待てができる犬などいらない
「なんてことをしてくれたんです!」
「人助けでしょう?」
「やり過ぎです。これじゃあ、死んだはずのあなたが生きていたって、ルビータ全土に喧伝する行為となってしまうでしょう!いえ、もう知れ渡っている!」
「あら、ニクテリスを放って置いたら良かった?」
「やり方が派手過ぎたって言っているんです!」
ロアストク城の客室に案内されてすぐに、オスカーは私を叱りつけてきた。
叱りつけて来たと言っても、魔法の使い過ぎで動けなくなった私の服を彼は赤ん坊にするようにして脱がせ、また、私が一番にしたいであろう風呂の準備をする、という、まるでお母さんかのような立ち居振る舞いをしながら、である。
風呂の準備が出来てから私の服を脱がせばいいような気もするが、取りあえず私をベッドに横にするには外着は邪魔という判断だろうか?
私は掛布団の上で身をよじりながら、一番脱いでしまいたい長靴下を吊るしているガーターの留め具に手をかけた。
この世界は前世世界の近代のヨーロッパ文化に近いからか、女性は出来る限り肌を隠すことこそ美徳とされている。
上はタンクトップ、下はミニスカに素足を出して足首までの靴下、そんなことをしたら石つぶてが飛んでくるか、見ず知らずの人に殴られる世界なのである。
だけど、私はどうもこの長靴下は馴れない。
前世だってストッキングが大嫌いだったんだもの。
でも、指先が上手く動かない。
ああ、体がだるい。
「ま、まま待ってください。今はそれをしている時では無いでしょう!」
私をシミーズ一枚という下着姿に剥いた男は、私が自分で服を脱ぐ行為は彼との生殖行為を誘うものとしか受け取らないようである。
慌てたようにしてベッドの私に近づいてきた男を、私は怠いながらも右足を持ち上げて彼の腿のあたりを蹴ってやった。
それから、オスカーを蹴ったその足をさらに持ち上げて、オスカーの眼前に突き出したのである。
「長靴下が鬱陶しくて邪魔なの。私が自分で脱いじゃダメなら、あなたがこれを私から脱がして下さらないかしら?」
オスカーはふふっと微笑むと、私の願い通りに長靴下を脱がしてくれるどころか、私のふくらはぎを撫でながらベッドに私の足を下ろした。
「自分としては、それを付けたままで、というシチェーションに憧れます。」
私はもう一度オスカーを蹴った。
すると、オスカーは笑い声をあげながらベッドに腰かけ、きゃあ、私を持ち上げて腕の中に抱き締めてきたではないか。
今はそういうことをしている場合ではないって自分で言っていた癖に?
あ、でも、長靴下を履いたままの私でしたいなんて変態的な事を、彼は言っていなかった?
「お、オスカー?」
「ロアストク家のスキルは遠見です。」
オスカーが私の耳元に囁いた。
知っているっていうか、クリップボードで読んでいた。
「それが何か?」
「私達は彼に観察されていると考えるべきです。」
「あ!覗き見か!」
このオスカーの従僕か私の単なる愛人めいた行動は、この部屋の私達をロアストクが監視していると考えての事だったのか。
能ある鷹は爪を隠すようにして、オスカーは男女の行為のそればかりしか考えられない男を演じていた?
まじまじとオスカーを見つめ返す私の頬をオスカーは指先で優しく撫で、ついでに自分の頬で私の頬をなぞりながら彼はうっとりとした声をあげた。
「それでも私はあなたを求めたい。恥も外聞もなく、私はあなたを愛せなければ死んでしまいそうなんです。」
はい?
覗き見されているところで?
私はオスカーから頬を無理矢理に剥がしたが、簡単に剥がせたのはオスカーが単に自分の顔の位置を変えたからに過ぎなかった。
オスカーの唇が私の唇を塞ごうと私に下がってきたのである。
ああ、私はなんてことをしてしまったのか。
私が思いっ切り蝙蝠人間をやっつけた行動のせいで、オスカーは私達の明日が無いものとして暴走してやがる。
そして私は、一千匹に近い蝙蝠人間を焼き尽くしたせいで、今や指先さえもまともに動かせないという有様だ。
「ペルレ。」
ごつん。
「あ……痛!」
オスカーは片手で押さえ、オスカーの片腕に支えられているままの私は両手で自分の額を押さえていた。
「いしあたま!」
「あなたの額も相当なものですよ。凄いダメージだ。」
「だってあなたが嫌らしいのですもの。」
額から手を外したオスカーは私を見返して来たが、それは私に何度も見せて来た、自分は駄目な男なんですっていう顔だった。
いつもだったら、私は彼を慰めていただろう。
だけど、今日の私は疲れ切っていた。
だからなのか、私は彼に喧嘩をさらに売っていた。
「いい加減にしろよ。いつだって私の愛情を貰いたがりやがって。私は従順な犬なんぞ最初から欲しくなんか無いんだよ。」
そうだ。
ジャンだったら。
ああ、ジャンだったら!
彼だったら、私一人に戦わせていない。
きっと、勝手に汽車の屋根に飛び出して、私が作り上げた剣で蝙蝠たちを斬って斬って、斬っていただろう!
それでもって私が彼を叱りながら、でもフラフラになった二人で抱き合って勝利に笑っていただろう。
アロイスが差し向けた奴らと戦った時は、いつだって私達はそうだったもの。
「う、うう。」
私はオスカーの腕の中、ジャンを想って嗚咽をあげてた。
両手を拳にして、それを瞼に押し当てて、私は失ってしまった人を嘆いていた。
オスカーの腕の中で!
「アルビーナ。」
「どうして、どうして!いつだって窺うばっかりで奪ってくれないんだ!どうしてジャンを忘れさせてくれないの!」
「アルビーナ!」
私の酷い言葉しか吐かない唇は、私によって貶められて傷つけられたはずのオスカーの唇によって塞がれた。
荒々しく。
私が望んだように、奪い取るようにして!
「どうしてそこまで従順なの!」
「あなたを愛しているからです!俺はあなたを愛しているんです!」
水色の瞳は必死に私を見つめていた。
どこまでも気立てが良くてそこいらの男では比べ物にならない外見の良い男のくせに、私だけを必死に見つめている。
「この馬鹿犬が!」
私は両手を伸ばしてオスカーのシャツの喉元を掴むと、思いっ切りと自分へと引っ張って彼に口づけた。
私から彼の中に入り、彼を探索するというキスだ。
オスカーは私の両手を自分の両手で包むようにして自分の喉元から外すと、私の両手を今度は自分の首の後ろへと置き直した。
もうどうしようもない世界なのだから、と、私はそのままオスカーに腕を回してしがみ付いた。
恥も外聞もどうでもいい。
自分が誰なのか忘れたいぐらいに奪って欲しい。
失った大事な人を思い出せないぐらいに私を粉々にして欲しい。
「今こそ、あなたこそ獣になって。」
「俺は獣ですよ。あなたを愛してから、人の理のすべてを失った最低な獣でしか無いんです。」




