夢の続行を
私は家に帰ると、まず隠し暖炉の金属扉を開けて中を見た。
そこで昨夜と全く変わっていないものがあることを知り、がっくりと頭と肩を落とすしかなかった。
私は大失敗だったが、オスカーこそも、か。
実はミラはコージーミステリーの世界みたいに、一癖二癖ある小賢しい住人ばかりの恐ろしい町だったのだろうか。
コージーミステリーは、舞台となる町での嫌われ者の人間が殺人の被害者になり、その被害者に辟易していた人物が主人公となって犯人を捜すという物語だ。
それでもって、大体犯人も町の嫌われ者なので、町から嫌な奴がいなくなってハッピーエンドだね、なんて結末となる本が多い。
「私達が探偵役なら良いが、追い出されるための犯人か被害者役なのか。」
「ただいま!」
私はもの思いからハッと覚めた。
玄関に迎えに行かなきゃ。
「迎えに?」
私はいそいそとオスカーを迎えに行こうとした自分に、今初めて気が付いた。
私の動きはそれで止まった。
私って何をしているんだ?
帰ってきた主人を出迎える犬みたいに、今の私は動いていなかったか?
「いや、でも。ご飯を作ったらすぐに食べて欲しいと思うし、今日の結果だって報告し合わなきゃってやつじゃないの!」
自分に言い訳みたいにして言い聞かせると、私は再びオスカーがいるはずの玄関へと行こうと足を動かした。
そしてまた止まった。
町での噂話、私は今日まで知らなかった。
オスカーも?
あ、そう言えば!
噂話どころじゃないわ。
最近誰からも南部の様子を聞いていないどころか、新聞を私は読んでいなかったのでは無いかしら?
情報は大事なのに、そうだ、我が家は新聞を買ってはいない。
毎日新聞を持ってくる人に暮らしぶりを覗かれたくないってオスカーは言って、それで、オスカーが外に出た時にスタンドで新聞を買ってくるはずだった。
「読んで……無いわ。小説などは買ってきたりしてくれたのに。最近は全然新聞を読んでいない。私は実は色々とオスカーに隠されていたりしている?」
胸がどきんと鼓動を打った。
これは不安による鼓動だ。
「あ、ああ。オスカー。って、きゃあ!」
私が再び一歩踏み出したところで、大きな胸板にぶつかったのである。
私は撥ね飛ばされ、でも、大きな腕によって捕まえられて抱きしめられた。
「大丈夫ですか!」
私を抱きかかえて助けた人は、物凄く必死な顔をしていた。
まるで私に大怪我させてしまったなんて思ったような顔だ。
その顔を見た途端、なんだか押し寄せてくるように感じていた不安が、ぽんと私の胸の内から消えてしまった。
「脳震盪が起きた。」
「ええ!」
「嘘よ。お帰りなさい。フランツはどうだった?」
オスカーは顔を真っ赤に染め上げた。
そしてわかりすぎる程に私から顔を背けた。
「もしかして、あなたも町の噂を聞いたの?」
もっと赤くなるとは思わなかった。
でも、彼も私と同じ状態だって知って嬉しくなった。
彼が隠し事なんか私にして無いって事じゃないの!
「シーツの状態で私達の関係を観察していたなんて、考え付かなかったわよね?」
オスカーは顔を両手で隠すと、そのまま今のソファへと歩いて行った。
そして身体を丸めてそこに腰を下ろしたが、彼のその姿は、ヨークシャーテリアになっちゃったの?と聞きたいぐらいに小さく頼りない感じとなっていた。
「どうした?」
「すいません。自分のせいです。」
「私のせいでしょう。やっぱり兄妹って事にしといた方が良かったかもね。」
ぱっと顔を上げた彼は、怒ったようにして私に声を荒げた。
「考え浅かった自分のせいでの結果です。あなたのせいではありません。それよりも、出ましょう!今すぐこの検索好きの危険な町を出ましょう!」
私はオスカーの傍まで行き、彼の肩に手を乗せた。
「町の噂はあなたのせいじゃないから。」
「そうですね。あなたが俺を絶対に男に見る事が出来ないのは、俺のせいじゃない。それでも期待して夫婦のまねごとを望む俺が馬鹿なだけですね。」
私はぴきっと固まった。
ええ?オスカーが私を?
オスカーが何度も愛が帰って来ないと嘆いていた相手が、私、だった?
「うあ。」
それしか声が出なかった。
私はオスカーの隣に腰かけた。
それで、なんとなく横を見返した。
当たり前だが、オスカーは私を見ていた。
でも、私と目が合っても喜ばず、私から目を逸らして顔を俯けただけだった。
どよ~んと。
「ごめんなさい。」
「……謝られる方が辛いです。」
「いいえ。謝らせて。私にそんな気持ちを抱いてくれたあなたが、何も知らない人達に面白おかしく夫婦生活をしていないってあげつらわれて揶揄われていただなんて、申し訳なさすぎるわ。」
「いいんですよ。情けない夫の役も夫でなければできませんから。あなたが妻だと思っていられる事こそ俺には幸せなんです。言ったでしょう。俺は妻か恋人がいる夢を見ていたかったって。それがあなたじゃないと嫌なだけなんです。」
見えない何かが胸に刺さった。
さくっと。
オスカーを抱き締めて慰めたくなった。
抱きしめて?抱きしめたいのよね?
でも、私はジャンを愛している、でしょ?
死んでしまった人だけど。
いいえ、死んでしまったばかりの人でしょう。
「明日この町を出ましょう。それで次は、いいえ、次も夫婦でいいですか?」
私はオスカーを見返した。
思いつめた瞳をした彼は、それでも私に微笑んでいた。
ああ、胸が張り裂けそうだ。
私の為に死ぬ気であるだろう彼は、私の傍に、かりそめの夫の名を得るだけでいいと言っているのだ。
私から何も返って来なくとも。
彼の瞳は透明な空の色をしている。
日が昇ったばかりの、出来上がったばかりの今日を教える空の色だ。
一緒に駅構内の窓から見上げて見守った、あの空の色だ。
私は、いいわ、と答えていた。
そうして、隣に座るオスカーの左手に自分の右手を重ねていた。




