脱出と報復と
私達が屋根裏に逃げ込んだそこで、玄関扉が斧か何かで叩き割られた音が階下から大きく響いた。
その後すぐに室内を走り回る複数の重たい足音が聞こえ、その足音は私達のいる屋根裏目指して階段を駆け上ってくる。
フランツは男達を指揮する役目だからか、家の中には突入してこなかった。
フランツは私達の家の庭先、大火傷を負って半死半生で地面に丸まるリンディーの傍らで、私達の旅行鞄を戦利品のようにして足元に置いた姿で私達の家を眺めているだけなのである。
「太陽光線でガラス玉が光ればそれで火が点くって、奴は知っていたのか。」
「え?」
「虫眼鏡で火が点くでしょう?」
「え?」
「可哀想な愛人に贈る服にしては高級過ぎた。最近発売されたばかりの化学繊維は女性好みで綺麗な発色だが、その生地は良く燃えるって知っていたからこその選択だったのだろうがね。」
「はい?」
オスカーの物言いに驚いて彼を見上げると、彼は軽く私にウィンクして見せた。
そして、痛みに呻いている哀れな女性を指さした。
「香水を浴びる程にかけていたぐらいな彼女の臭さだった。香水って引火しやすいよ?フランツは最初から彼女を焼くつもりだったのだろう。」
「え、ええ?」
「君だったら芯から人を焼くだろう。だが、彼女は表面だけの火傷だ。彼女が着てたあの光沢の布はシルクではなく化学繊維ですよ。石油から作られる繊維だから、火が点けば一気に燃える。」
リンジーの不幸に対してオスカーが全く私を疑ってもいなかった事を喜ぶべきだが、私はリンディーに一切憐憫を見せずに淡々と何が起きたのかを口にしていくオスカーに戸惑っていた。
彼が私にぜったいに見せなかった彼の一面、だ。
「く、詳しいのね。」
「思い出したくは無いが、うちの大将はそういう事を熱心に研究していました。もしもの際、武器の無い時でも私達は戦わねばならないからと。」
「ほんとうに怖い男。そして、最低な奴。」
どおおん。
私は屋根裏の窓から見える風景ではなく、今そこに来た危機を見返した。
薄い木のドアは既にひび割れ、あと数十秒もしないで破られるだろう。
オスカーは私に微笑んだ。
「では、私達はそろそろ参りましょうか?」
「私にしかりとしがみ付いているのよ?」
私達は抱き合いながら屋根裏の窓から飛び降りた。
飛翔術。
私達は落ちるどころか勢いよく、まずは目的地点にまで空を飛んだ。
「わあ!」
フランツは息を呑み、それだけで彼は終わった。
オスカーは弾丸のようにフランツに突進し、ほんの一撃、たった一撃でも再起不能になるぐらいの拳をフランツに叩き込んだ。
そして彼はその動作の中で、フランツに奪われていた銃を奪い返してもいた。
そして私は、地面に着地するや、家に向かって手を翳していた。
大事な私達の家。
気が付かない間に泥棒達に汚されていた、二度と住めない家。
私達を貶めようとした、魔女狩りが大好きな人達全員が入り込んでいる、家。
私は怒りのまま家を燃やし尽くしてやろうかと思ったが、魔法を発する直前に私の脳裏にあの日の魔法陣が閃いた。
全てを粉々にする、恐るべき破壊の円。
私は家の中心となる地面に、それを描き、ぐるんと回した。
どおおおおおん。
小さな円は家の土台を破壊しただけだ。
しかし一気に家は崩れた。
後に残るは、人の呻き声と、崩れた瓦礫。
「これならば悠々と歩いて馬車乗り場まで行けますね。」
「あら、ここでお別れって言わないの?私はこんな恐ろしい魔女ですのよ?」
オスカーは私に腕を差し出した。
だけど、笑みどころか思いつめた表情で、私は自分の軽口を呪った。
「ごめ、あの、なんか、ごめん。」
「いえ。……わたし、いえ俺こそ外道なんです。」
オスカーはそう呟くと歩きだし、オスカーに腕を絡ませたままの私は彼の顔を見上げたが、彼の横顔は歯を食いしばっているようなものだった。
「どうしたの?」
「いえ。私はあなたに嘘ばかりです。」
私はオスカーの顔から自分の足元へと視線を下げた。
私だって嘘つきだ。
私はジャンを愛している。
でも、オスカーを手放したくないからと、彼に縋り続けるために彼を愛している風にして振舞っているのだ。
いいえ。
オスカーを愛しているのは本当だわ。
でもジャンこそ私は愛している、のだ。
もうこの世にはいない彼を、私はいつまで愛し続けていくのだろう。
空っぽな虚しさを抱えたまま。
私はオスカーの左腕に絡めた右腕に力を込めた。
「いいのよ。私達はお互いしかいない。あなたの嘘が私を守るためなのだとしたら、私こそそんな嘘を吐かせてごめんなさいだわ。」
「違いますよ。」
オスカーは足を止めた。
私は再び彼を見上げた。
冬の曇り空を背景にした彼は、瞳だけが晴れた空の色をしていたが、その瞳こそ雨が降りそうな輝きを見せていた。
「オスカー?」
「俺はあなたに嘘ばかりだ。あなたをこの腕に抱いていたいばかりに、俺はあなたに嘘ばかりなんです。」
私はオスカーに微笑んでいた。
私の嘘の方がオスカーには酷いはずだと思いながら、私は彼に微笑んでいた。
「きっと私達は同じ気持ちだから、あなたの嘘なんて構わないのよ。」
彼は大きく息を吸い込み、それから、ゆっくりと吐き出した。
私の頬にぽつりと雫が当たったが、それはオスカーの涙だった。
「オスカー。」
「すいません。俺は死にません。あなたを助けた時に寿命なんか短くなどなってはいない。俺は人の命を吸い取って、人に命を与えられるような悪鬼なんです。」
「あなたが死なないのが何よりよ。」
私は笑みを大きくしていた。
だけど心は痛くて仕方がなかった。
だって、オスカーの嘘はこの程度よ?
私の嘘の方が酷い嘘だもの。
ああ、オスカーのほっとしたような表情が胸に刺さる。
「次はどこに行きましょうか?」
「死体入りの暖炉が無い場所ならば、どこでも。」
私達は微笑み合った。
そして私は誓った。
何があってもオスカーの味方を自分はしよう、と。




