魔女はここにいる
魔人を捕えて食いものにする場所?
私はオスカーの物言いにびくっと体を震わせた。
最初にこの家に案内された不吉な予感、誰かが魔女狩りに遭ったと考えたあれは、思い違いどころではなく真実であったのか、と。
私はオスカーの後ろへと下がると、オスカーの背中に隠れた。
彼のスーツの上着にしがみ付き、彼の背中に額を当てる私に対して、オスカーは私を庇う様にして右腕を回してくれた。
「大丈夫ですよ。あなたを絶対に守ります。こんな薄汚れた強盗団など!」
「いやいや。お褒めにあずかり光栄だが、この家はあんたらに紹介した時の口上そのまんまの場所だよ。人を喰うお前らを罠に嵌めようと言い出したのは、ハハハ、この美しいリンディーだ。このお守りがお前ら魔人に作用すると教えてくれたのも彼女だよ。ハハハ、半信半疑だったが、本当に効くとはなあ。で、お前。お前は人間の生気を吸い取る悪鬼なのだって?」
「何の話だか。その女性は何を根拠にそんなことを言い出したんだ?」
リンディーという名だったらしい美女はフランツの横から一歩前に踏み出し、悦に入った様子でオスカーを指さした。
「この男が私から若さを奪ったからよ。この男は人の生命エネルギーを吸い取って神様の真似事をして人を誑かす悪鬼なのよ。」
人の生命エネルギーを奪う?
すると、オスカーが私を庇う腕に力を込め、私を自分にさらに押し付けてた。
「おや?美しいあなたはどこから見ても若々しいが?」
オスカーはこんなに人を蔑んだ声を出せたんだ。
私はオスカーの背中から顔を少し突き出して、オスカーの生来の敵のような存在となっているらしきリンディーを見返した。
彼女は以前に会った時よりも良い服装をしているからか、艶やかな茶色の髪も、決めの細やかな肌だって、以前よりも輝きを増しているように見えた。
けれども、以前に出会った時と同じように、高慢ちきな表情によって彼女自身を下品で安っぽいものにしか見せていなかった。
コリンたちが囁く、男性専門の如何わしい店にいる様な女性のような、艶やかだけれども安っぽいだけの美しさだった。
それでも彼女は以前の時だって、私など自分の魅力の足元に及ばないと考え、オスカーに散々に絡んで挑んできたと、急に思い出した。
私が中の人になって忘れていたけれど、原作の本の中ではアルビーナは貴族的な顔立ちをした人形のような美少女だったはずじゃない?
それが私が中の人のせいで、美人でもない安っぽい普通の人に見えているの?
思い出したことで無性に悔しくなったまま、気が付けば私は叫んでいた。
「私の夫があなたにぜんぜん靡かなかったからって、大事な夫に言いがかりをつけるのもほどほどになさいな!」
わあ、オスカーが低い笑い声を立てた。
そして、きゃあ、私を庇う腕の指先で私の背中をくすぐって来たではないか!
そんな私達の仲睦まじい姿が癇に障ったのか、リンディーは私達の前にとさらに進み出て、神の言葉を受けた預言者のようにして両腕を天に向けた。
彼女の両手の中指には紐が引っ掛けられており、その紐の先には魔除けの青いガラスが手の平で揺れている。
まるでバールが私を見下した時の瞳のようだ。
私がそう思ったそこで、リンディーは私の神経を逆撫でるようにして叫び声をあげた。
「素晴らしき、ヤン・ヘルツォーク様よ!私は彼によって元通りにして頂いた!そして、薄汚い魔物を殺せと私は命を受けている!起きろ!光はそこにある!」
リンディーの両手の平のガラス玉が金色に光り出した。
一体ガラス玉で何を起こそうとしているのかと、私も、きっとオスカーも、リンディーを見つめてしまったと思う。
でもそれがいけなかった。
私達が見守る中、リンディーの体が一気に燃え盛り始めたのである。
「ぎゃああああひいいいいいいいいいいいいいいい。」
「魔女か!そうか!お前の女房は炎の魔女だったな!」
フランツは状況に驚くどころか、これこそ、という大声をあげた。
彼が連れて来た男達はフランツの声に迎合し、私達に向かって動きだした。
でも、事態への恐怖は私には湧かず、単に虚しさが込み上げていた。
私達を囲んでいるフランツを筆頭にしたミラの人々、私達の不幸を望み、私達から富を奪おうと企む彼らが、ロアンダの処刑場の観衆の姿に重なって見えてしまったのである。
忘れてしまいたい男の台詞だって。
「うっぷん晴らしに弱者の不幸を楽しむのは、人間の人間たる性質だよ?」
「バール。」
私は気が付けばオスカーに抱きかかえられるようにして、そう、出て来たばかりの自宅へと連れ込まれた。
「あそこまでするとは思っていなかった。」
私を床に放ったオスカーはそう呟くと、すぐに私から離れ、バリケードにでもしようというのか、玄関扉の前に重たいコート掛けを引き摺って転がせた。
私は私の為に動くオスカーの背中を眺めながら、オスカーに叫んでいた。
「私じゃないわ!」
オスカーは私の元に来ると、私の手を掴んで立たせた。
私は彼がどうするつもりなのかと彼にしがみ付いたが、怒った顔をした彼は無言のままそんな私を階段へと歩かせて二階へと引っ張りだした。
「私じゃないのよ。」
「当り前です。あれはフランツの仕業です。」
「彼は魔人では無いわ!」
「魔人よりももっと悪い、外道ですよ。以前の殺しを全部俺達に被せるために仕組んだ茶番だったのですよ。」
「茶番?外道?」
聞き返す私をオスカーはさらにせかした。
彼は私と屋根裏の方へと向かおうとしているらしい。
「何を考えているの?」
「あなたと出会った時に貴方が私とジャンを抱えて何をして下さいました?」
私は彼が望んでいることを理解して、そのお陰でこの茶番に対して怖れも何も無くなった。
私は恐るべき魔女だったわ。
お読みいただきありがとうございます。
なぜかリンディーの伸ばす棒が変な変換になっておりました。
全部修正しました。(2022/7/2)




