北部は我が進軍せし第一歩
世界は糞野郎で満ちている。
いや、偉い奴は偉くなるだけあって権謀術数など常に練っているのであろう。
ロアストクは覗き見野郎で、それでもって、出来る限りの日和見野郎だった。
北部を戦乱から守りたい。
まあ、その気持はわかるし、そこは民の事を思ってのことだから、偉い。
だが、ニクテリスという吸血蝙蝠の大軍をたった一人で駆除した功労者に対して、朝飯食ったらすぐに出ていけ、は無いだろう。
「好きな所に行かれるがよい。この北部以外のどこにでも。いや、この北部で人が住めなくなったイカロリアスとの国境付近、ルビータ人が殺されてイカロリアスの難民だらけとなっている場所だったら、我が北部でも逗留を許そう。」
つまり、北部でロアストクの加護を望むのならば、イカロリアスに侵攻されて実効支配されてしまった土地を取り戻すかそこに潜め、という事だ。
ヤン達には侵略された土地に私達が逃げ込んだだけと申し開きできるから、ルビータの災厄を駆除に来たというヤン達の大義名分軍との正面衝突は避けられる。
ロアストクは公爵の顔で、匿ってなどいませんからどうぞ、とヤン達の軍を私達のいる荒野に通せば良いだけとなるのだ。
だったら別の所に逃げろと?
どこに逃げるの?
お空のヤン様ニュースはもう一つあったのよ。
きゃあ、私とオスカーの顔写真が映し出されちゃったわ!
まじむかつく。
結果として浮気して間男とジャンから逃げている格好となってしまったが、こんな結果を導いたバールにそこまで操られてどうする!
お前は誰の言う事も聞かない柴犬野郎だったんじゃ無いのか?
「ああ!これもそれも全部バールのせいだ!本気でムカつく!」
私はロアストクの駅構内から出たところ、人目が無い暗がりの路地に入ったところで、適当な壁を蹴りつけた。
公爵様は親切に城とロアストク駅を結ぶ専用列車に乗せて城から私達を追い出してくれたが、その先の汽車のチケットなど一切手渡さなかったのである。
「まったく。何が内戦を望んでいない、だよ。私が内戦起こしてやろうか!」
「ペルレ。あまり騒ぐとひと目が、あの。」
私は同行者を見上げて驚いた。
私のように憤慨しているどころか、私に困った顔をしているが、新婚旅行中の花婿がするような幸せいっぱいの顔付なのだ。
私はオスカーのその顔に、さらにイラっと来た。
今まであなたの欲しかったものに気が付かなくってごめんね、そんな逆切れの苛つきである。
オスカーはロアストクから餞別として剣を与えられていた。
だがその剣は遠見の出来るロアストクによる私への嫌味か?と受け取れる嫌な形状のものだった。
つまり、私がジャンに与えた剣のレプリカでしかなかったのだ。
私の夫が前夫への贈り物のレプリカを与えられた?
朝のオスカーが実はとても傷ついていた雰囲気だったのは、きっとこの剣のせいだと私は思い、オスカーからその剣を奪った。
で、何をしたかって?
錬成だ。
ジャンに作り上げたものが美しき源清麿であるならば、私という魔物に最後まで付き従う誓いを立てた男に贈るのは妖刀村正だろう。
そんな風に昔読んだ日本刀名鑑を思い出しながら錬成しただけなのだが、そんな剣を手渡されたオスカーは、なんと、百年分のお年玉をもらった子供みたいに喜んだのだ。
その余韻にまだ浸ったままだったとは。
男って実は子供なの?
「ペルレ?」
あら、顔付が完全に落ち込みの表情になってしまった。
どうしてそんなしゅんとした顔付になった?
「どうしたの?」
「すいません。何でも無いです。それで、これからどこに行きますか?」
「あなたはどこに行きたい?」
「あなたと誰にも邪魔をされずにいられる場所です。」
それはあの世しかないなあ、私は反射的に頭の中でそう呟いていた。
だが、あの世という言葉で、私は行き先が決まったと言える。
「オスカー。その剣の切れ味を試したくはないか?」
まあ!水色の瞳が輝いたじゃないの。
そして表情は落ち込みどころか、出会った時にオスカーを素敵だと思った、精悍な顔つきになったじゃないか。
私はそのことこそ嬉しくて、自分が蹴った壁にモニターを作り出した。
映し出されたのは、ニクテリスに侵略された三つの村の内部映像だ。
私はバールのように、鳥の目など借りられない。
ロアストクのように、行った事のない世界を覗く事も、幽霊のようにして人の部屋を覗く能力なんて無い。
そこでコンラートに教わったようにして、村の内部で私の魔法に観応できる人がいればだったが、誰かの意識の目を借りた。
そこに自分のオートマッピング機能を組み込んだのだ。
誰かの視線による視界は一人では何も補完できないが、それが数を増せば増すほどに情報が増えて、なんと視覚化できるマップが作れた。
「すごい。線画の地図が出来上がっている。ええと、これがイカロリアスに一番近いモイラで、それからパルカ、ノルか。こんなモニター術は初めてです。」
「うん。私も初めての試み。で、どうする?これは、例えばの地図でしかないから、ここに飛び込んだ後の敵さんの動きはわからないよ?」
「飛び込むって、どこに飛び込まれるかもう決めているのですね。」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず。」
私はモイラだけを大きく映し出した。
地図によると、ニクテリスはモイラに巣を作っており、そこを北部侵略基地にしているようなのである。
「ここを叩いちまおう。」
ニクテリスに侵略された三つの村の中で、一番敵の本拠地に近く、一番基地としてすでに作り上げられているモイラを最初の進撃の場にしよう。
そんな私の意思を知った男は、嫌とは言わなかったが、彼にしては珍しい私に対して推し量るような視線を向けた。
いや、こいつ馬鹿?という視線だろうか。
そう言えばオスカーは私には間抜けなお守りのように振舞うが、かってはあのバールが一番押していた兵士では無かったか?
「最初から、ここですか?」
きた!
俺は戦場を知っている男だ、という顔で、でも君を責めてはいないよという柔和な表情付きという、紳士の鏡みたいな風情で聞き返して来たではないか。
だが私だって、アロイスのお陰で場数はいくらか踏んでいるのだ。
だから、偉そうに顎をあげてオスカーに言い返した。
「おうよ。私達がここを占拠すりゃ、イカロリアスから飛んでくる続兵のニクテリス達は断ち切れる。それでもって前進も後退も出来なくなった哀れなイカロリアスの民は、私達に進撃してきたヤン達の軍の壁になってくれるだろ?」
胸を張って見解を述べてやったのだが、オスカーは、ああ、という風に溜息を吐いて片手で目元を覆いやがった。
「そいつらは俺達の壁になる前に、毎日のような襲撃をしてくると思いますよ。」




