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君想い我は剣を振るう

 五月二十八日の惨劇の日から、ルビータ全土では魔女狩りが頻発した。

 魔人であるというだけで町や村の広場に引き出され、そこでなぶり殺しにされるという悲劇が続くのである。


 特に火炎魔法系の魔人が狙われた。

 彼らはアルビーナのようにして、爪が薄赤く染まっているのである。

 ひと目でわかる外見の違いと、惨劇の原因が火炎魔法使いのアルビーナだと言う事で、彼らは相当な数が惨殺されてしまっていた。


 そこで、ジャンの引受人のようになったバールは、カンターレ侯爵領のアロイス・バックハウスを引き入れて、ろくでもないことを世に打ち出した。


「何だ、この正義の貴族って。」


 おかしな檄文にジャンはバールを眇め見た。

 アルビーナを悪人に仕立てている所も許せない。

 しかしバールは事も無げにいいのけた。


「私達は今のところ腐った王を止めた功労者で一番の正義執行者だ。その我々の後援者となるならば、我らと志を同じにする正義の立ち位置だろう?」


「俺達に助けを求めるところで、金も無い逃亡民では無いのか?」


 バールは笑みを見せると、頑張って、とジャンに言った。

 ジャンはそこで全部を理解し、大きく溜息を吐いたと思い出す。


 ジャンは今のところ死ぬことが出来ない。

 彼はアルビーナの所に行きたいからこそ、死んだ後も拘束される自殺はする事が出来ず、そこで、メテオで死ぬことを選んだウッツのようにして、環境によって殺される事を選んだのだ。


 つまり、バールの兵隊となって、いつか誰かに殺される。

 しかし、バールに賛同しても、彼が自分を旗印にして活動を始めるとは思ってはいなかった。

 バールはジャンが好きに動ける為の遊撃隊を作ったが、その隊員はジャンの警護人でもあるので、よほどの強敵でもない限りジャンが死ぬことは無い。


 また、それなりの剣士であると自負するジャンは、適当な相手の刃に掛かって死ぬこともできやしない。

 自分をこんな剣士に育てたのはアルビーナであり、くだらない相手に敗れるのはアルビーナの期待を裏切るようでできやしないのだ。


 結果、ジャンは快進撃を続けている。


 度重なる戦の内容は、助けを求めてきた魔人の領地にジャン達が助けに入り、暴徒でしかない人間を切り刻んで救出する、それの繰り返しでしかない。

 けれど、魔人達はジャン達を救いの手と見たからか、続々と寄付の申し出と助けを求めてジャン達の元にやってくる。


 とにかく、ヤンの元に逃げろ。

 その後は寄付を約束し、自宅を占領した恥知らずを駆逐してもらうのだ。


 この流れに戦費は減るどころか増えるばかりで、また、ヤン・ヘルツォーク何て名前を貰ったようにして、ジャンとバールが占領する陣地は広くなっている。


 そして今日の出撃も、それで、だった。


 彼らの陣地に向かってくる避難民がいるとの報を受けて、ジャンは遊撃隊を引き連れて基地を飛び出した。

 彼らが駆け付けた時には馬車は横倒しになっており、馬車の乗客が十数人の暴徒たちによって壊れた馬車から引き出されたすぐその時であった。


 娘を守ろうとする男は弾き飛ばされ、棒を脳天に振り下ろされた。


 ガウン。


 ジャンの銃によって、他人の脳を割ろうとした男こそが頭を破裂させた。


「アンカー、ベルツ、クレマー、少女を助けろ。ツウェルナーとヴューラーはそこの御仁を守りながら敵のせん滅。」


「隊長は!」


 守りの後方にされたツウェルナーがジャンに声をあげた。

 ジャンは剣を鞘から抜きだして、馬を止めるどころか馬からそのまま飛び下りて手前の男へと飛び掛かっていた。


「俺が道を切り開く!」


「それこそやりたいっすよ!」


 アンカーが叫んだ。


 ジャンの剣は銀色に鈍い輝きを半月に描いた。



 ジャンは自分の剣を、敵と見做した最後の人間の骸から引き去った。

 その時に周囲からため息が出たのは、ジャンが剣に着いた血糊を軽く剣を振った事で落としてしまった事にだろう。


 バール隊の持つ剣ではこのような芸当は出来ない。


 ジャンと動きを共にしている遊撃隊、特に剣好きのクレマーをさらに羨ましがらせるようにして、ジャンは胸に入れていた紙で剣を見せびらかすようにして剣から人肉の脂肪を拭い去った。

 それから、その紙を天に向かってぽいっと放り投げた。

 空を舞った紙はひらひらとジャンの周りを落ちていく。


 この一連の作業はアルビーナがジャンに仕込んで来たことであり、ジャンはアルビーナの言う通りにしないと剣が駄目になると思って守っている。

 実際に人の油や血糊は鉄を錆びさせる。


 けれども、この拭いた紙を空に投げる行為だけは未だに意味が分からない、と、ジャンが首を傾げてもいるのも事実だ。

 しかしながら、ジャンの隊の連中はジャンのその素振りが格好良いと思ったようで、そのうちに真似をするようになった。


 結果としてバール隊の全員が、いまや剣を使うと、紙を勝利の花吹雪の様に巻き散らすようになってしまったのである。


 バールはそのことに関して怒るどころか、部隊の為にわざわざ剣を拭いやすい紙を用意して支給している。


「はあ。君が俺に教えたこれは、君のお遊びだっただけかな。」


 ジャンはアルビーナの鍛えた恐るべき剣の切っ先を眺め、失った彼女がまだ彼の心の中で輝いているようだと思った。


「ありがとうございます!でも、お父様が!」


 暴漢に衣服の上部をかなり破かれている少女は、自分の胸元を押さえながら殴られて腫れている自分よりも無傷に近い父の身を案じての声をあげた。

 ジャンは上着を脱ぐと、彼女の肩にかけてやった。

 彼女をバール隊の上着で覆う時に彼女の乱れた髪の毛がジャンの頬を撫で、金色のふわふわの金髪だと思った途端に、ジャンは懐かしい声を思い出した。


「ああ。私も一度ぐらい金髪になりたかったわ。」


 溜息を吐きながらアルビーナは羨ましそうにジャンの毛先を指先で弄び、ジャンはその指先で感じてしまう性的なものから遠ざかるように、わざとアルビーナの指先から逃れていたと思い出す。


 だから、彼は、あの日は好き勝手に自分の髪の毛を弄ばせた、のだとも。


 アルビーナの真っ白の美しい肉体を思い出した彼は、その思い出したことで自分の体に起こる変化から逃れるために、屈んでいた身をわざと大仰に起こした。


「君の父上は我が隊が安全に保護している。」


「あ、ありがとうございます。ああ!あの人!あの恐ろしい人があんな恐ろしい事をなさらなければ、母も妹も今頃は!」


 ジャンはびくりと震え、助けたばかりの少女を見下ろした。

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