私はあなたを知っている
私がミラの住人、それも単なる空き巣の団体様に向けた鬱憤晴らしは、私達の旅路にとって脅威となる余計なことだったようだ。
ミラを発った私達が列車の駅のあるロアストクの町に着くや、ロアストク公爵様の使いによって周囲を一斉に囲まれてしまったのである。
駅構内のガラス張りの天井から見える空は、曇り空の中に西日の金色の帯も見えるという美しいものなのに、私達の前途は暗雲しか無いとは。
「列車に乗って頂きますが、それはロアストク城行きの専用列車となります。」
私達を囲む兵の一人が静かな低い声を出した。
ロアストク公爵が住むロアストク城は、干拓と埋め立てで周囲を海に囲まれた陸の中の出島のような形となっている。
これは元々の自然の形状ではなく百年ぐらい前のロアストク公爵が、地面を削って海水を引いてと、人工的に作り上げたものである。
陸があった時代に造られた橋は、ロアストク城と市民が住む世界を繋ぐ生命線であるが、そこに線路も引いてしまっていたとは!
さて、私達の身の上話に戻るが、専用列車以外で行き来が出来ない城に囚われたら、脱出の時はどうすればいいのだろうか?
いえ、それよりもこの今だわ。
嫌と言ったら私達はどうなるの?
冗談でも言えそうにも無い雰囲気であるから、その返答は出来ないわね。
私達を取り囲む兵は全員が武装していた。
黒い戦闘服のような制服を全員が着用しており、そこに魔法無効化の呪文や文様が絵が描かれた胸当てやフェイスガードを付けているという格好だ。
そしてそんな失敗したSATかSWAT風な衣装の兵士達は、全員が全員、私達に銃をしっかり向けているのである。
っていうか、魔法無効化って出来るのか?
いや、あの魔除けのガラスで私達の意識が散漫になったのだから、これはこれで実は有効なのか?
彼らを芯まで焼いてみたらわかるかしら?
と、私は彼らに脅えるどころか、ぼんやりと彼らを見つめながら考え込んでしまっていた。
もちろん、こんな風にぼんやりできるのは、オスカーがしっかりと私を自分の背中に隠して彼らから私を守ろうと立ちはだかっているからであろう。
うん、オスカーの背中は温かい。
「ペルレ、寝ないでください。」
「だって昨日の夜も誰かさんのせいで眠れなかった。」
「悲しいぐらいにスヤスヤでしたよ。」
「もう!」
オスカーの背中越しに、オスカーの楽しそうな笑い声が響いた。
私の背中に回された彼の腕の指先は、やっぱり私をくすぐっている。
くすぐられる事にクスクス笑いしながらも、私はさらに眠たそうな声をあげた。
「ねえ、私のハーゼ。私達を離れ離れにしないで一等客室に案内して下さるなら乗りましょう。ロアストク様のお城に入れるなんて、田舎に帰ったらみんなに自慢できるに違いないわ。」
「それはいい案ですね。ペルレ、では――。」
「君達は離れ離れにはならなくとも、私達と一緒の特別車両にご案内だよ。オスカー・ウッツ。君が守っている君の後ろの人は、アルビーナ・バックハウスに相違ないな?」
私達は同時に息を吸った。
私達の前に一歩前に出て来た男がフェイスガードを外したのだが、薄茶色の髪に髪色と同じ口ひげを生やした緑色の瞳をした男こそ、ダミアン・ロアストク公爵その人であったのである。
目の前の男が誰か私が気が付くなんて、ロアストクとアルビーナに親交などあったかしらって?
そんな事が無くとも、私には登場人物の胸元にクリップボードが現れて人物紹介をしてくれる、という誰にも言えないスキルがある。
ダミアン・ロアストク
もともとロアストク公国だった北部一帯を収める公爵
ヤン・ヘルツォークの台頭を快く思っていない
ロアストク家の当主の能力は遠見とリーディング
小説世界なのに、どうしてゲームのようなスキルが私にあるのだろう。
そうよ。
オートマッピング能力だって、小説では一切言及していない能力でしょ?
どうしてそんなものが私に備わっているの?
疑問を抱く事こそ遅すぎるかもしれないが、私は急に自分の能力について疑問が湧いていたのだ。
どうして?って。
「どうして。いや、あなたは。」
オスカーの声が静かに響いた。
私はオスカーも私と同じスキルがあるのかと再びオスカーに注意を向けたが、彼が続けた言葉で彼にはクリップボードスキルなど無いと知った。
彼にあるのは観察眼だ。
「あなたが嵌めていらっしゃるその指輪の紋章はロアストク公爵家のもの。あなたはロアストク公爵様の縁の方ですか?」
「いいや。本人だ。君がミザナ厄災の被害者として慰霊碑に名前を刻まれているはずの、オスカー・ウッツでしか無いのと同じぐらいに、私は本人だよ。」
ガチャン、ガチャン。
私達を囲む兵士達の銃の撃鉄は起こされた。
銃の引き金の辺りに魔法の円陣が剣の鞘のように浮かび上がり、その魔法陣の意味するところは、私によって殺されても銃弾は自動に発射されるという意味であろう。
「ペルレ?」
「ハーゼ。公爵様について行きましょう。ミラでお金を盗まれた私達には、お客様としてご招待してくれるタダの寝床はありがたいわ。」
「ですが。」
「人違いと誤解が解けたら、私達への謝罪もあることでしょう。」
私は私を庇うオスカーの腕に両腕をかけてしがみ付き、そのまま一歩前に出てオスカーの横に並んだ。
それから、私達の道を塞いだ男を真っ直ぐに見つめた。
え?うそ?
ロアストクが胸に手を当てて、騎士のような礼を私にしてきたではないか。
「麗しのアルビーナ様。私にあなたのエスコートを賜れる光栄を。」
「嫌だわ。公爵様。私がアルビーナでございましたら、この世を破滅に導いてしまうのでは無くて?」
「導いて欲しいですね。王不在のこのルビータに、恥知らずな国が押しかけてきましたから。」
ウーンと機械音が駅構内で響いた。
空が見えるガラス天井にシャッターが覆い被さって行き、駅構内は太陽光の差さない真っ暗な穴倉になった。
「敵が我が城の上空に辿り着くまであと二十分も無い。」
敵?
ルビータに侵攻してきた国とはどこぞだ?




