吸血鬼と魔女
「ニクテリスと呼ばれる人達が住む国、我が領土の隣に位置するイカロリアスが、我が国土に侵攻してきたのだよ。」
ロアストク公爵、私にダミアンと呼んで欲しいと願った男は、城への専用車両の特別室に私を連れ込むや事態について語りだした。
ニクテリスとは蝙蝠の事だが、なぜイカロリアス人がそう呼ばれるのかは、ルビータが魔法使いの魔人国家であるようにして、イカロリアスが魔法も使える吸血鬼による国家であることに由来する。
ほら、吸血鬼映画には紳士風のドラキュラが有名だけれど、蝙蝠風の空を飛べるモンスター外見の吸血鬼もいるでしょう?
イカロリアスの吸血鬼達の中でも、蝙蝠みたいな被膜を持って空を飛べる人達も存在しており、彼らをニクテリスと呼んでいたものが、いつの間にか吸血鬼を示す用語となったのである。
「イカロリアスが?和平条約はどうなったの?」
「不死王バルタザールが亡くなったことで無いものとなったのだろう。」
殆ど平地であるルビータ北部とイカロリアスを別つものは、ルビータの西部南部を他国から守るように存在するミレイネル山脈にある山、カリエンタを源泉とするカナール川だけである。
よって川を越えれば簡単に侵攻できる互いではあるが、不可侵条約なるものをイカロリアス側からの申し出で結んでいるという歴史背景もある。
それは百年は前の事だ。
ロアストクが城の周りに人口の海を作り上げた頃と同時期でもある?
ロアストクは平和そうに見えて、実は、イカロリアスの侵攻をずっと気にして防衛に力を入れていた所だったの?
いいえ、ロアストクどころか、西も東も、そういう事情があったの?
だから南は、バールをすぐに受け入れてヘルツォークなんて持ち上げたの?
物凄い能力者だから。
「あ、あのバルタザールをあなた方が生かしていたのは、国の防衛の為でもあったの?だけど、あいつは一万人の国民を殺したいって喚いていた奴よ?」
髭だらけで石膏像のような形の良い鼻と目元しか表に出していない公爵は、賢い生徒にする教師のような微笑みを私に返した。
緑色の瞳は黄色がかっていて、微笑むととても柔らかい印象を見せた。
だが、彼は魔人の公爵でしかない。
「君は結果として三万人を殺した。いいや、君による被害は今も増え続けている。あの日からルビータのそこいらでたくさんの人々が暴力による死を迎えている。バルタザールであれば、一万人で終わった。」
言い返せないどころか、その通りだと、私は胸元で右手の拳を握った。
私は抵抗するどころか迎合し、それどころか、自分がバールに撃たれたそこで、ジャンと一緒に燃え尽きたいなんて感傷だけで大きなメテオだって落としたのだ。
「そうね。バルタザールがまだ生きていたら、イカロリアスの侵攻も無かったわよね。一万人の生贄を百年ごとに必要とする化け物であっても。」
「ええ。ニクテリスがロアストクに向けて飛び立つという事態にはならなかった。吸血鬼となって生きながらえているイカロリアスの民には水を超える事は出来ない。だが、羽を生やした民には川など全く意味をなさない。あなたのせいだ。」
ダミアン・ロアストクの言葉に迎合するように、天井に何かが当たり、客車はほんの少しだけ揺らいだ。
私は席を立ちあがった。
「ペルレ、抑えて。」
隣どころか、ここでは公爵によって私の家来に貶められたオスカーは、私が公爵の対面で座っていた固定式の椅子には座らせられなかった。
けれど彼はその境遇に怒るどころか、躾が行き届いた猟犬のようにして、私が座る椅子の真後ろに立っていたのである。
が、私の立ち上がりを彼は喜ぶどころか息を呑むという驚きを見せ、なんと私を座らせようと手を伸ばしてきたのだ。
「ハーゼ。抑える必要など無いわ。」
「ええ、その通りですよ。二十分どころでは無かった。」
ロアストクの静かな声に私は天井を見上げて、私達の真上に張り付いている蝙蝠人間に意識を飛ばした。
それは叫び声だってあげなかった。
汽車の屋根から突き飛ばされるように宙に浮き、そのまま真っ赤な炎に巻かれて、汽車が走る橋の下、人口の海へと落ちていっただけである。
私はアルビーナなのだ。
「ここに至るまであいつらはどれだけの村を襲ったの?」
「三つだ。そして被害者全員が、同じ吸血鬼になるか、あるいは、単なる家畜に落された。奴らに噛まれた人間は吸血鬼化できなければ、全ての思考も奪われてしまうようだ。自分を噛んだ吸血鬼にね。」
「わかったわ。私は彼らを焼けばいいのね。」
「ああ、焼いてくれ。そして死体をロアストク城を囲む壕に全て落とせ。彼らは流れる水にも弱く、命を生み出す海水によって己が魂を溶かして死ぬことができるだろう。」
ロアストクは右手を閃かせた。
それを合図に汽車は軋んだ車輪の音を響かせて、そして、完全停車した。
私は自分を的にした公爵を見つめた。
「どうして、今日、彼らが都合よく襲ってきたのかしら?」
「君こそどうして、今日、私が感知できるほどの古の大魔法をミラで放ってくれたんだろう?君を断罪するどころか、私は君の擁護者にならねばならない選択しかなくなった。」
緑色の瞳は私を真っ直ぐに見つめてきたが、それは私を非難しているような色合いを見せていた。
彼もこの事態は不本意で、違和感を抱いている。
そして私の脳裏に浮かんだのは、ヤン・ヘルツォーク、バールの笑顔だ。
「誰かが勝手に描いたシナリオがあるのね。それに私達は乗せられているのね。」
私は再び天井を見上げた。
金属の天井は何も通さないが、私の魔人の目では私達の乗る汽車を囲んで貼りついている蝙蝠人間の姿はよく見えた。
顔立ちも人間ではなく蝙蝠かブタ二しか見えない造形で、飛ぶために上半身を裸にしたその腕と身体の腰までの側面には薄い皮膜という翼があった。
それらが無数に私達が乗る汽車に貼り付いているのだ。
奴らの一匹が獣の咆哮を上げたが、奴の口からドロッとした黒みがかった液体が零れた。
「薄汚い吸血鬼どもよ!頭が高い!」
私が叫びながら右手を振れば、一気に蝙蝠人間達は汽車から剥がれた。
バンバンバンバンバンバンバン。
剥がれた彼らは宙で次々と爆発し、炎に巻かれながら下へと落ちていった。
「第二陣、来ます。」
静かな兵士の声が私達に告げた。
公爵の私兵の一人が、客室内の壁に大きなモニターを張り巡らせた。
そのモニターには、汽車の各部位で監視を続ける兵士の視界が映っている。
真っ暗な空に月明りで浮かび上がった空飛ぶ人々の影。
「いくらでも来なさい。全部燃やし尽くします。」
私の怒りはバールへの物だった。
私が大事な人間を失い、私の境遇がこんなになったのは、あいつのせいなのだ。
私は自分の全ての鬱憤を、人ではなくなったイカロリアスの民にこれでもかという風に叩きつけていた。




