カッヘルオーフェン
夏も終わり秋になると、私とオスカーは家選びに失敗したと今更に思い知らされることになった。
「まさか、暖炉が無かったことに気が付かなかった、とは!」
オスカーは住み心地よく自分で誂えた居間の中心で大声をあげた。
彼は家具選びに幸せを見出したようで、彼が手に入れたソファやテーブルは特注かと思う程に特殊な形のものが多い。
それでもどの家具も使い勝手が良いのは、犬は自分の寝床を上手に作るものだからだろうか。
見た目には前世のおしゃれ雑誌の室内のようになっている居間を見回し、これを手放すことになるかもと考えると、私も大声が勝手に出た。
「ああ!あの悪辣不動産に騙されたんだわ!以前の持ち主は夏のセカンドハウスって感じで建てただけの家だったのね!」
寒さが厳しくなることが予想されるならば、エアコンが無い世界では暖炉が無ければ暖が取れなくて凍死してしまう。
よって、私達は住まない家の家賃を払い続けて別の住居に住むか、この家の権利を手渡していくばくかのお金を貰って出ていくか、その選択となるだろう。
「こんなに素敵な家になったのに!」
居間の中心にいた男が、ピタッと動きを止めると、私を見返した。
なんだかとっても嬉しそうな顔になっている。
彼は私に手を差し伸べた。
「君は気に入ってくれてたんだ!」
「当り前よ。あなたが選んだソファもテーブルも全部大好きよ?」
私はオスカーの手を取ると、彼に引っ張られるそのまま、彼の成すがままとなって彼の腕の中に入った。
温かい。
「それで君は素敵な布を買って来ては、ソファに掛けたりしていたんだ?」
「クッションカバーは縫えないもの。でも、気に入らない柄のクッションであなたの家具を台無しにしたくないでしょう?」
「でも、クッションは必要だ?」
「その通りよ。」
オスカーは楽しそうに笑い声をあげると、私を腕に抱いたまま、ドスンという風にソファーに腰を下ろした。
クッションが沢山必要な、実は丸太に背もたれが付いただけのような、自然そのものの大き過ぎるベンチに。
「家具は全部俺が作ったんだ。勿論、材料を指定して組み立てて貰ったから、ええと、厳密には作ったと言えないけど。この家の前の持ち主が、ほら、バスタブやシャワーヘッドにトイレまで、自分でデザインしていたって聞いてね、その。」
うーん、実は凄い無駄使いをしていたという告白かしら?
だけど私達のお金は盗んだものだし、私を匿う事でオスカーこそ人生を台無しにしているのだから、それぐらい別にいいと思った。
お金が無くなればオスカーが何とかするだろう、そんな信頼もあったし。
私はオスカーの胸に頭を持たれかけた。
「素晴らしいわ。私はあなたの選んだが家具がどれも素敵だって思っていたわ。でもそれが全部あなたのデザインだったなんて、本当に素敵ね。」
「ハハハ。じゃあ、あの、ここでもう少し住んで、それで、出る時も俺達の家として残しておくってのは駄目かな?」
俺達の家。
私は居間を見回した。
私達がここに来るまでに買ったお土産が壁にぶら下っていたり、私が女のお茶会で嫌々作っていたドイリーなんかもテーブルで無様に広がっている。
確かに私達の家だ。
ジャンの復讐を忘れ、ジャンがいなくなったことも受け入れてしまった、そんな私に残された唯一の家だ。
私は天井を見上げて、穴をあけるのか、と溜息を吐いた。
「やっぱりだめか?」
「いいえ。ここにずっと住みたいなって。」
ぎゅうと私を抱くオスカーの腕に力が籠った。
彼の口元はとっても嬉しそうだ。
「でも、寒いよ。」
「そうね。じゃあ、暖炉を設置しますか。でもええと、暖炉を改めて設置するなら煙突の穴を開けなきゃよね。」
「いや、煙突はあった。そうだよ、煙突はあったんだよ。」
オスカーは私を無造作にぽいと手放すと、居間の中をぶつぶつ呟きながらグルグルと見まわし始めた。
恐らく、彼が気が付いていた煙突があれば、その位置を居間の中で探しているのだろうと見守っていると、その通りだったようで、ピタ、と動きを止めた。
その数秒後、なんて間抜けだ、という風に自分の顔を両手で覆った。
「カッヘルオーフェンだった~!」
「カッヘルオーフェン?」
オスカーは居間の隅を指さした。
赤レンガで装飾された出っ張った円柱の柱らしきものがそこにあり、室内のログハウス風をさらにアンティークに演出している。
でもって、カッヘルオーフェンって何それわかんない。
「タイル(カッヘル)とストーブ(オーフェン)?」
「耐熱煉瓦で暖炉を囲む構造の奴です。」
「まあ!隠し暖炉って奴ね!」
オスカーはその柱へとずかずかと歩いて行き、柱の装飾風の下部の金属部分の方へとしゃがみこんだ。
「あった。ここに薪を入れればって奴か。」
きい。
金属の軋む何かが開いた音の後、オスカーは頭を抱えた。
やられた、そんな台詞の呟きも聞こえた。
私は落ち込むようにして座り込むばかりのオスカーの傍に行き、オスカーの隣にしゃがみ込み、オスカーの見てしまったものを覗いた。
煤けた灰の中に黒焦げの人骨らしきものが見えた。
この家を案内された時の口上、バスルームが空っぽだった理由を今更ながらに思い返して、全く私達が気が付かなかった事に私は笑っていた。
便器もバスタブもシャワーヘッドも引っぺがして?
純金製だったらわかるけど、普通はそこまでしないわよね。
同じ新品の方がいいじゃない。
だったら、その分のお金を上乗せして家を売るはずよね。
じゃあ、どうして無いの?
「バスルームで遺体をばらしてここに突っ込んだのか。それで、恐らくバスルームはきれいさっぱり状態だったんだな。でもって、フランツは知っていたって見るべきかな?」
「それで、火炎魔法を持ってる私がやったと言う事にするの?凄いわね、すっごく計画的だけど、どうして仲よくしてくれるだけで何もして来ないのかしら。」
「君がやったとは言わないと思う。いや、いざとなったら言うかな。たぶん、多分ね、彼というか、このミラの町でこの殺人に関わった人達は、ロアストク公爵が怖いんだと思う。彼は北部でも魔女狩りが起きるとすぐに魔女狩り禁止のお触れを出して、魔女告発した人間こそ騒乱罪で首を括ってしまっただろ?」
「え、ええ。聞いた話では、そうね。」
それもそうだろう。
ロアストクが公爵で君臨しているというのならば、彼こそ術者であり、魔人を擁護しなければ次は自分の命を奪われる可能性があるのだ。




