「そいつの切れ味を計る言葉に、刃に落ちた葉っぱを触れただけで真っ二つにできる葉二のほかに、人間の胴を真っ二つにできるから胴二つなんてもんもある。」
「ではこれは胴六つくらい行きそうだ。」
オスカーは私に襲いかかってきた三体を一振りで粉々にしていたようだ。
彼の後ろに回った私が見えたものは、彼によって既に屠られたニクテリスの死体の山。
「消化不良です。」
「では、獲物を増やそう。」
私はモイラ中にあの日の破壊の魔法陣を描いた。
しかし、ミザナを破壊した様にして回さなかった。
魔法陣をなぞるようにして私の炎を走らせただけである。
どおん、どおん、どおおおおおおん。
どおおおおおおおおん。
ニクテリスが籠ってる場所はどこも粉塵爆発が可能なようだ。
モイラ村のあちこちで爆発の轟音が次々と上がった。
花火大会の華、スターマインが上がっているような小気味の良い破壊音だ。
焼け出されたニクテリスが続々と私達へと向かって来た。
オスカーは楽しそうな声をあげると、刀を構え直した。
ジャン、これが私の返礼だ。
私を殺しに来い。
妻でいられなかった私は、殺戮の魔女アルビーナとしてあなたを待つ。




