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死に向かうだけの誓い

 空は何事も無かったように冬の曇り空に戻っていた。

 空のモニターが消えると、水色だったきれいな空は冬の重たい雲に一瞬で覆われて何ごとも無かった世界に戻ってしまったのである。


 でも、私の世界は取り戻せないほどに壊れた。


 ジャンは私を殺せと叫んでいた。


 私が世界の敵だと叫んでいた。


 ジャンが生きているならば、絶対に彼は私を探していただろう。

 遠見の法が出来るのはロアストクばかりじゃない。

 私だって使えたじゃないか。


「どうして私は使わなかった。どうして私は遠見の法を使わなかったんだ!どうして私はジャンを探そうとしなかったんだ!」


 ジャンの死体を見たくなかったから。

 ジャンが死んだと認めたくなかったから。


「うわああああ!大馬鹿者がああ!」


 私は両手の拳でベランダを叩いていた。

 石造りの床は拳よりも硬く、当り前だが両手に熱い痛みが走った。

 それでも私の胸の痛みよりも痛くない。


 ジャンは酷く酷く怒りを抱いていた。

 きっと私とオスカーの姿を見たに違いない。

 拳が割れた痛みなど、私を探していただろうジャンの心を傷つけた痛みよりも痛くはないはずだ。


「ああ!ちくしょう!」


 私はもう一度両手の拳で石の床を叩いた。

 自分を粉々にできるならば。

 悲しみにかまけてやるべきことをやらなかった、弱すぎる過去の自分を殴りつけてしまいたい、そんな気持で両腕をもう一度持ち上げた。


「ペルレ。」


 私の両腕は後ろから拘束された。

 私の両手首を掴んだ男は、そのままゆっくりと私の後ろに座りこんだ。

 私は当たり前のように彼の胸の中に背中を預けた。


「ペルレ。」


「オスカー、聞いたでしょう。」


「ええ。ペルレ。私は……。」


 オスカーの声はとても弱々しく、私を慰めようと出した声では無かった。


 私は今こそ慰められたいのに!


 違う。


 私のどうしようもないこの気持ちをぶつけたいのに、どうしてあなたこそそんなに傷ついて弱々しい声を出しているの?


「ジャンが生きていたのは、あの、私は。」


 だから身を引くというのか?

 そうだね。

 世界が殺したい人間ナンバーワンに指定されてしまったものね。

 ちゃんと小説通りのシナリオを進んでいるものね。

 私は両目をぎゅうと瞑った。


 この世界で目覚めてから、いいえ、ジャンと出会ってから、私は決めていたはずでしょう?


 シナリオ通りに生きて、不幸な人達が幸せになるハッピーエンドに集結させる覚悟、私がヤン・ヘルツォークに殺される運命を受け入れようって。

 不幸だったジャンの生い立ちを聞いて覚悟を決めたんじゃない。


 だから、喜ぶべきよ。

 私を殺すのが、あいつ、バールなんかじゃないことに。

 ジャンが死ぬエンディングが無いって事にこそ!


「ペルレ。いいえ、アルビーナ。私は、私は――。」


「一抜けは許さないわよ。」


 私の後ろの男は大きく息を吸った。

 そして彼は私の手首から両手を離すと、その両手を私の体にシッカリと巻きつけて私を後ろから抱き締めた。

 さらにオスカーは私の右肩に自分の額を押し付けた。


「私があなたを手放すなんてことは無い。」


 私はオスカーの両腕にしがみ付いた。

 彼がもっと私を抱き締めてしまえるように。

 彼の中に私がもっと深く入り込めるように。


「オスカー。私の味方をすればあなたは確実に早死にするんだよ?私は世界の改革のために殺される。それは決まっている。そういう運命なんだよ。」


「……お供します。どこまでもお供します。」


「普通の幸せは手に入らないぞ。お前が望んだ、妻がいて子供がいて、そんな人生は諦めなくちゃいけないぞ。」


「あなたがいれば何もいらない。私が生きている限り、あなたのお命は守ります。あなたの存在は私の命そのものなんです。」


「お前はほんきのほんきで、おおばかやろう、だ。」


 私の罵り言葉は言葉になっていなかった。

 だって、涙で鼻が詰まって声はくぐもっているし、顎は痙攣した様にわなないているのだ。

 私は自分のせいで運命に結局は負けてしまったけれど、全部を失ってしまったけれど、私を抱き締めててくれる人がここにいる。


 たった一人だけど、私の味方でいてくれる人がいる。


「ペルレ、愛しています。私は、いえ、俺はあなたを愛しています。」


「名前で呼べ。」


「アルビーナ?」


 私は空を見上げた。

 何も見つけられない灰色の曇り空。

 だからほんの少し視線を動かして、私を抱き締めて私の目線を求めているだろう、私の恋人を探した。


 彼の瞳こそ雨が降り続けていたが、彼の瞳は澄み渡った晴れた空の色だ。


 希望のある色だった。


「名前を呼んでちょうだい。最後の最後まで、私を求めてちょうだい。私達が離れ離れにならないように。」


 オスカーは、勿論ですと口動かしたが、彼から声は出なかった。

 泣き過ぎた彼の口はわななき過ぎて、声が出せなかったからだろう。

 でも彼は私から腕を外すと、彼の腕にしがみ付いていた私の両手首をそれぞれ手に取り、それぞれの甲に騎士が姫にするように口づけたのである。


 私の騎士として死ぬ覚悟であるという誓い。

 私の伴侶として私の怪我を治さねばという想い。


 私達は口づけていた。

 腕を互いの体に絡み合わせて互いに抱き合っていた。

 この先には荒野と瓦礫と死しか約束できないが、私は死ぬまでオスカーを愛していこうと心に誓った。

 私がヤン・ヘルツォークに殺されるその日まで。



お読みいただきありがとうございます。

これで六章は終わります。

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